第67話 叩き潰してやる
家が、店が燃えている。
今から消火しても無駄だと思わされるほど火は高く、強く上っており思わず固まってしまった。
「はっ! こずえ、瞳さん!」
二人とも買い出しとかに行っていない限り家か店にいたはずだ。
ちゃんと逃げられているのか。
もしかして、今もこの火の中にいるんじゃないか?
最悪のケースが色々と頭に浮かんで、息が荒くなってくる。
「こずえ、瞳さん……!!!」
たまらず火に近づこうとした――そのとき。
「りょうちゃんっ!!!」
背後から声が聞こえてくる。
振り向くとそこには瞳さんとこずえがいた。
瞳さんが手を広げて俺に飛び込んでくる。
受け止めると、瞳さんはボロボロと涙をこぼしながら俺の肩に顔を押し付けた。
「りょうちゃん、りょうちゃん……!」
「瞳さん……! 無事でよかった」
「荒瀧組の人が助けてくれたの。でもほんとに危なかった」
「こずえ……」
こずえが燃え盛る家と店を見てから、手元の写真に視線を落とす。
「それは?」
「写真。お父さんと三人で撮った唯一の写真だけは燃やしたくなかったからね」
「……そうか」
こずえの服には燃えた跡があって、もしかしたらこの写真を取るためだけに火の中に飛び込んでいったのかもしれない。
でも、それほどこの写真には思い出が詰まってる。
写真嫌いな父さんが唯一撮ってくれた思い出の写真だから。
「どうしてこんなことに……」
遠くから消防車のサイレンが聞こえてくる。
でもそれは決して安心できるものではなくて。
非情にも強まる火を見れば、もうどうしようもないことは明らかだった。
俺たちは三人、ただ立ち尽くして燃えていく様を見ていることしかできないのだった。
その後。
消火活動の末に無事鎮火されたが、残ったのは真っ黒に燃えた店と家だった。
こずえと瞳さんは念のため病院で見てもらうとのことで、救急車で運ばれていき。
残った俺は一人、燃えた跡を眺める。
「良介くん。ここにいたか」
「……荒瀧さん。何があったか教えてもらってもいいですか?」
「……あぁ」
荒瀧さんは燃えた跡を見て苦悶の表情を浮かべながら話し始めた。
「店にいた奴の話によると、急に覆面の男たちが店に押しかけてきて放火したらしい。すぐに消火しようとしたらしいんだが、その男たちと交戦になったみたいでな。その間にも火は強くなって、それで……」
ということは、俺の家と店は“誰か”に燃やされたということ。
それも明らかに悪意を持って、だ。
――もしかして。
「すまないッ!!!」
荒瀧さんが頭を下げる。
「この前の誘拐事件に引き続き、俺たち荒瀧組は何もできなかった! 思うようにやられて……本当にすまないッ!!!!」
「……荒瀧さん、頭を上げてください」
「それはできないッ!!! 荒瀧組として、仁――良介くんの父さんの“仲間”として、こんなにも情けねぇことを……!!!」
「頭を上げてください、荒瀧さん」
「良介、くん……」
俺は静かに声をかける。
「荒瀧さんが責任を感じることじゃありません。むしろありがたいです。こずえを、瞳さんを助けてくれて」
もし二人を失っていたらと思うと……想像もしたくない。
「それに悪いのは放火した大馬鹿野郎です。荒瀧さんは何も悪くない」
「良介くん……」
俺に、俺たちにこんなことをした奴がいる。
そして今も、のうのうと息をしている。
……そいつが全部悪い。
荒瀧さんにこんな思いをさせたのも、俺がこんな気持ちにならなきゃいけないのも、全部――そいつが悪い。
「ねぇ、あれ」
「さっきの火事の現場よね?」
「めちゃくちゃ燃えてんじゃん」
「ヤバくね?」
「火の不始末とか?」
「最悪だなこれは……」
ギャラリーが集まっており、警察が張った黄色いテープの外側で燃えた跡を覗いていた。
「…………」
ふと、気になる“何か”を感じる。
じっと群衆に目を凝らした――そのとき。
「――ヒヒッ」
「ッ!!!!!」
完璧にとらえた、明らかな“悪意”の視線。
それは間違いなく“アイツ”のもので……。
「須藤ッ!!!!!」
すぐに地面を蹴り、須藤の後を追う。
必死に背中を追い裏路地を抜け、大通りへ。
しかし、そこから須藤の気配が一切感じられなくなった。
「見失った、か……」
沸々と湧いてくる憎悪の感情。
燃えるように体の内側が熱い。
理性が感情に支配されていく。
どんどん、思考が狭まっていく……。
とあるビルにある薄暗い一室。
そこで俺は荒瀧組が所有する監視カメラの映像を見ていた。
「ここ。店の正面から男たちが入ってきたんだ」
映像を確認する。
覆面の男たちがなだれ込むように店に入っていき、火炎瓶を次々と投げていく。
あっという間に店は炎に包まれ、店を警備する荒瀧組と交戦になった。
しばらくした後、男たちが店から逃げていく。
そして外に出た――そのとき。
「ッ!!! これは……」
一人の男が酸素が足りなくなったのか、慌ててマスクを外す。
その男の顔に見覚えがあった。
見たのは萌子ちゃんを救出した後、病院前で須藤に絡まれた時。
『北斗様ッ!!!』
茫然自失とした須藤を車に連れて行った手下のうちの一人。
間違いない――そいつだ。
ということは、今回の犯人、“黒幕”が明らかになった。
元々そうじゃないかと思っていたが、これで確信に変わった。
「――須藤北斗」
名前を口にする。
「ッ!!!!!!!!!!!!」
ドロドロの感情が体の中でぐつぐつと沸騰する。
お前を絶対に許さない。
叩き潰してやる……俺が、俺一人の手で。
怒りという感情が、俺の体を支配していく……。
♦ ♦ ♦
※須藤北斗視点
「…………ハッ」
アァ……最高だァ……!!!




