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14.5 夢と現は朧気に

「秀」


 しわがれた声だった。

 しかしそれはとてもよく秀の耳に馴染んだ声で、秀はその落ち着いた声音で名前を呼ばれるのが好きだった。


「じーちゃん」


 見上げれば、祖父――有馬ありま周作しゅうさくは、仏頂面のまま手を伸ばしてきた。

 大きな手が秀の頭に触れる。

 ふわふわと優しく、時にわしわしと力強く。

 それが何だか、むず痒い。


「今日はな、テンさんと公園行ってきた!」


「お前たちはまた遊んでばかりで」


「ちげーし、ちゃんと宿題やってからだし!」


「本当だろうな」


「マジマジ! それにテンさん、テレビゲームばっかじゃん。だからたまには外で遊ぼうぜって誘ったんだよ」


 一生懸命言い募れば、何が面白かったのだろうか、周作の口の端が少しだけ上がった。

 秀はしてやったりと笑い声を上げ、周作の隣に座り込む。

 周作の定位置である縁側の席は、いつだって絶好の日向ぼっこ日和だ。


「じーちゃんは? 今日は新しい妖怪に会ったりした?」


「……古い顔見知りなら訪ねてきたな」


「へー!」


 いいなあ、と言いながら、秀は横に寝転んだ。

 青くさい畳のにおい。土と草が混じり合った夏のにおい。

 そのまま手持ち無沙汰に足をパタつかせれば、「行儀が悪い」と叱られる。

 へーい、と起き上がったところで――見知った狐の姿が近づいてきたので、笑顔で手を振った。

 その横を老婆が横切り、釜が飛び跳ね、火の玉が踊る。

 なんとも賑やかな光景だ。


「なあ、じーちゃ――」


 無邪気に振り返った秀が目にしたのは――虚ろな目で震える祖父の姿。


「じい、ちゃん……?」


 周作が奇っ怪な声を上げる。

 喉を掻き毟る。

 大きな手が伸び――。




+++++




「……っ!」


 飛び起きると、どこか古めかしい、懐かしさを感じる一室だった。

 それは骨董屋の奥にある簡易的な居住スペースで、秀は度々ここに入り浸っている。

 今もアルバイトの終わりついでに休んでいて、気づいたら寝落ちていたのだろう。

 大きめのソファーに一人、いつの間にか横になっていたらしい。

 体を見下ろせば、秀が起きていたときにはなかったはずのタオルケットがくしゃくしゃになっていた。


「しゅー」


 ふいに横から声が聞こえ、秀は視線を落とした。

 下の方からソファーに足をちょこんと乗せたスネコがこちらを見上げている。

 その姿に、ホッとした。

 はぁぁ、と大きく溜め息。


「しゅー、大丈夫?」


「……あっは。久々にじーちゃんの夢見たわ……」


「しゅー……泣いてる?」


「大丈夫だよ」


 笑って答え、秀はスネコを軽く持ち上げた。

 そのまま寝転がり、抱え込む。

 もふんとした感触が心地良い。

 スネコはスネコで嬉しそうに額をこすり付けてくるのだから可愛いものだ。


「タオルはスネコが掛けてくれたん?」


「んーん。コンがね、掛けてった」


「そっか」


 後でお礼言わなきゃな、と秀は頭の片隅に刻む。

 あのお狐様は、案外面倒見がいい。天狗だってそうだ。

 自分は周りに恵まれていると、秀はいつも思っている。


「しゅーは、しゅーの夢、見たの?」


「そー」


 スネコは秀のことも、秀の祖父のことも区別せず「しゅー」と呼ぶのでややこしい。

 しかしやり取りとしては慣れたもので、秀は特に困らず肯定してやった。

 伊達に一緒にはいないのだ。


「今日、見舞い行ってきてさ。だからかな。なんか色んなのが混じって変な夢だったわ。ビビっちゃうよな」


「ふぅん」


「スネコも、じーちゃんに会いたい?」


「しゅー、スネコ、見えない。スネコ、つまんない」


「そうだな、寂しいよな」


 小さく口を尖らせるスネコをもふもふしながら、秀は緩く苦笑した。

 それからふいに脳裏に浮かんだ少女の姿に、思わずクツクツと笑ってしまう。


「しゅー?」


「ああ、悪い。ちょっと。凛花ちゃんなんだケドさ、なんつーか……ちょっと、じーちゃんに似てんなと思って」


 仮にも女子高生である凛花に告げれば、きっと怒るかもしれない。

 そこまで想像してしまえばやはり笑いが込み上げる。


「しゅーと、りんか、似てる?」


「何だろな。真っ直ぐで、厳しいとことか。不器用で、生真面目なとことか……一生懸命なとことか。そういうの、ちょっと似てる感じ」


 秀は、祖父のそういうところが好きだった。

 決して甘やかしてはくれない相手だったが――それでも、だからこそ、尊敬していた。大切だった。


(だから放っとけないのかもなぁ……)


 自分の中で浮かんだ疑問に肯定も否定もできないまま、秀はそっと目を閉じる。


 秀から見た彼女はいつだって真っ直ぐだ。

 思い込みが激しく、一本気すぎて融通が利かないきらいがあるが、それもひたむきだからこそだろう。


 窓が開いているのだろうか、遠くで風鈴の音がする。

 秀はスネコを抱え直した。


「スネコ、このまま寝よっか」


「スネコ、しゅーと、寝てやる、です」


「ふは、サンキュー」


 軽く額を合わせれば、ぎゅうとスネコが額を押しつけてくる。

 その愛らしさに、秀は声を上げて笑った。



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