90話 結婚するって本当ですか
セリア王女様の部屋に行く前に、コルディア卿と話を合わせるためにこの事態の説明をしようと思ったのだが、『並行世界』の所で壁にブチ当たった。
現代日本ならこの概念はマンガでもアニメでもラノベでもオタク文化にはおなじみの現象。しかし、まったくこの知識のない人達の前で、『もう一つの世界』とかどう説明したら良いんだろうね?
なんかゲームで、主人公が世界線をループして絶望と戦うストーリーで、説明好きの女博士が丁寧に説明してた気がするけど、そんなものは飛ばして先に進んでいたしなぁ。
しょうがないのでザルバドネグザルの魔導実験で、十数年後の未来の世界と現在が融合してしまった事にしといた。
もう、コルディア卿にはこれで押し切るしかない。
「なるほど、私は十数年前の世界に来てしまったのか。しかし、私の知る歴史とは大分違っているが? ドルトラル帝国の侵略がくじかれた事や、大精霊獣の出現、そして何よりラムスの代わりに君がメガデスを振るっている事など」
「では、別の可能性をたどった世界と融合したのでしょう。しかし、この現象の解明は学者にでもまかせましょう。私達にはやらなきゃならない事があります」
「魔人王ザルバドネグザルへの対策か……たしかにそれは急務だ。またもう一度ゼナス王国を魔人王に蹂躙させるわけにはいかない」
そうそう。現象の解明なんか忘れて。
「それじゃ、この人数で王女殿下の部屋に入るわけにもいきませんし。私とコルディア卿、それにラムスで説明に行くということで」
と、ラムスを見たが、ありありと不機嫌顔。
「サクヤよ、なぜオレ様が行かねばならんのだ? オレ様にはまったく事情がわからんのだぞ」
「え? そりゃ、お体のすぐれないセリア王女様に会うんだもの。愛しい婚約者のラムスが一緒じゃないと会ってもらえないかもしれないし」
「ええい、いったい何故、昨夜会う約束をお前にまかせただけで、婚約などという話になるのだ? まったく意味不明だぞ!!」
すると、この話を結んだ張本人のユクハちゃん。おずおずと進み出て申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい。その……精霊の力で、わたしがラムスさんに変身したんです。そしてロミアさんとの話の流れで、そういった話になってしまって……」
「ユクハ! 元凶は貴様かあああっ!」
ラムスがユクハちゃんに掴みかかろうとする。
そんなラムスを後ろから抑えて引き留める私。
「落ち着いてラムス。ユクハちゃんは王女様と仲を取り持ってくれたんだから。こうなったら結婚しちゃおう」
「ええい、放せサクヤ! 誰が結婚なぞするかあああっ!」
そこにモミジがユクハちゃんを庇うように間に立った。
「ラムスさん。その前にサクヤさんがラムスさんに変身して、王女さんとさんざん愛しあったんや。男女の関係になった後で、そういう話になるのは仕方ないやろ。ユクハもラムスさんとして、ロミアさんに責任うんぬんを詰め寄られたそうやしな」
グルンッ
ラムスが鬼の形相で、ほぼ180度首を回して私を見た。
ヒイイイイッ恐い!
「サクヤ! やはり元凶はきさまではないかああああっ!! いったい何て事をしてくれたのだあああああっ!!」
「うわあああっ、ごめんよラムスゥゥゥ!」
「ドタバタドタバタ」と追いかけっこをして走り回る私達。
それをコルディア卿はあきれたように見ている。
「……私は本当に君達を信用して良いのか? われらが女王陛下……いや今は王女殿下だが、だいぶ不埒な事をしたようだが」
「大丈夫です。このラムスが王女殿下と結婚するので、まったく問題ありませーん」
「問題ありまくりだ、貴様ああああっ!!」
ラムスと追いかけっこして相手が出来ない私に代わり、モミジとユクハちゃんがコルディア卿と話す。
「まぁ、君達が信用できるかは置いておこう。まずは王女殿下、そして陛下に謁見せねばな。ところで陛下と第一王子のホルガー殿下についても聞きたいのだが。この時代だと、やはりご健在か?」
「はい。陛下はお年のため長くお加減がすぐれず、政務の大部分をホルガー殿下に任せておられるようですが」
「となると、王国軍をまとめるのはホルガー殿下か。まずいな」
「何か問題でもありますのん?」
それについては、私も懸念している。
お兄ちゃんの話だと、ザルバドネグザルの侵攻に対して最初王国軍のトップだったのは、その王子だったらしい。ところがその王子、かなりの優柔不断で、貴族のワガママを抑えきれず軍の統一もできず、王国軍は散々な状態になったという。
結局、この王子を引きずり降ろす形でセリア王女様が即位し軍の再編を行った。どうにか軍としては行動できるようになったものの、序盤の劣勢は覆せず王国は終わったという。
この問題は、先の展開を知っている私が何とかしないとね。
あとラムス、そろそろ諦めてくれないかなぁ。ヒィハァ。
「……いや、少しばかり懸念がな。とにかく、まずはセリア姫殿下と話そう。すまんが、話を通してはくれんか」
と、その時だ。ノエルが私に声をかけた。
「サクヤ様! 人形が救助の念を受けています。サーリアさんに危機があったようです!」
「もう? 夜が明けたばかりなのに。ハァハァ」
シャラーンに渡した人形は、じつはノエルの羊毛で作られたものなのだ。
そしてそれはノエルと魔法的につながっており、このように救助信号を受ける事も、そこにゲートをつなぐ事も出来るのだ。
しかし、こうも早々に救助を求めるとは。
あれから高速馬車を飛ばして真っすぐドルトラル帝国へ向かい、国境をすでに越えたといった所かな。
「ノエル、彼女の元へゲートを開いて。このまま行くから」
いつでもシャラーンの救助に応えられるよう、メガデスを背負い軽鎧を着て準備万端だ。
女の子クエスト最後のひとりシャラーン。
あえて彼女が危機にあるドルトラルへ行くのを見逃し、それを救いハートをゲットというのが、私の策なのだ。
「サクヤ様、ゲートを開けました。すでにこの先は魔物がいっぱいのようです。気をつけてください」
「了解した。シャラーン、いま行くぞ!」
彼女を白馬の王子様の如くカッコ良く救って、今度こそシャラーンをオトす!
私はメガデスを引き抜き、勢いよくゲートに飛びこんだ。




