85話 イケメン女子アーシェラの冒険【アーシェラ視点】(前編)
ボクはアーシェラ・レイナス。
現在、貴公子みたいな男物の礼服を着てロミアさんとダンスを踊っている。
「上手いねアーシェラ。けっこうサマになっているよ」
見かけは完璧貴族令嬢、中身はいささか問題アリなロミアさんは素敵な笑顔で言った。
「ま、これでも元貴族令嬢。ダンスは小さい頃から習わされてきましたからね。男性パートは今日が初めてッスけど」
ドレスよりこういった男の恰好の方が安心なあたり、女としてヤバいなぁ。
「でも、いいんスか? こういう場は貴公子様と貴族令嬢が親交をあたためる場なのに、女のボクとばかり踊って」
「今どっかの貴公子様とかと踊ったら、確実に結婚まで話がいっちゃうからね。いつまでもサクヤ様と踊るわけにもいかないし、アーシェラでダンスタイムを潰すよ。【栄光の剣王】にちょうど良い元貴公子がいて助かったよ」
ま、そんな訳で、ボクは男装させられてこの人と踊っているわけですけど。
「元貴公子じゃなくて元令嬢です。それと見習い聖騎士だったんスけど。それにしても、みんなどこ行っちゃったんですかね。いつの間にかパーティーのみんなが会場から居なくなってるよ」
「ラムス様はセリア姫殿下と会っているよ。『踊ったときに約束してくれた』って言ってたもの。サクヤ様は……みんなとお楽しみかな?」
ガーーン! ボクを置いて?
「しかしラムスさんとセリア王女様、そんな関係だったんスか。ラムスさんって、じつは貴族の重鎮の息子だったし、いろいろ凄い人だったんスね」
「うん。セリア姫殿下、ずっとラムス様のことが好きだったんだって。今夜思いが叶って、すごく嬉しそうだったよ。明日の朝会ったら『オメデトウ』を言ってあげなきゃね。でも羨ましいな、好きな人とこんな風に結ばれるなんて」
「ロミアさん、セリア王女様と仲良いんですね」
「まぁね。一晩一緒に過ごした日があって、それ以来すっかり友達だよ。もうすぐリーレットに帰んなきゃなんないけど、姫殿下と離れるのは寂しいな」
そんな風にロミアさんと雑談まじりに踊っていたんだけど。
何やら優雅な演奏を台無しにする無粋ながなり声が、会場の片隅から聞こえてきた。
見ると、数人の身なりの良い人物らが何やらもめている。
こんな場をわきまえない輩は即刻衛兵につまみ出されるはずなのに、何故かそいつらは誰にも咎められていない。
「あれ、どうしたんでしょうね。ひどくもめてますけど」
「……なんかセリア姫殿下の名前が聞こえるね。ちょっと行ってみよう」
ボク達はダンスをやめてその現場に行ってみた。
ロミアさんは彼らの顔を見ると眉をひそめた。
「ちょっとマズイかもね。王家子飼いの賢者様達と貴族派の主要だった貴族方が争っているよ。ほら、あの先頭にいる二人が貴族派中心のオルバーン侯爵家の兄弟。ラムス様のお兄さん達でもあるベリアス様とカールス様だよ」
なるほど。彼らはそれなりに高い身分の者だから咎められていないのか。
「セリア王女は、今ラムスはんと部屋を共にしてんのや! 賭けはこっちの勝ちや!」
あれはバニングさんだ。賭けっていったい何?
「そ、そんなハズはない! ラムスはこのサーリアと約束をしたはずだ! そうだな、サーリア!」
「ええ、たしかにラムス様は約束してくださいました!」
あ、シャラーンだ。ラムスさん、彼女と約束なんてしてたの?
あれ? でもラムスさんは、今夜はセリア王女様と会ってるんじゃ?
そう言ったはずのロミアさんを見てみると、「フフ……」と何やら怖い笑みを浮かべている。もしかして怒っている?
「……おい。こりゃあ、もしかしてラムスの奴……」
「まさか……しでかしたのか?」
「ま、まさか! 一方はセリア姫殿下だぞ! そのような無礼許されるわけがない!」
「いや、あのアホならやりかねん。あ奴はそういう奴だ!」
「だとしたら、やはり……」
言い争っていた人達は一斉に叫んだ。それはまるで心が一つになったみたいに。
「「「フタマタかぁーー!!!」」」
その言葉が始まりだった。まるで溢れるようにラムスさんへの怨嗟が噴き出していく。
「……ラムスめ、やってくれたわ。王党派貴族派、双方をたばかるとは!」
「ぐぬううっ許せん! 何という王家の姫への侮辱だ!」
「セリア姫殿下が、この一夜にどのような思いを抱いておいでだと思っている! 国家の安寧のためにその身を投げ出した姫殿下の覚悟を踏みにじるとは!」
「うおおおおっ! 俺は奴をブチ殺さずにはおれん! セリア姫殿下は、今ごろ奴に何をされているかぁぁあ!!」
うわあ戦鬼だ。みんなラムスさんの殺意にあふれた戦場の鬼と化している。
「ロミアさん、このままじゃラムスさんは殺されちゃいますよ。どうします……あれ、ロミアさん?」
ロミアさんは平然とスタスタ戦鬼の群れの中に入っていき、一声を上げた。
「みなさん、いきなり王女姫殿下のいらっしゃる部屋へ大勢で押しかけるわけにもいかないでしょう。まずは私が様子を見に参ります。私がラムス様に真偽を問いただしてご覧にいれましょう」
「おおっリーレット伯。貴殿がやっていただけるか! いやあ、かたじけない」
「私も、もしラムス様がそのような事をなされていたなら、許せませんもの。そして本当に姫殿下の気持ちを踏みにじるような事をしていた場合……」
ロミアさんは「ニコリ」と笑う。しかし全身に言いようのない圧がこもる。
「お仕置きをしてさしあげないと」
うわあ怖い。ロミアさん、本気で怒っているよ。
こりゃ場合によってはラムスさん、本当にタダじゃ済まないな。
ロミアさんは再びボクの所へ戻って言った。
「アーシェラ、サクヤ様を呼んでおいて。この件、パーティーにも火の粉が飛ぶかもしれないし、サクヤ様の耳にも入れておかないと」
「そ、そうだね。わかった、ボクはサクヤを呼んでくるよ」
踵を返し、ボクら【栄光の剣王】が借りている部屋のある場所へ向かおうとする。
でも慌てていたので「ドン」と誰かにぶつかってしまった。
それは綺麗な女性だった。ボクは倒れないよう咄嗟に抱きかかえ、彼女を転倒から守った。
「どうもすみません。慌てていたもので」
「いえ、大丈夫です……え? もしかしてアーシェラ?」
ふいに名を呼ばれ見てみると、それは先ほど喧噪の中心にいた彼女だった。
艶やかなドレスに身を包み、絶世の美女ともいえるほどに美しい女性。
しかしそれは、先日際どい踊りを披露した彼女であった。
そしてボクを知っているということは、やはり……
「シャラーン……だよね? でも、サーリアって名前は?」
「それは……」
ボクの腕の中で口ごもるシャラーンは、かつての面影を色濃く残していた。
昔の彼女も、ときどきこんな風に恥ずかしそうに顔を伏せていたっけ。
ちょっとだけあの森で会った頃に戻ったような気がした。




