01「妖怪の仕業だろう」
「秀殿ーっ!」
「んは!?」
某夏の日。
講義のレポートを書いている途中で寝落ちていたらしいオレは、いきなりの大声に反射的に跳ね起きた。
ビビった。不整脈にでもなった気がした。
どぎまぎしながら声の方を振り向けば、そこには息を切らしたイケメン天狗のテンさんの姿。
イケメンって息を切らしてても様になるんだよな。スゲェ。
どうでもいいケド、ここ、オレの部屋。
セキュリティーも何もあったもんじゃねぇ。
いやほんと今更だケド。
「テンさん、はよっす。何なに、スゲービビったんだケド」
「秀殿!」
「うぃっす」
「電源を貸していただけないだろうかっ」
「……うん?」
スゲー勢いで迫られるもんだから、ちょいと仰け反っちまう。
テンさんデケェし、近くに来られると見上げなきゃなんねーのはどうにかならんもんだろうか。
オレだって百七十以上はあるんすケド?
普通に大きい方なんすケド?
なんか周りの野郎はデケーのが多くて時々感覚が麻痺しそうになるんだケド、何なんだろうなこのインフレ具合。
まあ? それでも? オレは?
割と高い方ですケドね!
「店でネトゲをしていたのだが、どうにもパソコンの調子がおかしくてな」
「ぶは、テンさんブレねぇな!? だからってオレんとこ来なくても」
「いや、厳密にはパソコンというより、どうも店全体がおかしいのだ」
「へえ?」
答えながら、くぁ、と一つ欠伸。
中途半端な睡眠時間でどうにも眠いんだから許してほしい。
つーか首痛えぇ……今度はちゃんとベッドで寝よう。
つっても、時計を見たらまだ夜の八時だったケド。
ちなみに、っつーか、まあ、テンさんの言う通りなんだケド、テンさんは今ではネットゲームにハマっている。
元はテレビゲームだったんだケド、いやあ、技術の進歩ってすごいよね。
そんでもってそれに確実についてってるテンさんの柔軟性もスゲーと思うんだわ。
最近はVRだっけ? 確かバーチャル・リアリティ。
テンさんはそれにも手を出し始めたらしい。
吸収力ハンパねぇなこの天狗。
まあ、それはさておき。
「店全体が変ってどーゆう……ん?」
言いながら机の上のノートパソコンを引き寄せたオレは、真っ暗な画面に瞬いた。
レポートはキリのいいところまでは書いてたはずだし、とりあえず保存だけして――でもマウスを動かしても相変わらず画面が暗――暗い?
はっ?
「え、あれ、パソコン落ちっ……うああああ落ちてる――!?」
嘘だろ何で!?
待ってオレの数時間!
とっさに確認してみたらコンセントは抜けてなかった。
普通に電源が落ちてるだけみたいだ。
慌ててボタンを押せば、ゆっくりと画面に光が入る。
だけど……ああ、うん、デスヨネ。
保存する前に寝落ちてたんだからデータなんて残ってるはずがないわな。
知ってた。秀知ってた。
でもわずかな希望に縋りたかった。
嘘だろー……。
「……ん?」
うなだれていたら、また電源が落ちた。
「……え」
オレ、今何もしてないんだケド。
首を傾げつつ、もう一度電源をオン。
画面にほのかな光が灯って――そのまま、また消える。
んん?
「秀殿のところもか……」
「なになに、どゆこと」
「店でもそうだったのだ。すぐに電源が落ちる。これはどうやら……」
神妙に呟いたテンさんは、真っ直ぐにオレを見て厳かに呟いた。
「妖怪の仕業だろう」
……えーと。
「パソコンの電源を落としまくるのが? そんな妖怪いたっけ?」
つーか、そんなことに何の意味があるってんだ。
いやまあ、妖怪ってケッコーそーゆうトコあんだケドさ。意味あんのか分かんないことを延々としてたり。
でもまあ、その意味はオレらが図るものでもねーんだよな。
なんて、オレはてきとーに分かったフリをしとくことにしてんだケド。
それにしても、天狗のテンさんにちょっかい仕掛けるたぁ、肝の据わった妖怪もいたもんだ。
ネトゲに血眼になってるとはいえ、天狗といえばれっきとした大妖怪様である。
「とりあえずコン姉たちにも相談してみるか……、ん?」
頭をかいて部屋を出ようとしたら、ドアが開かなかった。
建て付けが悪いワケじゃない。
そもそも全然動く気がしない。
そんでもって一斉に部屋の電気が落ちる。
真っ暗だ。
「うわ!? 停電!?」
「……いや、違う。秀殿、外を見てみろ」
「……うっわーマジだ。外は点いてんな。この部屋だけか」
ついでにクーラーもテレビも全部落ちたみたいで、ブレーカーごとやられたのかもしれない。
全部の電源が落ちた部屋は、外から微かな音が聞こえるくらいで不気味なほど静かだ。
「気をつけろ。すでに何者かが侵入してるぞ」
テンさんがオレを庇うように前に立って、辺りをキョロキョロと窺っている。
いやマジでどうなってんのオレの部屋のセキュリティ。
ガバガバにも程があるんじゃねーの。
顔をひきつらせるオレを後目に、テンさんが火の塊を宙に浮かべる。
それがぼんやりと周囲を照らした。
揺らめく炎に照らされたオレの部屋は、ちょっとばかしいつもと違った風に見えてくる。
……こんな密室で火とか怖いなー。
テンさんなら大丈夫だって信じてっケドさ。
そんなことをつらつら考えていたら、テンさんの火がフゥッと掻き消えた。
「む……」
「ヒヒヒ……」
テンさんの不服そうな声に、嗄れた声が返ってきた。
暗さに慣れてきたオレの目にもぼんやりと人の影が見えてくる。
極端に腰が曲がったソレ。
よく見ようと、オレはとっさにワイフォン――今じゃ誰もが持っている多機能的携帯電話だ――を取り出す。
それを起動させてライトを向けようとして――その手首を、そっと掴まれた。
ガサガサとした骨張った手。
見ると、いつの間にかオレの隣に立っていた人影がこっちを見ていて。
ニタァと、めいっぱいに口の端を上げてオレを見上げてきた。




