89話 新世界
世界中が二つの映像がブレたようになった現象も、朝になる頃にはすっかり収まった。
しかしお城も街の様子も一変してしまった。あちらこちらが壊れたり崩れたりして、まるで酷い戦闘の後のような有様だ。
そして私はというと、この事態の鍵人の一人である男を、城外でパーティーの皆と待っていた。
やがてその男、ラムスが途方にくれたようにフラフラと帰ってきた。
「やあ、ラムス。お帰り。まるで悪夢みたいな朝だね」
「サ、サクヤ! お前は無事なのか? 街中の人間が苦しみだしておるのだ! 何でも魔物の大軍が押し寄せてきて、自分が魔物に殺されたという夢を見たらしい。全員がだ!」
「お城の中もだよ。ほら、パーティーの皆も。ま、皆は私がどうにか落ち着かせたから、さほど酷くはないけどね」
それでも、ノエルもアーシェラもユクハちゃんもモミジも夢遊病者のようだった。
しかしラムスの姿を見ると、フラフラ寄って来た。
「ラ、ラムス……様? 私、あなたとダンジョンの最下層に潜りました?」
「うっ、うう……ラムス。ボク、君に抱かれた事あったっけ? それに、すごい数の魔物と一緒に戦ったような気が……」
「わ、わたしも。あなたと深い関係をもってたような……ひどい戦いの中で死んだような……」
「ウ、ウチもや! いったい何なんや、この気持ち悪い記憶! ラムスさんとこんな事したハズないっちゅうのに。それに魔物の大軍と戦って死んだみたいな感覚も!」
彼女らのオリジナルは死んでいるはずだけど、こうして記憶だけは世界から受け継いでいる。
となると、世界中の人間がオリジナルの記憶で苦しんでいるということか。
そして世界でただ二人、私とラムスだけはこの苦しみには苛まれない。
私は元々この世界の住人ではないから、オリジナルなんて存在しないし。
ラムスは彼のオリジナルがお兄ちゃん。融合するはずの相手が元創造神で、今は現代にいるから、そのままだ。
「お、落ち着けお前ら! お前らは、サクヤと女同士のハーレムとか作っていただろう。オレ様とそんな関係になるハズがない! サクヤ。お前の女が揃って変になっている上、城も街もボロボロになっているというのに、やけに冷静だな。この事態のことを何か知っているんじゃないのか?」
「さすがラムス。よく見ているね。でも話はセリア王女様やロミアちゃんの前でするよ。二人が待っているから行こう」
「う、うむ……」
「それとラムスは街に様子を見に行ったという事になっているから、上手く話を合わせてくれ。まさか昨夜の内に城を抜け出して遊びに行っていた、なんて言えないからね」
「何から何までスマンな。お前には世話になりっぱなしだ」
「うん、ラムスがセリア王女様にプロポーズしたという事にもしておいた。まったく人が良すぎだな、私って」
「なんだそれはあぁぁ!!!」
と、その時だ。数名のボロボロな恰好をした一団が、周りを警戒するような様子でやって来た。
「やはり、王城にいる者も生きている。ここは過去なのか? いったい何があったというのだ。これもザルバドネグザルの魔法実験か?しかし……」
「む? 何だ貴様らは。城にいったい何の用だ」
私は、それらを率いている先頭のやけにカッコイイおじさんに何やら見覚えがあるように感じた。
「待ってラムス。この人、見たことがあるような? 失礼ですが、お名前は?」
「失礼した。私はシルバード・コルディア。ゼナス王国人類同盟の盟主だ。しかしラムスだと? 君は王国の命運を背負いダンジョン探索に出たが、そもまま戻らなかったはず」
「何を言っておるのだ、この男は。オレ様はダンジョンになど行っておらんぞ」
「コルディア卿……ですか? ずいぶん老けましたね」
おまけに【人類同盟】とか、妙に暗い未来を暗示させる名称だ。
「いや。今朝起きてみると、むしろ若返っていたのだが? この辺りを徘徊していた魔物もいつの間にかいなくなっているし、人間がこんなにも居る。いったいどうなったというのだ?」
妙に話の合わないコルディア卿を名乗る人物。
だが、一つの可能性に思い当たった。
「そうか、あなたはオリジナルの世界で死んでいないんですね? だから、こっちの世界の彼と融合してその年になっているし、こっちの世界の記憶は夢だと思っている」
オリジナルの世界で生きていた者の記憶は、あっちの世界の人格が主導権を握っているのか。逆に死んでいる者は、こっちの世界の人格が主導権を握っている。
それにしても、【人類同盟】なんてものが出来るくらいオリジナル世界はザルバドネグザルに追い詰められているのか。こりゃ本当に地獄が出現したな。
「『こっちの世界』とは何だ? それに君は? 初見のはずだが、何故か見覚えがある気がする」
そしてコルディア卿は、パーティーの中からまた一人の人間に注目した。
「……むっ、君はモミジちゃんか? 生きていて、しかも子供だ」
モミジを見て驚くコルディア卿。そういえば旧知の仲だったな。
モミジもコルディア卿の顔をまじまじと見て驚いている。
「本当にコルディア卿や。いったい何があったらそんなに老けるんや。それに後ろの連中にも、妙に知った顔がおるな。あっちのはおじいちゃんの工房の人やないか?」
「何って……魔人王ザルバドネグザルの侵攻だよ。王国軍は壊滅し人間は大半が殺され、私は生き残った者を引き連れ安全な場所を探してさまよっていたのだがな。なぜか今朝、かつての王都近郊にいた」
「ザルバドネグザル? ドルトラルの元帥やったお人か。たしかに凄いっちゅう噂やったが、サクヤさんがこっぴどく撃退したんやろ。それがどうして王国軍を壊滅させるにいたったんや?」
「何だと? モミジちゃん、このサクヤという彼女は何者なのだ? いや、何故か知っている気がするが、現実に存在しない人間のはずだ」
「はぁ? 何を言ってるんや。【栄光の剣王】の副リーダーで、おじいちゃんが作ったメガデスを振るって王国の数々の危機を救った英雄や。昨日は祝勝会で、その武勇の功績で叙勲されたやないか」
「メガデスを振るって数々の王国の危機を救う? それはラムスの業績のはずだ」
やれやれラチが明かないな。このままじゃ皆が混乱したまま、いつまでも言い争いが続く。事情を知る私が仕切らないと。
「コルディア卿。まぁ一緒に城に入りましょう。これからセリア王女殿下に会うんですが、あなたには経験した事を話してもらいます」
「むっ、セリア王女殿下だと? 女王陛下ではなく? であるなら、その父君であらせられる陛下はご健在なのか?」
「ええ。つまりあなたが経験した事は、これから起こる事になるんです。だから時間がありません。早くセリア王女殿下に状況を説明しにまいりましょう」
さて、ここからは急がないとね。
ザルバドネグザルが動き出す前に、出来るだけの事はしないと。




