第五十話
「アスモデウスという悪魔が大聖女フィアナを復活させようとしている? それは、どういうことでしょうか……?」
退魔師であるエルザは、神隠し事件の目的は……若い女性の魔力と私の体を利用して大聖女の復活を試みることだと話しました。
しかし、常識的に考えて……数百年前に亡くなった人間を蘇らせるというような所業は不可能だと思うのですが……。
「大聖女さんは、輪廻転生って知ってるかしら?」
「もちろんです。クラムー教の教えでもあるように、私たちの魂は流転しています。死して肉体が消えても、魂は消えずに新たな生命に宿り、永久にそれを繰り返すのです」
輪廻転生は私たち聖女が所属している教会の宗派であるクラムー教の根幹にある教えです。
肉体は魂の容器に過ぎず、死してもそれは次の容器に入るだけ。
記憶は消えてしまいますが、魂自体は永久に不滅なのです。
「じゃあ、フィアナの魂はどこにあるのか知ってる? 彼女は死んだけど、魂は転生を繰り返して今も存在しているはずよね?」
「それはそうですが。死者の魂の居場所など、決して分かりは――」
最初の聖女と呼ばれたフィアナは人智を超えた魔力の持ち主だったと聞きました。
そんな彼女でも、輪廻転生の法則の外にいるわけではありません。
しかし、魂の場所を特定するのは不可能。私がそう答えようとしたときでした――エルザが口を開きます。
「しないなんてことは無いのよ。アスモデウスは知っている。そして、あたしたちも。答えを教えてあげるわ。フィアナの魂はね……、大聖女さん……、あなたの身体の中にあるの」
「「――っ!?」」
わ、私の身体にフィアナの魂が……? そんなこと、どうして分かるのでしょう……。
「大破邪魔法陣――フィリアちゃん、君が使ったその術式……僕ァはっきりと覚えてるんだなぁ。400年くらい前に見たフィアナちゃんの使ってた術式と全く同じ魔力の波動なんだよねぇ。魔力の波動ってのは魂を写し出す鏡ってことはさすがのフィリアちゃんも知らないとは思うがな……」
サラッとマモンは400年前にフィアナが術式を使うところを見たことを告白しました。
魔力の波動が魂を写し出すということは初耳です。どんな文献にも書いていませんでしたから。
「へぇ〜。悪魔って、長生きなんですね〜」
「リーナちゃんはリアクションが軽いなぁ。そこが素敵なんだが……。ちなみにアスモデウスの旦那はもっと長く生きてるぞ。魔力も僕みたいな平和主義者の比じゃないんだなぁ、これが」
「つまり……長命だからこそ、転生する魂の法則も存じていらっしゃるということですか」
「そゆこと〜。ロマンチックだろ?」
悪魔という種族は非常に長命だということは文献に書いておりましたが、マモンがフィアナのことも知っていると聞くと中々感慨深いものがあります。
出来れば知らない過去の話を色々と教えてもらいたいものです。
ですが、それは今の主題とは離れていますので、我慢しましょう――。
「魔界が近付いているこの状況で、あなたが巨大な術式を発動させたから、魔界にいたアスモデウスはフィアナの生まれ変わりが、この大陸にいることを知った。そして、思いついたってわけ。自分がかつて愛した人間を蘇らせる計画を。魂に刻まれている記憶を呼び戻して、相応しいだけの魔力を注入する――フィアナの生まれ変わりはフィアナそのものになるという理屈」
大陸全土を覆う魔法陣を作ったことで、私の魔力の波動は魔界にまで届いていたということですか。それで、私の身体を利用してフィアナの復活を思いつくとは何とも壮大な話です。
それにしても、気になるのは――。
「アスモデウスが先代の大聖女様を愛していたとは? 悪魔というのは人間に恋愛感情を抱くものなのですかな?」
レオナルドも同じ疑問を持ったらしく、エルザに質問を投げかけます。
アスモデウスとフィアナはどういった関係なのでしょうか。
「……前回、魔界が地上に近付いてきたとき。地上に侵攻してきた最上位の悪魔たちが三人居たの。ベルゼブブ、アザエル、アスモデウス――魔界でも屈指の実力者に退魔師たちは立ち向かい、泥沼の戦争状態になった。魔物たちの数も今の比じゃなかったから、多くの人が亡くなったわ。人類は滅亡の一途を辿っていたけれど、奇跡は起こった――」
エルザは前回、魔界が近付いた時のことを語りだしました。
どうやら、人類はかなり厳しい事態に直面していたみたいですね。
「神にも等しい力を持つ少女フィアナ。最上位の悪魔をも圧倒した彼女は瞬く間に形勢を逆転させた。アスモデウスも彼女に触れることすら出来ずに敗北したの」
「ありゃあ、ビビったぜ。僕ァ人間側で助かった〜って心底思ったもんだ。悪魔の僕から見てもあの女はバケモンだったからな」
エルザは伝聞で、マモンは実際にフィアナを見た感想を述べました。
首を切り落とされても生きているマモンから見て化物だと評される程の力の持ち主――私などとはスケールが違うみたいです。
「ベルゼブブとアザエルが魔界に逃亡する中、アスモデウスは敗けても尚、フィアナに接近しようとした。彼の本能は圧倒的な力によって打ちのめされたことで、急激に憧れの感情を抱くようになったの」
「どうしてそうなる……?」
「アスモデウス旦那の性癖としか言いようがないっすね。すげー美人さんにボコボコにされて、悦ぶタイプだったみたいなんで」
「「…………」」
「そんなわけないでしょ」
「んぎゃあッ――!」
ヒマリの質問に返答した、マモンの言葉に皆さんが黙ってしまうとエルザが今度は頭をファルシオンで真っ二つにしてしまいました。
慣れというのは恐ろしいもので、私などは彼の体組織が再生する様子をつい観察してしまい、驚きという面は薄れています。
メカニズムとしては、オートで発動する治癒術式に近いみたいですね。ということは魔力の流れを断ち切れば、再生は出来なくなるかもしれません。
マモンは顔の両端を掴んで、切断面を合わせると元通りに再生して、何事もなかったように笑みを浮かべていました。
「悪魔っていうのは、大昔に天界を追い出された堕天使が多いの。アスモデウスもその一人。フィアナは天界にいる女神に極めて近い存在らしくてね。彼女の人外さが、色欲が悪魔の中でも最も強い彼の本能を刺激したみたい」
「残念ながら、旦那はまったく相手にされなかったみたいでねぇ。フィアナちゃんが、如何にバケモンでも人は人だからさ。50年足らずで死んじまった。あの方は創りたいのさ。自分の意のままに動くフィアナちゃんの分身をな」
退魔師と悪魔から語られる伝説としてしか伝わっていない大聖女の物語。
アスモデウスの想いは身勝手でかなり歪んでいるみたいです。
しかし、我々は阻止しなくてはならないでしょう。これ以上……犠牲者を出さないために……。
「アスモデウスは地上で情欲に塗れた邪悪な心を持つ人間に憑依している可能性が高い。――牢獄から消えたというジルトニアのユリウス王子。彼に憑依しているとあたしたちは睨んでるわ――」
「「――っ!?」」
まさか、ここでユリウス殿下の名が出るとは思いませんでした。
元婚約者同士の因縁……ということでしょうか――。




