第四十五話
大破邪魔法陣を拡大させてから2ヶ月の月日が流れました。
あれから、色々とありました。大陸全土に広がった魔法陣は魔物の侵攻に悩む各国の救済に繋がったらしく、各国の使者がわざわざ私に礼を伝えに来られたのです。
私としては妹を助けたい一心で動いただけなのですが、ジルトニア以上に絶望的な国もあったらしく、そういった国は突然魔物が無力化されて非常に驚いたみたいでした。
「昨日は大国ダルバート王国からの使者も来たよな。あそこはクラムー教の総本山がある。大司教殿がフィリア殿の功績を考慮して世界で唯一の“大聖女”の称号を与えようと決定したそうだ」
屋敷を訪問されていたオスヴァルト殿下は“大聖女”の称号が私に付与される話を振ってきました。
大聖女とは数百年前の世界の危機を救ったという伝説の聖女に与えられた称号です。
あまりに話が飛躍しすぎていて、正直言って戸惑いが隠せません。
「いや、今回のことで救われた命は計り知れない。俺からすりゃあ、たかが称号で功績を示すくらいじゃ足りねーんじゃないかって思ってる」
オスヴァルト殿下は私を持ち上げてくださいますが、半分以上は私利私欲で動いていますし、ましてや“大聖女”だなんて――。
「まだ若輩者の私にはあまりにも荷が重過ぎます。畏れ多いです……」
「フィリア様〜〜! “大聖女”になられるとは本当ですの? おめでとうございます!」
私が殿下の仰せになられたことに反論をしますと、破邪魔法陣の修行を再開させるためにパルナコルタに戻ってこられたグレイスが飛び付いてこられました。
彼女からボルメルン王国の話を聞くと、国王もマーティラス伯爵も上機嫌そうに喜んでいたそうです。グレイスたち四姉妹も英雄として奉られているとか。
「ちょっと、グレイスさん。フィリアは私の姉なんですから。妹みたいな顔をしないでください!」
グレイスと共に修行をしていたミアが何やら不機嫌そうな声を出しました。
魔法陣の効果で聖女の仕事が楽になったらしく、ヒルデガルトの計らいで、少しだけこちらで私に師事して来るように言われた彼女は屋敷で寝泊まりしています。
彼女は古代語を勉強しながら、同時進行で古代術式の修行をしているのですが、器用にそれをこなすところを見ると将来は私など超えてしまうことは明白でしょう。
「ミアさん。言っておきますが、私がフィリア様の一番弟子ですの。妹弟子の指図は受けませんわ」
「姉さん! この子何なのよ! すっごく、鼻につくんだけど」
勝ち誇った顔をするグレイスと地団駄を踏むミア。
グレイスとしては、ミアの才能を目の当たりにして対抗心を燃やしているだけなのでしょうが、彼女は挑発を真に受けているみたいです。
「お二人とも、喧嘩をされるのでしたら、もう私は何も教えませんよ。聖女が争いの種を撒いてどうするのですか?」
「「ごめんなさ〜い」」
一言注意をすると、きちんと言うことを聞く二人。
ミアは年下にもう少し寛容にならなくてはなりませんね……。
何はともあれ……平和な日常が戻ってきました――。
◆ ◆ ◆
「へぇ、なんつーか……本当に何でも出来るんだな。農作業も汗一つかかずにこんなに上手くやるなんてさ」
今日はオスヴァルト殿下に誘われて、彼の農園の作業の手伝いをしています。
農学もかなり勉強をしていたので、彼の助けが出来てよかったです。
しかし、こうやって農作業に参加したのは初めてでしたので、貴重な体験が出来ました。
「これでも体力には自信がありますから。これくらいでしたら疲れませんよ。聖女としての修行を積むうちにドンドン燃費が良くなってしまって……」
「はは、前にどんな修行か興味半分で聞いたけど……、聞くだけでギブアップしそうになったぜ。こりゃ、聖女という人材が貴重になるわけだ……」
私に課せられた修行は母からのスパルタ特訓に加えて、ヒルデガルトによるそれを超える猛特訓でした。
ミアも厳しい特訓を受けて、彼女の養子になったことを少しだけ後悔してるみたいです。
でも、彼女は頑張りたいと言っていました。それを乗り越えると私に追いつくかもしれないのなら、どんな努力も惜しまないと……。
いつの間にあんなに頼もしくなったのでしょう……。
「厳しいこともありましたが、やってきて良かったと思ってます。そのおかげで折れずに立っていられましたから」
「ポジティブなのは良いことだ。おっと、これは大物だぞ! ――んんっ! うおおおおっ!」
オスヴァルト殿下は大根の収穫をしているのですが、かなりの大きさの物を見つけたのか、大きな掛け声と共に力を入れました。
「ふんっ! よっと、うわっ!」
あまりにも力を入れ過ぎて、大根を引き抜いた拍子に倒れてしまう殿下。
だ、大丈夫でしょうか……。それにしても、大きな――。
「見ろ! フィリア殿! こんなにでっかいのが採れたぞ! うひょー、これは今年一番だな!」
オスヴァルト殿下は泥だらけになりながら、大根と自分の顔の大きさを比べながら笑いかけます。
本当に面白い人です。もう大人ですのに、子供みたいにはしゃいで……。
「ふふっ……、殿下、顔を拭いてください。こちらのタオルで……」
私は殿下にタオルを渡しました。すると、殿下は目を丸くして私を見つめます。
「フィリア殿の笑った顔……初めて見たぜ」
「……ええっ!? わ、私、笑ってました!? そ、そういえば、そんな気がします。どうしてでしょう……」
オスヴァルト殿下以上に私は自分が笑っていたことに驚きました。
物心ついてから、今日まで一度もそんなことなかったのに――。
「そんなに驚かなくてもいいさ。これから、それが普通になる。きっと、な」
変わっている自分に困ってしまっていることを察したのか、オスヴァルト殿下は微笑みながら、私に大根を手渡しました。
「……この国に来て、変化する事が怖いと少しだけ感じていました。――でも、ミアを見て。より魅力的になった彼女を見て……変化することも素晴らしい側面があると気付きました」
あの愛らしくて可愛らしいミアが、今や頼もしさと凛々しさを兼ね備えて、人間的に劇的に変化しましたが、私にはそれが悪いことどころか……とても魅力的で眩しく感じられるように見えたのです。
だから――。
「私はこの国の聖女としてこれからも生きることは変えませんが、人間としてはきっと変わってしまうでしょう。オスヴァルト殿下は私がそうなっても受け入れてもらえますか?」
変わらないで生きることは無理です。だから、私も今と価値観も考え方も感情もちょっとずつ変わってしまうでしょう。
そんな私も認めてほしいと思ってしまうのは甘えなのでしょうか……。
「はっはっはっは!」
「オスヴァルト殿下、一応私は真面目に――。あっ――」
殿下は大きな声で笑い、力強く私の肩を抱きました。
突然の動きに、私は思わず大根を抱き締めてしまいます。
「当たり前のことを言うな! たとえ……どんなに変わっても、フィリア殿はフィリア殿に決まっておろう!」
自信満々にそう宣言する彼の言葉に、私の悩みはちっぽけなものだと思い知らされ……心の中がすっかりと洗われてしまいました。
あ、温かい――。
彼の腕の中の温かさを感じて……もしかしたら、この温かさが私の知らない『幸せ』というモノなのかもしれないと密かに思いました――。
それも、いつか――彼の言うような『普通』に感じる日が来るのでしょうか……。
そう考えると明日がとても輝かしく、待ち遠しいものに感じてしまうのです――。
第一部 完
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