91話 魔物に囲まれて【シャラーン視点】
たしかにサクヤは見逃してくれたけど、正体を知られてグズグズとどまるスパイなんて居ない。
アタシとゼイアードは夜を徹して高速馬車を駆り、ひたすら故国ドルトラル帝国への道を駆け続けた。
追手のようなものはなく国境も無事に越えられた。
だというのに、やけに気分が晴れない。妙な不安感が拭えない。
「大丈夫かシャラーン、ひどい面だぜ。国境も越えたし、休めそうな村があったら一息つくか」
隣で手綱を握り御者をしているゼイアードは、アタシの顔を見て言った。
「ええ……そうね」
「そんなに任務の失敗を気に病んでるのか? ま、いつの間にか正体が知れたってのは、いただけねぇがよ。お前さんなら、まだ挽回できんじゃね?」
アタシは頭を振り彼の言葉を否定した。
アタシの不安はそれじゃない。
「夢を見たの。眠ってなんかいないのに、長い夢を見たわ。まるで、もう一つの人生を生きたみたい」
「お前もか。俺も酷ぇ夢見ちまったぜ。【栄光の剣王】のクソ雑魚リーダーのラムスって野郎に殺された夢だ。斬られた場所もやけに疼く気がしやがるぜ。まったく情けねぇ、たかが夢だってのによ」
ゼイアードは不機嫌そうに肩を乱暴にさする。
「ラムス……」
夢の中のアタシは、ラムスが大好きだった。愛していた。
そこのラムスは現実と同じ顔だったけど、中身はぜんぜん違う。危険な魅力にあふれた眩しい男だった。
彼を愛したアタシは祖国を捨て、そのまま彼の元へ。
でも、その祖国は……
「どうした。ずいぶんその人形を握りしめるな。そりゃ何だ?」
「あ、ああ。これ、王都の雑貨屋で買ったのよ。お守りの効果もあるみたいだから、頼っているの」
「そうか。ま、無事に国境も越えられたし、追手もないようだし。たしかに効果はあるのかもな。手ブラで帰る失態も何とかしてくれりゃ良いけどな」
「ええ……」
サクヤから渡された怪しい人形。
それは何らかの魔術的な仕掛けでも施されている可能性もある危険なシロモノ。
ゼナスを出る前に捨ててしまうべきなのに、アタシは何故かそれを今も持ち続けている。
その理由はアタシの勘が告げているから。
『これを手放してはいけない』と――
◇ ◇ ◇
やがて国境沿いにある村へたどり着いた。
だが、そこで休むことはできなかった。そこはすでに大量の魔物に蹂躙されていたのだから。
村の四方八方から無数に這い出る魔物に、アタシ達はおののく。
「ちッ、どうなってやがる!? この村は諜報員の前線基地でもあるってのに、魔物に潰されたままに放っておかれるなんてよ」
「これは……夢と同じ? まさか中央も?」
「仕方ねぇ。マレウスまで飛ばすぜ!」
魔物の村から逃走し、ゼイアードはそのまま街道沿いに帝国東部最大の街であるマレウスへと馬車を走らせた。
だが、半ばまで来たときに立ち往生することとなった。
街道の前からも後ろからも魔物が這い出て、馬車はすっかり囲まれてしまったのだ。
「くそッ、ここは主要街道のはずだぜ! いったい領主も衛兵も何やってやがる? まるでここら一帯が魔物に征服されちまったみてえじゃねえかよ!」
「……本当にそうかもしれない。もしかして、あの夢は現実? ドルトラル帝国はすでにあの方によって……」
夜の間に、いつの間にか経験したはずのない記憶がきざまれていた。
それは窒息するほどの苦しみを伴う記憶。
故郷のドルトラル帝国は、一人の魔法師によって滅ぼされ征服されたのだ。
その魔法師は大量の人間を悪魔に捧げ、魔界から絶大な力を手にした人類の裏切者。
その支配は『国を失う』という事実すら生ぬるく感じ、人間の滅亡を予想されるほどに過酷。
そして、その魔法師の名は―――
「手綱を代われシャラーン! 何としてもここを突破してマレウスまで行くぞ!」
ゼイアードはアタシに手綱を押しつけ、弓を手にする。
でも、それはいけない。アタシの記憶が告げている。
――『マレウスは地獄だ』と。
「ダメよゼイアード! マレウス方面は魔物の巣窟よ。ゼナスに戻るわ。方向転換する隙を作ってちょうだい!」
「何をバカな! このまま前方を突破する方が早い! それにマレウスが魔物の巣窟だなんて、何でわかるんだよ!」
「わかるのよ! もうドルトラルはお終いだって! あのお方が滅ぼしたって!」
「クッ、何を言ってやがる! だいたい『あのお方』ってのは誰……しまった!!」
いつの間にか子熊のような魔物数体に接近されていた。
そしてその体当たりは、致命的に馬車の車輪を破壊した。
「糞ッ! よくも!!」
ゼイアードはすぐにそいつらを射殺す。されど壊れた車輪は戻らない。
そして、四方の魔物は這いよりながらこちらに近づいてくる。
「シャラーン、馬を馬車から外せ! 何とか裸馬で逃げるしかない!」
「え、ええ……」
と、さっきの衝撃で懐から零れ落ちた物を見つけた。。
それはサクヤから渡された人形。
そういえばあの子、昨夜の時点でドルトラル帝国の地獄を予想してたっけ。
そして言った。どうしようもない危機におちいったなら、これに助けを求めろと。
「……やってみようかしら。あの子、これを予想してたなら何かあるわよね」
「シャラーン、何をしている!?」
構わずアタシはそれを手にして叫ぶ。
「助けて! お願い!!」
―――ふと、既視感を感じた。
前にもこれとまったく同じ体験をした気がする。
その人は颯爽とアタシの危機に現れ、手に持つ巨大な剣で次々と魔物を破壊していった。
アタシは吸いつけられるように、その姿をただ見ていて。
気がついたら、彼にどうしようもなく惚れていた。
まったくイケメンじゃないけど、妙に魅かれる顔の彼。
その人の名は―――
ズバシュウウウッ
突然大剣が振り降ろされ、目の前の魔物数体がまとめて切り払われた。
その大剣は一度も見たことがないのに、妙に見慣れた気がする。
そしてアタシはその持ち主を妙な期待と愛しさを感じながら探した。
―――「待ていサクヤ! ぜったい許さんぞ……のわあああっ、何だここは!? 魔物でいっぱいではないかあっ!!」
「ラムスウウッ!」
アタシは生まれた恋心のまま、突然に現れた彼に駆け寄って抱きついた。
「のわあああっサーリア!? ここに居たのか!?」
違う、アタシはそんな名前じゃない。本当の名前を呼んでほしい。
―――「何でそっちに抱きつくのよおっ! 助けたのは私なのにいっ!!」
背中から誰かの声が響きわたった。
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