09話 奴隷市場
あれから一か月。
私とラムスは、あちこちの狂暴モンスターをギルドマスターの指示されるままに討伐して回った。
ラムスは毎夜酒場や娼館で豪遊するが、他の冒険者のように金が無くなるまでクエストをやらないこともなく、ちゃんと毎日クエストに出かけている。
厨二病的英雄志願も、勤労に役に立つんだね。
そんなある日のことだ。ラムスがクエスト以外の要件を持ってきた。
「おいサクヤ、奴隷を買うぞ」
「奴隷? どうして?」
「知っての通り、わが【栄光の剣王】はどれだけ高レベルモンスターを倒そうとも、素材を持って帰れるのはオレ様が運べる分だけだ。これはヒジョーにもったいない」
「まぁ、そうだね。私が荷物を持ったら、帰り道が危うくなるしね」
それにしても、えらい大層なパーティー名をつけたよね。
”剣王”って、どう考えても私だから、恥ずかしさも二倍。
「サクヤが荷を運ぼうとも、大して持てん。きさまはアタッカーのみやっている方が効率がいい」
「はぁ。まぁ自分でもそう思うよ」
この間のゴロツキ襲撃でも思ったが、ラムスは意外と頭がいい。
将来の進路に関してだけは壊滅的に頭が悪いけどね。
「そこでだ! 投資として『荷物持ち』の奴隷を購入するのだ。オレ達の狩っているモンスターはレアな素材持ちが多い。それらをぜんぶ持ちかえることが出来れば、オレたちはもっと金持ちになれるのだ!」
モンスターを狩っているのは、私だけなんだけどね。
もっとも、その他のことはみんなラムスがやっているから言わないけどさ。
それにしても奴隷か……
たしか目標の女の子の中には、奴隷の子もいたはずだ。
奴隷娘 ノエル。
この子はゲームでは序盤からラムスに付き従っているはずなのだが、こっちのラムスにはついていない。
つまりどこを探せばいいのか分からないのだが、奴隷市場というのは探す場所としていいのかもしれない。
「いいよ、行ってみよう。それで代金の方はどうすんの?」
「オレとサクヤが半々で出すのだ。もちろん、そのくらいの金はあるのだろう?」
「私は大丈夫だけど、ラムスの方こそどうなの? 毎晩ハデに豪遊してるみたいだけど」
「ももももちろんあるぞ! いい仕事をするには遊ぶことも大切なのだ! 遊びにも無敵になることは、英雄たる者の資質なのだぞ!」
なんだかダメ男と結婚した気分だなぁ。
まぁいいや。
ラムスのたわ言はともかく、私も奴隷市場という場所には用があるからね。
出かけるとしますか。
奴隷とは、借金の返済ができなくなったり稼業が没落、もしくは犯罪によって身売りされた者達のことである。
そういった人間が集められている市場にいくと、そこにはまとめて檻に入れられた人間が大量にいた。
まるで野良犬みたいな扱いだね。
あらゆる作業がマンパワーなこの世界では、奴隷も必要な文化。
現代日本人としては思う所はあるけど。
「ふうむ、どれがいいかな。思い切って獣人なども良いかもしれんな」
獣人とは、人間の体に一部が獣のものになっている者達のことである。
彼らの祖先は普通の人間であったのだが、その時代の過酷な環境に生きるため、禁忌魔法で体の一部を獣に置き換えたのだ。
その魔法は子孫にも遺伝していき、獣人という種族となって今に至るそうだ。
「これが獣人か。本当に人間の耳の他に動物の耳とかついてるね」
「なんだ見るのは初めてか? 奴らはたいてい頭が悪い分、力が強い。だから奴隷としては値が張ることになるわけだが」
「向こうに檻にいれられていない奴隷の人達もいるみたいだけど、あれは?」
「ああ、それは高級品だな。武力や知識、技術などを持っている奴隷は、ああやって別格扱いになっているのだ。オレ様たちに必要なのは力だけの荷物持ち。だから向こうに用はないな」
「……私はちょっと興味がわいた。見てくるから、私たちが購入するのはラムスが探しといて」
ラムスの罵声は無視して、高級奴隷コーナーに足を踏み入れた。
原作のノエルちゃんは、モコモコした髪型とクルンと巻いた角が特徴的な羊人。
羊人は魔法が得意な種族で、彼女も強力な魔法でラムスを援護していた。
だから、彼女がいるとしたらここだ。
客層も商品も明らかに違うこの場所を、しばらく見てまわった。
しかし。
「いないなぁ。まぁ居ても、魔法を使える高級奴隷なんて高くて手が出せないけど」
ここらの奴隷は、モンスターを狩りまくってお金持ちな私をしても、高すぎて手が出せないシロモノだ。
最低でも、私の用意してきたお金の倍の金額はする。
魔法を使える奴隷にいたっては十倍だ。
躾もきちんとされているようだし、購入するのはお貴族様が専ららしい。
原作のラムスは、どうやってノエルちゃんを購入したんだか。
「おいっサクヤ! いつまで遊んでいる! オレ様が使えそうなのを見つけておいてやったぞ。さっさと来い!」
やれやれ。うるさいのが呼んでいるし、探すのはここまでにしますか。
また暇なときに来て、ノエルちゃん探しをしよう。
高級品コーナーを出てラムスの所に戻ると、奴は私をグイグイ引っ張ってある所へ連れてきた。
そこは獣人コーナー。
そこでラムスは、背は低いが筋骨隆々とした牛人の男を見せて言った。
「見ろ、これだ! 体はがっしり力がありそうで、顔はバカそうなブ男。じつに理想的だろう」
”ブ男”は私としては理想的じゃないなあ。
まぁ元の世界に顔だけで男も女も判断してメチャクチャ言うイヤミな女とか知っているから、顔のことは何も言わないけどね。
「いいんじゃないかな。それで値段は……」
どうでもよくなって視線をさまよわせた先に、ふと見かけた。
見覚えのあるモコモコの髪型を!
あわててその檻に近づいてみると、はたして居た。
その檻に、たった一人だけ入れられている羊人の女の子が。
その子の首にかけられている木札には『ノエル』と書かれていた。




