77話 女の戦いラウンドワン
この世界には魔法という技術があるが、その魔法を専門に修得した者の中には人間の枠を超えて強くなる者がいるらしい。
そういった人間を偉い人が幾人か雇うと、他勢力は偉い人の領地に手を出しにくくなり、その人と争う事を嫌うようにもなる。すなわち発言力が増す。
つまり暴力装置による抑止力アンド威圧だ。
国王直属の【七賢者】という制度があるのはそのためだ。
さて、人間の枠を超えた者が現れるのは、魔法修得者だけではない。野生の魔物、魔獣を多数狩った冒険者の中からも現れる事があるらしい。
魔物の持つ魔力が冒険者を強化していくのだろうという仮定はあるが、詳しい原因は分かっていない。
もっとも魔物を狩れる冒険者なんてものは大していないので、そういった人間が現れる事は非常に稀だそうだ。
だが、そういった人間が出た場合のために冒険者ランク制度なんてものがある。
最上位のアダマンタイト級、次点のミスリル級は中央政府の推薦により。そしてアダマンタイト級を受けた冒険者は国王直属となり、七賢者と同格になる。
という訳で、今の私の現状だ。
私の暴力装置としての価値は魔法兵器並みのものになっているらしい。
さらに【栄光の剣王】のメンバーもレアで高度な魔法修得者なんかがいて、パーティー全体だと熟練の魔法兵団みたいなもの。
つまり国王としてはドルトラル帝国への牽制や貴族派連中への威圧にどうしても欲しい人材だし、貴族派連中も国王からの既得権益侵害に対抗する駒として欲しい。
以上、王都ギルド長ジェイクさんからの説明でした。
「テメェの現状を懇切丁寧に講釈してやった情報料に教えろ。何がどうしてこうなった?」
「何がって?」
「とぼけんじゃねぇ! サクヤさん、アンタ王女と貴族派の頭天秤にかけて、妙な事おっぱじめたそうじゃねぇか!」
場所は冒険者ギルド併設の酒場。
私は昨日のお茶会で決まったゲームの一件のことで、ギルド長に呼び出された。
ちなみにラムスもいて、昼間だというのに飲み仲間と飲んでいる。
さらにサーリアと名を偽っているシャラーンもいて、さっそくラムスに誘惑開始。
華麗なる舞を披露して、ラムスはじめ男共を喜ばせている。
「わははは、可愛いぞサーリア!」
「うおおおおおっ結婚してくれええっ!」
「ヤバい! 君の魅力がヤバすぎる! 君のためなら死ねる!」
やれやれ無邪気なもんだね。
私達は酒場の片隅でその様子を見ながらの会話だ。
「王女様との関係を繋いでくれたギルド長には悪いけどね。王女様とあのサーリアさんで行うラムス争奪ゲームの勝者につく事になったよ。ゴメンなさい」
「ったく、何てゲームはじめやがったんだ。王党派と貴族派を天秤にかけるつもりか? 貴族派連中は、自分の既得権益手放したくねぇだけのクズ共だぞ。王女の進める改革に乗った方がよっぽど有意義ってもんだ」
「それは分かるよ。貴族派の話は、自分の権利を侵害する国王陛下へ怒ってばかり。国の将来なんてまるで考えちゃいなかったからね。でも、つき離すわけにはいかなくなっちゃったんだよね。彼女がオルバーン家にいるせいで」
私は華麗に踊って男達を喜ばせているシャラーンを指した。
「おいおい、あの姉ちゃんに惚れて貴族派連中にも良い顔してんのかよ。アンタ、まともそうな顔して、とんでもねぇ女好きだな。言っとくが、あの手の女は根っからの男好きだぞ。アンタになびく可能性は限りなく低いな」
たしかにシャラーンをオトすのに、私が女だというのは大きなハンデだけどね。
しかしそんな事は今さらだ。そのハンデはクエスト初めからついて回っていたものだ。
「ま、どっちとも決めかねて、ラムスをオトした陣営につくことにしたけどね。しかしこのゲーム、王女様には分が悪すぎたかな。サーリアさんの一方的な勝利になりそうだよ」
この酒場はギルド長が経営するだけあって、冒険者の利用する中では比較的治安は良い。
しかしそれでも下層の荒くれ男達がたむろしている場所なだけに、ハイクラスな人間が立ち入るような場所ではない。
そしてセリア王女のホームグラウンドであるハイクラスな場所は、ラムスが嫌って近づかない場所である。
つまりシャラーンのワンサイドゲームだ。
「ふふん、そう思うか?」
ギルド長はニヤリと意味ありげに嗤った。
「あの姉ちゃんは、たしかにロクデナシ野郎共を夢中にさせる良い女だ。しかしどっちが勝つかを賭けるなら、俺は王女に賭るぜ」
「へえ……何故です?」
「【王家の黄金の薔薇】はな。王女をただ『綺麗で可愛い』って褒めている訳じゃないんだぜ。並みいる諸侯を感嘆させる政治の才知への称賛なんだよ。この程度の不利、あの王女なら簡単にひっくり返すさ」
シャラーンが一方的にコンボをきめているこの状況で、そこまで言えるのか。
面白い。私としてもこのまま終わっては困るし、セリア王女の巻き返しを期待しよう。
しかしどうやって、あのデレデレラムスをシャラーンから奪還するのかね。
バタンッ
と、酒場の扉が荒々しく開け放たれた。
そして濃い色のマントを羽織り大きなつばの帽子を目深くを被った幾人かの男達が「ドヤドヤ」と入ってきた。
すわ、くせ者乱入かと腰を浮かせかけたが、見覚えのある男が私達の前に立った。
「ジェイクさんにサクヤさん、手出し無用に願います。店を荒らすような真似はせんと誓いますから」
「……バニングさん?」
それは男達同様にマントを羽織ったバニングさんであった。
「はん、ありゃあ賢者さんのお仲間かい? あんな闇討ちでもしそうな連中が居座られるだけで迷惑なんだがね」
「堪忍してくだぁさい。用がすめばすぐ出て行きますよって。それとサクヤさん、アンタもご同行願うで」
「何のために?」
「【栄光の剣王】のメンバーは、四日後に行われる祝勝会の勲章授与の式典作法を学んでもらいます。んで、それまでメンバー全員王城に泊まってもらう事になりましたわ。作法の教師はセリア王女姫殿下が行ってくれます」
なんと! こんな手できたか!!
「ぐわあーーッ貴様ら何をする! 放せえええっ!!!」
見るとラムスは、男達に四肢を掴まれて連れ去られていく最中であった。
どうやらワンサイドゲームを狙っているのはセリア王女の方だったみたいだね。




