86話 イケメン女子アーシェラの冒険【アーシェラ視点】(後編)
ボクはしばし華やかなドレス姿のシャラーンと抱き合ったまま固まった。
でも、緊急でやらなきゃならない事を思い出して、彼女から離れた。
「ゴメン、話してる暇はないんだ。ボク、これからサクヤを呼びに行かなきゃならないんだ」
そう言って踵を返し行こうとしたんだけど。
「サクヤ様? 待って、アタシも行くよ。アタシがラムス様に呼び出されたのは、サクヤ様の部屋なんだよ」
「な、なんだって!?」
どういうことだ? もしかしてサクヤはラムスさんのフタマタに協力してた?
……あり得る。サクヤ自身、女の子ハーレムなんて作る奴だしなぁ。
『フタマタは男の甲斐性』とか思ってたりして。
「わかった。とにかくサクヤに会わないと始まらない。一緒に行こう」
そんな訳で、シャラーンと一緒にサクヤがあてがわれた部屋へ行き、飛びこんだけれど。
でもサクヤもノエルも、そこには居なかった。
パーティーの他のみんなから話を聞こうと隣も見たけれど、ユクハもモミジも姿が見当たらない。
仕方なく寝室に待たせてあるシャラーンの所に戻って途方にくれた。
「おかしいな。みんな、どこ行っちゃったんだろう。誰も居ないよ」
「……ちょっと思い当たる事があるわ。アタシがラムス様に呼び出されたのは、この部屋って言ったよね」
「そうだね。それで?」
「つまりサクヤ様は、ラムス様にこの部屋を貸して、みんなとどこかで暇を潰してるんだと思うわ。そしてラムス様は王女様との事が終わったら、ここへ来てアタシに会うと」
ああ、なるほど。やっぱりサクヤはラムスさんのフタマタに協力していたのか。
しかし、同じ日の夜に時間をずらしてフタマタしようなんて、あきれてモノも言えないよ。ラムスさん。
「やれやれ、どうしたもんかな。とにかくロミアさんに話してみるか」
これからの事に頭を抱えつつも部屋を出て行こうとしたけれど、シャラーンがボクの手を取って引き留めた。
「待って、アーシェラ。ちょっと話さない? 久しぶりだしさ」
話か……そうだね、たしかに彼女の事は、別れた日からずっと心に引っかかっていた。
ボクらは少しばかり休憩とベッドに腰掛けた。
「じゃあ君の事を教えてくれるかな。親の借金のためにどこかで働くために故郷を出た君だけど、あれからどうなったの?」
「うん……ちょっとヤクザな仕事をすることになったの。ま、そのおかげでお金の心配は無くなったんだけど、もう昔のアタシじゃないわ」
「それを言うならボクもだよ。せっかく聖騎士候補にまでなったのに、前の戦争のゴタゴタでゼナス王国に残ることになってさ。今はまぁ……何の身分もないただの剣士かな」
「でも、こっちで出世したんじゃない? そんな立派な貴公子様みたいな恰好してさ」
いや、立派な服でも男物だよ?
「これは仮装だよ。世話になっている女領主様のダンスの相手を務めるためにね。変だろ、こんな恰好」
「ううん、似合っているよ。すごくかっこいい。アタシもアーシェラと踊ってみたかったな」
えっ? シャラーンも女同士でダンスとかしたいの?
そんな変な趣味は、ロミアさんだけかと思ったのに。
……ま、いっか。そんな友情の形があってもいいよね。
昔の友達の酔狂に少しばかりつき合ってあげようか。
「いいよ、踊ろうシャラーン」
「え? ここで? 音楽もナシに踊れるの?」
こんな貴公子様みたいな格好のついでに、シャラーンをお姫様にしてあげよう。
ボクは膝をつき、姫に懇願する公子のように深々と頭を下げ手を差し出す。
「今宵、貴女の美しさにあてられ恥ずかしながらまかり参上いたしました。麗しき姫、今夜ただ一度、このボクにダンスの栄誉をお与えください」
シャラーンはベッドから立ち上がり優雅な仕草でボクの手を取る。
「ええ、今夜ばかりは気まぐれを起こしましょう。これは朧な月が陰る間だけの夢。愛を語りながら踊れども、朝には消える定めと覚えください」
シャラーンもノリノリだね。まるで本物の貴婦人みたいだ。
とてもボク達の前で裸同然で踊った彼女とは思えないね。
狭い寝室の中でボクらは手を取り、昔の自分と相手を懐かしみながら踊る。
こんなにも綺麗になった友達を間近で見るのは、くすぐったい気分。
「ふふっアーシェラ。ちょっとズレているよ。これじゃお相手の令嬢を失望させちゃうね。ほらイチニ、イチニ」
「ありゃ、自信あったんだけどこんなもんか。でもシャラーンは凄いね。音楽もリズムも完璧に覚えているみたいだ」
「そりゃそうよ。踊り子はいつも自分の中にリズムを持っているものよ。音楽の無い場所で踊らなきゃならない時なんて、いつでもあるんだから」
「そうだったね。昔ボクの前で踊った時も、この前、王城の庭園で踊ったときも」
「あら? アーシェラ、あの時どこかで見ていたの? どこに居たの?」
「え?」
いや見ていたも何も、踊っている君の前に居たんだけど?
そういやドレス姿なんて、シャラーンには見せた事なかったな。
昔は剣の修行中にばかり会っていたから、令嬢としての姿なんて見せた事なかったし。
「そっかあ。アレを見られちゃったのか。アーシェラには、あんな姿見られたくなかったな」
「格好良かったよ。ま、ちょっと恰好がいきすぎだったけど。そういや、まだサーリアって名乗っている理由を聞いてなかったね。教えてくれるかい?」
「ごめん、それは教えられないんだ。アーシェラも人前じゃサーリアって呼んで。悲しいけど、それが今のアタシだから」
そっと目を伏せる彼女を見て、何やら事情アリを察する。
「そっか……シャラーンもいろいろあったんだね。ボクも、もう昔の自分じゃないしね。聖騎士を目指していた頃とはずいぶん変わっちゃったよ」
主にサクヤのせいで。
「どんな風に? 好きな女性でもできた?」
「うん……え? 女性?」
いや、たしかにボクが変わった原因もハマってしまったのも女だけどさ。
でも、なんでいきなり同性愛方向に話を振ってくるの?
こういう時って、普通『好きな殿方』とかを聞くもんじゃないの?
…………あれ? そう言やボク、今こんな男装なんかしてんのに、その事には何も言ってこないね。
もしかしてシャラーンって、ボクの事を男だと思っている?
……いや、まさかそんな。
こんなにも長い間、ボクの性別を勘違いしてるなんて有りえない……
「アタシね……昔アーシェラの事が好きだったんだよ。好きで好きでたまらなくて、いつも会いに行ってたんだ」
―――やっぱりいいっ!!!!
「聞いてくれシャラーン! じつはボクは……」
『女だ』と言おうとしたんだけど。
その前に足を絡められ倒されて、「ボフッ」と共にベッドの上へ。
え? なにこの技?
もしかして、武術的なものを何かやっている?
「ねぇ……少しだけ昔の思いを叶えさせてくれない?」
ボクの上に覆いかぶさり熱っぽい目で見つめるシャラーン。
途端に空気が熱いものに変わる。
うん、何度も経験してるから分かるよ。この後冒険が始まるんだよね?
女体の神秘を探る果てしない冒険へ。
「シャラーン。あのさ、ボクは……んむっ!?」
唇に柔らかな彼女のそれを重ねられた。
やけに気持ち良い。
サクヤ意外にこんなキスが出来る子がいるなんて思わなかった。
「大丈夫。アタシにまかせて」
ちょっ!? どこ触ってるんスか!
そこはサクヤにさんざんいじめられた所だから!
だからそこはダメだって! そこには何も無いから!
ヤメて探さないでええええっ!!!!




