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75話 ゲームの中の恋【セリア王女視点】

 いつも王城の裏手で剣を振っている男の子がいました。

 幼いわたくしは、何故かその姿を見るのが大好きでした。

 ただ見ているだけで、幸せな気持ちになれました。


 その子の名はオルバーン侯爵家の三男の男の子ラムス。

 オルバーン侯爵は貴族派の領袖なのに、その子は式典作法すらまともに出来ない乱暴者。


 彼は『いつかオレ様は英雄になる。王国を救う勇者となるのだ』と、物語の世界から出てこれないようなことをいつも言っていました。


 そんな愚かな男の子に、いつしかわたくしは恋におちていました。


 されどわたくしは、王家息女としてこの国にもっとも利益をもたらす者と婚姻を結ばねばならぬ身。

 わたくし自身は彼と結ばれない事を、早くから知ってしまっていました。


 それでも、こんなどうしようもない男の子の為に何かをしてあげたい。

 そんな気持ちが、わたくしの政治を学ぶきっかけとなりました。


 やがて彼を、王国最前線であるリーレット領伯爵家のご令嬢と仲介することに成功しました。


 わたくしの恋は叶わなくていい。

 知られぬまま終わる恋でいい。

 いつか大人になって立派な太守となった彼に会って、笑い合いたかった。


 だけど……


 

 「まさか、本当に本物の国を救った英雄になって帰ってくるなんて。わたくしの学んだ政治学など、ほんのちっぽけなものですね」

 

 彼はリーレットのロミア様と結婚もせず、国を救った英雄になりこの王城へ再び足を踏み入れました。

 はからずも、王家に利益をもたらす人間となってわたくしの前に現れました。

 今なら、こんな醜い感情のままに生きる事が許されるのでしょうか?


 「でも……分からないのですよね。恋って何をすれば良いのか」


 だから彼を新しく創設される国軍の総督という地位に推しました。

 何のことはない、数年前と同じ事をしただけ。


 もし、世の中の事を何も知らない、恋がすべての小娘だったなら。

 終わりは不幸な結末かもしれないけれど。

 それでも、こんな苦しい気持ちをどうすれば良いのかだけは、分かったかもしれませんね。



 コンコン……


 ノックの音で、気持ちは現実に引き戻されます。

 そしてバニングさんの声が聞こえました。


 「姫さん、オルバーンのカールスさんが来ましたで。予定通り会いまっか?」


 「ええ、もちろん。オルバーン家には、国軍創設での協力を仰がねばなりませんもの。支度は出来ていますので、すぐに参りましょう」


 わたくしは空に浮かべたラムス様の面影に背を向け部屋を出ます。

 そこには今回のお茶会で護衛を務める七賢者バニングさんとサンダークさんが正装で待っていました。

 オルバーン家の者を招いてのわたくしの私的なお茶会。

 しかしてそれは、貴族派との妥協点を話し合う水面下の交渉なのです。


 「それがですな。あのチョビ髭、同行者を二名同席させるよう頼んできてるんですわ。そのうちの一名がちっと厄介でしてな」


 「当ててみましょうか。オルバーン家の死神騎士と呼ばれたパイロン殿でしょう。あと一人も屈強な騎士殿ですね。国軍の創設を認める代わりに彼らを将軍に、といった所ですか」


 「ハズレです。【栄光の剣王】のサクヤさんですわ」


 「な、何ですって!?」


 「彼女が貴族派についたとなると厄介ですな。国軍の構想は大丈夫でっか?」


 「……ともかく会いましょう。向こうの要求が何なのか、サクヤ様は貴族派につくのか真意を聞かねばなりません。あともう一人は誰です?」


 「やたら綺麗なお姉ちゃんです。なんでも見事な舞を踊る踊り子だとか。で、彼女も話に関係するらしいんですわ」



 ◇ ◇ ◇


 お茶会の席にいる者は、わたくしの正面にオルバーン侯爵家次男のカールスさん。

 その両隣にサクヤさん。そしてサーリアさんという謎の女性が座りました。

 ”剣王”とすら呼ばれるほどの達人サクヤさんは、まるで普通のお嬢さんのようでした。

 もう一人のサーリアという女性は、華やかなほどに美しい方。でも何故この席に呼んだのでしょう?

 挨拶と歓談が一区切りつき、いよいよ本題へ入ります。


 「それでサクヤ様。貴女はオルバーン家の方といらっしゃいました。それは彼の家に仕える事になったからでしょうか?」


 「さて。熱心に勧誘はいただきましたが、王家の方からも話はいただいております。今現在はどちらとも決めかねている状態です」


 なるほど。王党派と貴族派を天秤にかけ、より良い条件を引き出す算段ですね。

 噂に高い剣王サクヤ様はそのような計算とは無縁のお方と聞きましたが、高まる自身の価値に値段を釣り上げる知恵を持たれたのですね。


 「なので、ゲームで決めたいと思います」


 「……はい?」


 「王家の代表とオルバーン家の代表で競い合い、勝者となった方にこの身をまかせます。オルバーン家のプレイヤーは、こちらのサーリアさんです」


 ゲームで決める? いったい彼女の真意は何なのでしょう。

 少しばかり探ってみましょうか。


 「もし、わたくしが断ったらどうなります。サクヤ様はオルバーン家へ仕えるのですか?」


 「その場合は考えてませんでしたが……そうですね。サーリアさんだけでゲームはしてもらいます。そして結果次第なのは予定通り」


 「なっ! 王家の方が降りられてもゲームはするのですか!? しかし……サクヤ様になら惜しくはありませんが、よりにもよってあのラムスに……ワガハイですらまだなのに……」


 何故カールス様が動揺するのでしょう?

 だけど……


 トクン……トクン……

 ふいに出てきたラムス様の名前に、胸が高鳴ってしまいます。

 何故彼の名前が?

 ゲームとやらにラムス様は何か関係しているのでしょうか?


 「カールス様、王女殿下の前ですよ」


 「はうあっ!」


 「それにアタシはちっともかまいません。【栄光の剣王】のリーダー、ラムス様。噂のお方と少しばかり遊んでみるのも楽しそうですし」


 ドックン……

 ああ、まただ。ラムス様の名前に胸がさらに激しく高鳴ります。

 こんな綺麗で男の人が好きそうな佳人に、ラムス様の名前が呼ばれることに胸が激しくざわめきます。

 いったい何があるのでしょう。ゲームとはいったい?


 「とにかくゲームの内容を伺わなければ返事は出来ませんね。サクヤ様、どのような趣向でしょうか?」


 「はい。わが【栄光の剣王】のリーダーのラムス。五日後に行われる祝勝会の夜に、彼とベッドを共にした者の陣営に、この身を任せることにしました」


 「なっ!?」


 「王家方のプレイヤーは、是非セリア王女殿下にお願いいたしたく」


 「なんですって!?」


 頭がぼうっとした。

 わたくしが……ラムス様と……寝所を共にする?


 「おい、ちいっと待ちいや! サクヤさん、いくら救国の英雄とはいえ、それは不敬が過ぎるとちゃうか?」

 「左様。よりにもよって、王女殿下にそのようなゲームを持ちかけるなど! 王家の姫の貞操を何だとお思いか!」


 バニングさんとサンダークさんは激昂している……ようです。

 護衛の分を大きく逸脱した彼らの喧噪も、遠くに聞こえます。

 こんな……こんな形で胸に秘めた想いを形にできる日が来るなんて……


 「とんだ不敬を申しました。ではオルバーン家と同様に、王家からも代理のプレイヤーを出してください。ラムスを誘惑できるお方を」


 カラカラに乾ききった喉をお茶で湿らします。

 そして務めて事務的に返答しました。


 「代理は出しません」


 「やはり王家としては、こんなゲームに乗る事は出来ませんか。ではワガハイらはお暇いたしましょう。サクヤさんにサーリア、あとは……」


 「わたくし自身が、そのゲームに参加します。サーリアさん、よしなに」


 ザワッ……

 周りの人達はいっせいに驚いた顔をしました。

 ただ一人、サーリアという彼女だけは面白そうなものを見る目でした。


 「へえ……王女殿下がアタシと男を競うんだ。そりゃ負けられないな」


 そして護衛の二人は、やはり護衛の分を越えてわめきたてます。


 「ま、待ってください! いくら何でも王女殿下の貞操をゲームで捧げるなど!」

 「そや! こんなゲーム、王女殿下のやるもんちゃうで!」


 「黙りなさい。国軍創設は父王陛下の悲願であり渾身をこめた事業。その前には、わたくしの貞操などどうという事はありません。一生婚姻が結べずとも後悔はありません!」


 「な、なんという気高い精神!」


 ふふっ。

 こんな建前が出来たなら、いくらでも自分をさらけ出せてしまうのですね。

 この政治のからむゲームの中でなら、わたくしも恋に生きられる気がします。


 彼女の真意は、まだ分からないけれど。

 それでも、今この時だけは感謝します。


 サクヤ様、ゲームをありがとう。

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― 新着の感想 ―
[一言] セリア王女のラムスへの思いが分かっている上での、狡猾な作戦……酷い鬼畜だな。 これを思いついたのは、元ラムスだったサクヤの兄なんだけど、この世界のラムスは、どんな恋愛感情を持っているんだろ…
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