93話 魔人王ザルバドネグザル
「どういうこと? ”お兄ちゃん”って」
「い、いや、ソンナコトイッテナイヨ? キキマチガエジャナイ?」
「むうっ、なに隠してるの?」
この世界の人間にお兄ちゃんのことを話すのはマズすぎる!
シャラーンをどうにかごまかそうと必死になっている所へ、またしても『事情わからん男ゼイアード』がやって来た。あとアーシェラも。
「おいサクヤ、やはり誰から聞いても事態がいまいち分からん。みんな夢の中で魔物の大軍と戦って死んだって話ばかりだ。お前は何か知ってんだろう」
「サクヤ、いったいドルトラルはどうなったんスか! 本当に夢のとおりにこの国は滅んだの? ボクの家族とか友達も?」
ドルトラル組の慌てぶりはすごいね。まぁ無理もない。
たった半日で祖国の大帝国が亡ぶとか、悪夢みたいなものだしね。
それだけに解説するのは気が重い。
「ドルトラル帝国の中心部にいた人達は絶望的だ。多分、アイツが魔人王になるための生贄にされているよ。アーシェラ、それがどういう意味かわかる?」
「え? どういう意味かなんて……って、ええっ? なんだ、この記憶!? そんな、こんな事って……サクヤ、これは本当の事なの!? ザルバドネグザル様がこんな……!」
「ザルバドネグザル? そうだ、中心部にはヤツがいるはずだ! アイツが簡単にやられるとは思えねぇ。今ごろ事態の対策に動いているはずだ。何とかヤツと合流しようぜ!」
「「「……あー」」」
まったく事情わからん男のゼイアード。
その希望に満ちた声で頼ろうとしている爺さんこそ、帝国滅亡の元凶だよ。残念さん。
私たち全員が同じ気持ちで、彼に生あたたかい眼差しを送る。
「なんだお前ら、どうして俺をそんな目で見る?」
私たちの残念視線にとまどうゼイアード。
そんな彼の背後より”ヤツ”は前兆もなくあらわれた。
―――「オマエがサクヤか」
ザワリ……
その姿を見た私たちは一様に息をのむ。
姿こそ以前みた通りの老魔法師だったが、存在感はまるで違う。
それは魔界そのものの如くに不吉な雰囲気を漂わせていた。
「――ザルバドネグザル!」
私の声にふり向き、奴の姿を見たゼイアード。
その行動は、やはり残念な人そのものだった。
「ザルバドネグザル、無事だったのか! アンタ、この魔物どもの大量発生のことは知っているんだろう? 何があったのか教えてくれ!」
「ちょっとゼイアード先輩! それはマズイ!」
ヤツに無防備に近づこうとするゼイアードに、アーシェラは後ろから抱きついて歩みを止める。
ザルバドネグザルはそんな彼らを無視して私と話す。
「サクヤとやら。国境に配した魔物を全滅させるとは大した戦力だ。ゼナスに情報を漏らさぬつもりであったが、予定は変えねばなるまい」
そうか、ザルバドネグザルはオリジナル世界の人格が主の人格になるんだ。
ということは、私の事の記憶はあっても初対面ということか。
一方、ゼイアードはザルバドネグザルの言葉にとまどっている。
「ザルバドネグザル? いったいどうした。サクヤのことを知らねぇみたいに話して。そいつの事は何回か会って戦ったりもしたろう」
「オマエは……ゼイアードという元近衛の獣人か。フム、面白い現象だ。ワシの経験していない記憶が経験したかのごとく覚えておる」
「ザルバドネグザル? おかしくなっちまったのか?」
ゼイアード、いくら何でもニブすぎだろう。
君を必死に引き留めてるアーシェラが可哀そうになってくる。
「ゼイアード先輩、危ないですって! ドルトラル帝国を魔物の世界に変えたのは、あの人なんです! そしてザルバドネグザル様はもう人間じゃなくて魔人なんですって!」
「なんだと? そんなバカな! おい、ザルバドネグザル! アーシェラの言っていることは本当なのか?」
私は若干、この空気読めなさすぎニブちん男にイラついてきた。
話、進められないし。
「本当だよ。それより、ちょっと黙っててくれ。言っとくけど、いま戦場の用心ができないようじゃ、死んでもしょうがないよ」
「チッ……」
危機にあって「なぜ」「どうして」なんて聞きまわって、理由探しなんてする奴は素人。
そんなことより危機の対処に全神経を集中する方が重要だ。
ヤツもさすがにその辺は分かっているようで、黙って私と奴の対峙を見守ることにしたようだ。
ということで、ヤツと腹のさぐりあいといきますか。
「ザルバドネグザル、気配が薄いね。分身を飛ばしてこの異変を偵察って所かな?」
「フッフッフご名答。なかなかの気配察知能力だ。こちらでは死人がいきなり何千名も甦ったものだからな。本体はその対処で動けんのだ」
やはりそうか。つまり、今いきなりラスボス戦とかにはならないという事だね。
それ以前に、ヤツの最大の強みは万の魔物を操り従える操魔術。
たった一人で勝負になんか来るはずはないんだよね。
「それで私に声をかけてきて何の用かな? もう一人のアンタは私に興味があったみたいだけど、アンタもそうなのかな?」
「左様。このような怪現象をおこした存在には大いに興味がある。そして、その者とつながっているオヌシにもな。サクヤよ、待っているがいい。こちらが片づいたなら、すぐさま迎えに行ってやろう」
宣戦布告か。そんなものをされたら受けないわけにはいかないね。
士気にもかかわるし、大胆不敵、豪放磊落の強気でいこう。
「来てごらんよ。ここにいた魔物同様に全滅させてやるよ。そしてアンタの首も取ってやる」
ザルバドネグザルは「フム」とあたりに散らばる魔物の死骸を見回す。
「たしかにこれだけの武勇を見せたオヌシらに、地上の魔物などをぶつけるのは失礼であるな。よかろう、ゼナス侵攻には魔界より召喚した魔物を揃えて訪問するとしよう」
「―――なんだって!!?」
背中に「ザワリッ」とした感触が走った。
後ろのみんなからも、戦慄した声が聞こえた。
魔界の魔物は地上とはくらべものにならないほど強力だ。たった数匹の魔蜘蛛という魔物が、リーレット軍とドルトラル帝国軍を全滅させたことは強く記憶に残っている。
「フッフッフ、そう怯えるな。そなたは大事なゲストだからな。殺すような事はせず、丁重に迎えてやるからの。ではな」
ザルバドネグザルの分身は音もなく消えた。
くそっ、悔しいけど貫禄負けだ。
いや私の貫禄なんかより、魔界の魔物なんて来たらゼナス王国はメチャクチャになってしまうじゃないか。
『スキルの力だけでも負けることはない』なんて甘すぎた。
ユクハちゃんの例もある通り、高位召喚術士の力は桁違いだ。魔人王になった奴は、魔界からどれだけの魔物を召喚して操れるようになったのやら。
やはり奴に対抗する力を得るための『女の子クエスト』を諦めるわけにはいかない。
残された時間はわずかだけど、その間に必ずシャラーンをオトすぞ!
本当にシャラーン、どうやってオトそうかなぁ。
バトルマンガによくある、ライバルキャラ強くしすぎで読者の納得できる倒し方に悩む漫画家みたいになってきました。




