73話 剣王と呼ばれた少女
この世界の剣術試合は現代日本のものとは大きく違う。
面や胴を一発叩いたら「一本」なんて的当てみたいなルールではない。
そもそも実戦ではそこは防具で守られた箇所。ノーダメージとみなされる。
では、どういう形で決着がつくのかというと、とにかく相手を叩きのめし、相手が戦えなくなるか降参すれば勝ちという、おそろしいルールであるのだ。
まったく女子にやらせる事じゃないよね。
「あの、サクヤさん。あやまって試合はやめていただいた方がよろしいのでは? パイロン様と試合をして五体満足でいられた人はいないんですよ」
こう忠告してくれるのは、オルバーン家のメイドの女の子達。
私が鎧をつけている傍らに集まってきたのだ。
「奴がここにいる護衛騎士の中でも別格に強いというのは、見ただけで分かるよ。でも、そちらの主の言いなりになる訳にもいかなくてね。ま、ご飯も食べすぎたし、少し運動するつもりでやるよ」
「その……サクヤさんって、本当に噂になっている人なんですか? 失礼ですけど、普通の女の子にしか見えなくて……」
「私は普通の女の子さ。巷で噂の剣王は、きっと別の誰かだよ」
さて、試合場所は娼館の裏手の中庭。
この一戦を見ようと、店の女の子達だけでなく付近に住む住人なんかも集まってきた。
そして私と相対しているパイロンは、フルプレートを一部の隙もなく身にまとい、私と相対してからも一言もしゃべらない。
だけど私に向ける鋭すぎる眼光が奴の強さを物語っている。
「あれがパイロン……オルバーン家伝説の死神守護騎士」
「奴と試合った奴はみんな地獄を見たっていうぜ」
「ヤベェ! 見てるだけで寒気がしてきたぜ。雰囲気が尋常じゃねえぞ!」
「なのに何だ、相手のあのちっこいのは。あれが噂の剣王? ただの小娘じゃねぇか!」
そんな剣呑な声が聞こえる中、チョビ髭男のカールスさんだけはひたすら陽気だった。
「ハッハッハー剣王サクヤ殿! 私はあなたを応援しますぞ。あなたの武勇譚を聞いてすっかりファンになってしまったのですよ! ドルトラル帝国軍の将軍を多数葬り伝説の魔王精霊獣ペギラヴァに挑んだ伝説の剣武をぜひ見せてくだされ!」
アンタ、相手方の主人だろうが。
つまりこんな重くてデカい木剣を用意したのも、伝説とやらになっている私の剣を見たいからだと。
ああ、まったく吟遊詩人め。私の名を広めてくれて迷惑なことだね。
こういう手柄話は冒険者なり騎士なりその主人なりが吟遊詩人にお金を払って広めるものだけど、私の場合は勝手に歌にして広めてるんだよ。
要するに私はもっともウケて売れるコンテンツらしい。
「それじゃ、そろそろ始めてくれ。パイロン。こっちは重くて動けないから、そっちからかかって来てくれ」
木剣が重すぎて構えなんて出来やしない。
なので柄は握っているけど剣先は地面につけたままという、じつに情けない姿でパイロンと相対しているのだ。
「ハッハッハーそれはパイロンを油断させる言葉いくさですかな? そうやって弱いフリをしてパイロンの油断を誘うとは策士! さすが剣王サクヤ殿!」
イラッ
もう、わざと負けちゃって剣王なんてやめよっかな。
でもセリア王女の攻略には、この虚名がいるんだよなぁ。
「では、このオルバーン家嫡子ベリアスがこの誉れ高い立ち合いの開始を告げよう。両者、己が誇りを賭け鍛えた武を尽くし勝利をつかみ取れ。では始め!」
ベリアスの声と共に、パイロンは巨躯を疾風のように操り走らせる。
まずは突進の体当たりでこちらの体性を崩すことが、奴の狩りの始まりか。
その突進にはまったく打ち込む隙がないように見える。
しかし防具に守られた箇所は、わずかな緩みがあるのを私の目は捉えた。
「スキル【天中破】!」
パッコーーン
奴が私に到達するより速く、私の木剣は奴の兜を強く叩いた。
それで終わりだった。
パイロンは足元がおぼつかなくなり、それでもなおヨロヨロと私に向かって来る。
私は木剣を手放し「スタスタ」と歩いてそれをかわす。
ドオオオオウッ
パイロンは大きな音をたて倒れ、そのままピクリとも動かなくなった。
さっきまでうるさいほど湧いていた観客は、一斉に「シーン」と静まりかえる。
「ベリアス様、勝ち乗りはナシでいいかのな?」
「うっ、うぐ……ッ! パイロン、どうした!? きさまはプロテクションのスキルがレベル5まで達しているはずだろう! おまけにフルプレートまで纏いながら、たった一発でやられるとは何事だ‼?」
ベリアスの絶叫で、観客から「ザワザワ」と声が上がりはじめる。
こんな耐久力の高そうな男が、最も防具の厚い頭部へ一発もらっただけで動かなくなるのは信じられないのだろう。
しかしスキル【天中破】とはそういう技だ。
頭頂の『天中』という急所の一点に最大の衝撃を叩き込み、昏倒させる技なのだ。
いかに兜で守ろうと衝撃は完全になくす事は出来ない。針の穴ほどのたった一点に打ち込まれた楔がパイロンの意識を絶ったのだ。
「ま……瞬きの狩人!?」
「い、一歩も動かずたった一発であのパイロンを!? これが剣王の実力!!」
「すごい……あの子、本当に本物の剣王なんだ!」
もの凄い歓声とヤンヤヤンヤの大絶賛。
しかし虚しい。
猛スピードで迫る敵に、絶妙な威力と角度で正確に天中の一点に剣を当て昏倒させる。
これが修行の末に出来たなら神業だけど、全部スキルが自動でやった事だからなぁ。
「強かったよパイロン。冷や汗モノだった。じゃ、これでお開きにしよう」
背を向けた私の後ろから、観客の称賛の声が飛ぶ。
「カッコいい! オルバーン候最強伝説の守護騎士を倒したのに、あの余裕!」
「しかもあっさり倒したのに、相手の名誉までも気遣うあの紳士的な振る舞い!」
「あのクールな目がたまらない! あれが剣の頂点に立つ者の目なのね!」
いや死んだ目です。
貧弱な小娘が、生きるために貰ったスキルを使って獲物狩ったり迫る敵倒すのはしょうがないと思う。
けどその力で試合で勝って、称賛されるのは何か違うと思うんだよね。
いたたまれない私は近くに置いていたメガデスを背負い、その場を後にしようとしたのだが。
私の前に、イラつかせチョビ髭男がやけに陽気にやって来た。
「ハッハッハーいや、素晴らしい! あのパイロンでさえ、まったく相手にならないその剣! サクヤ殿、ますますワガハイはそなたに惚れこみましたぞ!」
「ごめんなさい。あなたにはもっと良い人がいますよ」
「いやいやいや! サクヤ殿はセリア王女姫殿下にご執心とお聞きしました。が、当家にはあのお方に負けず劣らずの佳人がおるのですよ!」
興味ないです。ターゲットじゃない女の人にまで手を出すつもりはないですから。
それがなくても私のハーレムは現在五人になっていて、全員可愛がるだけで限界ですから。
「楽士、曲を鳴らしなさい! サーリア、出番だ! 君の芸を存分にお見せしなさーい!」
――【サーリア】だって!? たしか、その名前は……!
カールスの合図で楽器が一斉に鳴らされ、一人の舞姫が踊りながら出てきた。
その舞は大輪が咲いたように素晴らしく華やかで、先ほどの試合に興奮冷めやらぬ観客も一斉に目を奪われた。
華麗に美しく舞い踊るその少女。
彼女はまさしく、最後のターゲットその人だった。
「サーリア……それってシャラーンが初登場した時の偽名だったよね」




