83話 ダンス・ダンス
見慣れたラムスの顔も、ダンスをしながらだと新鮮に見えるね。
リードも上手くて踊りやすいし、体もよく鍛えられてカッコいい。もしかして、ラムスってかなり良い男だったりするのか?
何度目かのターンをした時、ラムスは切り出した。
「ところでサクヤよ。やる事はやった。そろそろ抜け出して酒場にでも行きたいのだが、今日ここは監視が厳しくて出られん。なのでノエルの力で出してくれ」
…………なるほど、そのために私と踊ったと。
やっぱり見かけはカッコよくても、中身が壊滅的にダメだ。
しかし、それはマズイな。この後ラムスには、セリア王女様とシャラーンを誘導するのに一役買ってもらうつもりなのに。
……いや待て。むしろこれは好都合か?
今ならラムスは、城を抜け出すために私の言う事は何でも聞く。
そしてセリア王女様とシャラーンを誘導した後は、むしろ居ない方が良い。
脳内コンピューターよ、新たな鬼畜作戦を導け!
…………よし、新たな作戦プログラムが出来たぞ。
「わかったよ。ただ、セリア王女様とサーリアさんとだけは踊っていってくれ。二人ともラムスと踊りたいみたいで視線が痛いし」
「……むっ、そうか。英雄ともなれば女にもモテるものだな。仕方がない、帰る前につき合ってやるか」
「それと、もしかしたら二人から呼び出しとか約束されるかもしれない。その場合はラムスの部屋へ呼んでおいてくれ。もう一人からも約束されたなら、時間をずらして私の部屋へ。あとは私が上手く説明して、なだめておくから」
「ガハハさすが相棒。そんな面倒まで引き受けてくれるとは感謝するぞ。では、もし約束なんてものをされたら頼む」
「それと彼女らは独占欲が強いかもしれないからね。絶対に『もう一人の方とも約束している』なんて言っちゃダメだよ。言ったら、すごい修羅場になる予感がするから」
「ふむ、そんな事になったら抜け出すどころではなくなるな。よし、どちらにも『お前だけだ。お前以外の女と約束などしない』とか言ってやろう。ガハハハッ」
うわあ、すごい最低。
そして彼女らの女心を焚きつけてオトそうと企む私も最低。
本当に最低同士のコンビだな、私達って。
私とのダンスが終わり、ラムスは私に手を振りながら二人の方へ向かう。
よし、これで大分やりやすくなった。
あとはラムスから二人が部屋に来るタイミングを聞いて、ラムスを城から出したなら、すぐに仕掛けるとしよう。
ラムスが二人とダンスを終えるまでは待機。
……とか思ったのだが、そうはいかなかった。
なんと、また私にダンスを申し込む者が現れたのだ。
「リーレットの英雄、今は麗しきお嬢さん。今宵、僕にダンスの栄誉を与えてください。あなたのお顔を瞳に映すために。そのひと時が永遠となるように」
…………この場合、どうしたら良いんだろうね。
こんなセリフを女の子から言われて、手を差し出されたら。
「え、えーとロミアちゃん? それ、何て返せばいいの?」
私の前で膝をつき、天使な笑顔でたおやかな手を差し出すロミアちゃん。
演技スキルのせいで華奢な男の子にも見える。
「ふふっサクヤ様。じつは私、男性パートも踊れるんだよ」
「うん、それで?」
「『少しだけ気まぐれを起こしましょう。でも今夜この時だけ。本当に特別ですよ』って言って、私の手をとれば良いんだよ。ほら」
なにその高慢ちき女は。
ロミアちゃんがやったら『高嶺の花』だろうけど、私がやったら『痛い勘違い女』だよなぁ。
いやそれより、その差し出す手は本当に何?
「えーと、それって本気で私と踊るってこと? 女同士で? こんな王城で主催されている場所で?」
ロミアちゃん、今夜はロックすぎない?
「あ、マズイ。マーセイアが見てる。じつはリーレットの太守になってくれる伴侶を、この式典パーティーで見つけるよう言われてるんだ」
ロミアちゃんの視線の先を見てみると、たしかに恐そうな侍女のお姉さんが見ている。
「なのに私と踊るの? 男役までやって?」
「私、サクヤ様とどうしても踊りたいんだもん。踊って踊って~っ」
「ああ、もう。領主様がダダをこねるんじゃありません。しょうがないな。後で一緒に怒られよっか」
「うん、素敵な淑女にしてあげるね」
ロミアちゃんの方が素敵すぎるから無理だなぁ。
そんなわけで、女同士の奇妙なダンスは始まった。
「上手いね。男役なのに、こんな綺麗にターンできるとは思わなかった」
「サクヤ様はぎこちないね。もっと思いっきり回っていいんだよ」
たしかにロミアちゃんは男性パートを完璧にこなしているし、演技スキルのせいか男の人みたいな動きはする。
でも私をリードするには華奢すぎるんだよね。体を預けたら倒れそうで怖いよ。
周りからはクスクス笑い声がするし、マーセイアっていう侍女さんは恐い目で見ているし。
「ふうっロミアちゃん。私も何度か踊ったおかげで、男性パートは覚えたよ」
「うん、それで?」
私はロミアちゃんの肩に回していた腕を腰に回し、逆にロミアちゃんの腕は私の肩にかけた。
「パート交代だ。今度は私が男性側をやるよ。間違っちゃっても、ご愛敬ってことで」
「ふふっ。じゃあ私の本気を見せてあげる。最近の私、すごいんだよ」
女性パートになると、ロミアちゃんのダンス演舞は覚醒した。
さっきまではパートの役割をこなすだけだったのに、今はまるで泳ぐように大胆かつ優雅に動きまわる。
舞うように飛ぶように泳ぐように踊るロミアちゃん。
いつしか最初笑っていた人達も、感嘆の声をもらしながら見入っている。
本当に綺麗な子だな、ロミアちゃん。
……っと、二人だけのあまあまムードに流されちゃいけない。ターゲットの動向は把握しておかなきゃ。
ラムスは今、セリア王女様と踊っている。
ま、身分の関係から、先にシャラーンと踊ることはないだろうと思っていたので予定通り。となると、この先の予定は……
「誰を見ているの?}
「わっ!」
視線の先に、いきなりロミアちゃんの顔が割り込んだ。
「サクヤ様が私だけじゃ満足できないのは知っているよ。それに私自身、いつかはリーレットを守ってくれる男の人と結婚しなきゃなんないし」
「貴族生まれの女の子は早く大人にならなきゃいけないんだね」
こんな年で領主になっちゃったロミアちゃんは特に。
「でも、私と踊っている今この時間だけは、私を見てよ。私とだけ遊んでよ」
奔放な天使の心を少しだけ感じた。
そうだね。今だけは、このあまあまムードの中で、ロミアちゃんと一緒の世界に居ようか。
この後、鬼畜作戦で他の女を抱く身であったとしても。




