第十八話:彼氏の好み全部乗せ
一言でファッションセンターと言っても色々だ。
独自のブランドを持ち、最新の流行を採り入れながら低価格に抑えたファストファッションブランドが若者達の間で人気があるが、その中でも自社ブランドを持たない各アパレルメーカーから仕入れて小売する業態の企業がある。
少し前まではそこで服を買うのはダサい――なんて、言われていたが、昨今ではお洒落なデザインも多くなり、他のブランド物にも引けを取らない。
ショッピングモールの中にある、そんな店舗に一ノ瀬綾乃は上条悠斗を連れて入店した。
「……なんか意外だな。女子が服買うってんならブランド物ってイメージがあったけど」
「今着てるのは、そっちで買ったけど、水原さん達に勧められるままだったのよ。私、ファッションとか正直、良くわかんないし。何気に此処の方が安いし」
「それも少し意外かな。でも、今のも大人っぽくて良く似合ってるよ」
水色のフリルの付いたシャツに、ベージュのゆったりとしたロングスカート姿を改めて見ると、そう思う。
「ん、ありがと。今日は自分が着たい服を選ぼうかなって。だから、悪いけど付き合ってくれる?」
「勿論、ゆっくり選んでくれ」
手を合わせる綾乃に悠斗は、彼女が肩に掛けているバッグを受け取り買い物カゴを手に取った。
◇
「――ねぇ、こっちとこっち。どっちが良いかな?」
「……ぇ」
不意に究極の二択を上条悠斗は迫られた。
一ノ瀬綾乃はどこかソワソワとした様子で、両手に持った服を交互に自分に合わせて見せた。
右はアウターとしての黒のキャミソール。左は薄ピンク色の七分袖のブラウス。
タイプの全く違う二者択一。
「あ、あぁ……どっちも綾乃に凄く似合うけど。そうだなー」
悠斗は穏やかな笑みを繕って、脳内はフル回転させる。
――どっちだ……っ!? これはどっちのパターンだっ!?
上条悠斗は今まで、異性との接点は非常に少ない。
だが、バラエティー番組の情報で知っている。
『女性が彼氏にこう尋ねる時は大体の場合、既に答えが決まっている』
選択を間違えれば、『えー、私はこっちが良いのになー』とか『あ、そう……なんだぁ』なんて、彼女のテンションを下げてしまう。
以前見たその番組では、“最初に見せた方が本命だ”という話だったが、実際には分からない。
もしくは、“試されている”という可能性がある。
――お前は、私の好みを知っているだろ? と、極端に違うデザインなんだから分かるだろ? と。
(どうしよう……分からないっ!?)
こんな事なら、もっと女性雑誌とかデートの心得みたいな本を読んでおくんだったっ! くそぅ!!
なんて心の声が漏れたのか、綾乃は「あっ」と小さく声を漏らした。
「ごめんごめん。女のメンドクサイ質問じゃなくてね。単純に“私にどっちを着て欲しいかって”話」
「……って、え?」
「だから、アンタの好みはどっち?」
綾乃は「ほら、選べ」とまた交互に左右の服を自分に合わせた。
「っと……じゃあ、右の」
「キャミソールね。色は黒で良い?」
「うん」
と、綾乃は左のブラウスを戻して、少し横にずれた。
キープしているキャミソールを腕に掛けつつまた、ごそごそと品定め。
「じゃあ、コレは?」
今度は、明るい黄色の膝上のプリーツスカートとデニム生地の丈の短いグレーのホットパンツ。
これも、悠斗の好みを聞いているのだろう。
彼は、少し考えて、
「なら、ホットパンツの方で」
「流石、脚フェチ」
フム、と綾乃は納得した様に頷いた。
「いや、俺は特に脚フェチって訳では……。ってか、俺が選んで良いのか? 自分の着たい服を選ぶんだろ?」
「素足とストッキングとニーソではどれ?」
悠斗の目が泳ぐ。
「黒の……ニーソで、お願いします……っ!」
「あはは、素直でよろしい」
ニヤニヤと口元を緩ませた綾乃の後を追いつつ、彼らは店の中を移動する。
レディースの靴下コーナーで自分のサイズに合う物を手に取って、綾乃は、はたと、
「“絶対領域”って奴ね!」
「『気付いた』って顔しないで頂けると、ありがたいな」
「来週、制服で穿いてあげようか?」
「ぁ――りがとう、ございますっ」
「やっぱり、フェチだー。やらしぃー」
小悪魔めいた笑みに、これなんの拷問なんだろうと悠斗は思う。
その割に……どこか、ドキドキする男心だった。
彼の表情に僅かに加虐心がくすぐられたが、綾乃は心を落ち着かせて、カゴに品物を入れる。
「さて……これだと流石に上着が欲しいなー。どれが良いかな……」
んー、とマネキンが着ている物や、店内広告を見ながら考える。
上から黒グレー黒の色合いだ。安直に白か、明るい色が欲しいと思う。
と、
「……綾乃、ちょっと」
悠斗は、彼女を手招き。
「ん、何よ? え、どこ連れ込むつもりー?」
店内の片隅に追いやられたメンズの中でも大き目サイズのコーナーにたどり着き、悠斗は、一着を手に取った。
「黒のパーカー? うわっ、5Lとかデカっ」
何事か、という表情の綾乃に悠斗は頭を掻きつつ、
「俺の好みってんなら、女の子……っうか、綾乃にこういう奴、着て欲しいなーと」
「んー、へぇー?」
それを聞いて、綾乃はおもむろにハンガーから外して羽織って見せる。
「おぉ……これが男物の5L。袖ブカブカね」
「……流石にデカ過ぎだな。3Lで丁度良い位か」
綾乃は女子の中でも身長はある方だが、それでも裾は太ももまで届きオーバーサイズに過ぎる。
だが、彼が敢えてこのサイズを渡した理由を綾乃は察した。
「ううん、コレが良いんでしょ。はい、決定」
パーカーを入れた買い物カゴを悠斗からひったくる様に受け取った。
「じゃ、買ってくるね」
「あ、おい。だから俺の選んだので良いのか!? “自分が着たい服”は!?」
呼び止める彼に彼女は振り向く。
悪戯めいた、どこか照れくさそうな笑みで、
「そうよ。だから、コレなの」
◇
「……なぁ、少しは俺も金出そうか? 結構な出費だろ」
会計を済ませ、レジ横に並ぶ試着室の前で、綾乃の着替えを待っていた悠斗は布が擦れる僅かな音に妙にドギマギしつつ声をかける。
安さが売りの店でも一式を揃えるとなれば、社会人でも財布へのダメージはデカい。
それを彼女は、ポンと出してしまった。
「別に良いわよ。普段はあんまりお金使わないから、たまにはパっとね。……それよりさ――」
試着室の扉が開けられた。
黒のキャミソールにグレーのホットパンツと黒のニーソックス。
それに、明らかにオーバーサイズの男物の薄手の黒いパーカー。
長く艶のある黒髪も相俟って、肌の白さが際立っている様に思えた。
純粋な服選びのセンスを問われれば、『ダサい』だろう。
黒系統一色。美少女である一ノ瀬綾乃の魅力を活かせていないのは、悠斗も分かる。
けれど、“その好きな人が、自分の好みのに合わせてくれている”のだ。
「どう?――『私の彼氏の好み全部乗せコーデ』」
フードを被り、ジッパーを胸下まで上げる。袖口を肘まで上げて、ダボダボな七分袖の様にしてパーカーのポケットに手を突っ込んだ。
少しだけ裾も持ち上げ、ホットパンツをチラ見せさせる。
「う゛っ……!」
悠斗は胸を押さえ、その場で蹲った。
「え、何!? どうしたの!?」
「だ、誰か救急車を呼んで下さい……」
突然の彼の不調にギョッとする。
呼んだ方が良いのでは、と本気で思った時。
「俺の彼女が尊過ぎて尊死しそう……」
悠斗が顔を赤らめプルプルと震えながら呟いたのに、綾乃は周囲の目から逃れる様に彼の手を引いて店を飛び出した。
(――よっしゃっ!)
と思いながら。
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