72話 甘く危険な接待の罠
ひっかかった。どうやら私は、このチョビ髭おっさんにハメられたらしい。
遅ればせながらやっと気がついた。
場所は高級娼館を貸し切っての大宴会。
目の前にはこの世界では食べたこともない、現代にも通じるほどにキチンとした料理がテーブルいっぱいに置かれている。
エビフライとかオムライスとか、この世界でも上流階級にはちゃんとあったんだね。
さらに周りにはレベル高めの高級娼婦のお姉ちゃんたちが色とりどりの華のようにかしずいている。
要するに私は私の小さな仲間内のものでない、モノホンのハーレムの中にいるのだ。
「いやぁ、二度の国難を救っていただいた英雄殿に会いたいという衝動がどうしても抑えきれませんでな。このような強引な手段で招待してしまった次第。どうかこの気まずさを我が家自慢の酒蔵から出したばかりのこれで洗い流してくださいや」
このチョビ髭の調子良い男は、ラムスの兄でありラムスの実家オルバーン家次男のカールスという男。
私はこの男の『世話になっている弟の礼がしたい』という言葉に騙され、まんまとこんな場所に来てしまったのだ。
そう言えばラムスは実家と仲が悪いんだった。手遅れながらそれを思い出した。
「悪いけどお酒は飲まないよ。酔わされたら何されるか分からないからね。貴族様が平民の私をここまで歓待するのもおかしな話だし。それで目的は何かな?」
「ハッハッハー見透かされてしまいましたな。では、こちらの事情を腹を割って話しましょう」
チョビ髭が言うには、近々王家は貴族の軍事権を取り上げ王家のもとに一本化する予定だという。そしてその総督は、英雄的活躍をした【栄光の剣王】リーダーのラムスになる予定だとか。
この流れの勢いは大きく、このままでは貴族の兵権が取られる事は決定となってしまうそうだ。
「いやまったく国王陛下といえど、貴族の所領にご介入なされるのはいかがなものか。我らの忠誠心をお疑いになられるのも困りものですな」
「で、私がそちらの世話になれば、この流れは止められると」
「左様。実際にペギラヴァに剣を突き立てたのは、剣王と名高いサクヤさんという話ですからな。わが家が貴族諸氏を代表し、慈父が如き陛下に忠節仰ぎ諫言いたすためにも是非! ハッハッハー」
私にまったく関係も興味もない話で草。
それにそんな話に乗ったら、セリア王女様が遠くなってしまうではないか。
「どうですかな。サクヤさんとお仲間、当家で面倒見させていただけませんかな。なんと待遇は騎士身分とさせていただきますぞ」
「じゃ、この辺りでハッキリ言っておこうかな」
エビフライを食べ終わってから、私は本題を切り出す。
ま、料理は美味しかったけど、それでこの貴族様の飼い犬なんて冗談じゃない。
「さんざんご馳走になって悪いけど。私、王様貴族様の政治事情なんて知ったこっちゃないんだよね。けど『王家の黄金の薔薇』と呼ばれるお方には興味があってね。だから残念だけど王家の方につくよ。敵になって悪いけど」
「あちゃー」
「ガタッ」と端の方でが幾人かの男が立ち上がるが、私は座ったまま。
でも警戒レベルは上げる。
この状態から立ち上がり、周囲のヤバそうな人間全員に当身を喰らわせることは三秒以内に可能だ。
「で、このまま帰していただけるのかな? それとも一戦やる?」
立ち上がった男の中からひと際立派な身なりの男がカールスに代わって話す。
「私はオルバーン侯爵家嫡男ベリアスだ。なるほど。あの愚弟ラムスと組んでいるだけあって、礼儀を知らん小娘だ。わきまえろ平民」
このベリアス。身なり正しく正統派なお貴族様だが、陽気なカールスとは違って傲慢な雰囲気が目に見えて出ている。
平民の私がタメ口で話しているのも気に入らないようだ。さっきから端の方で黙って飲んでいたが、ずっと不機嫌そうだった。
「これは失礼。では無礼な平民は、貴族様のご威光におののいて退散するといたしましょう。エビフライごちそう様」
私は立ち上がり帰ろうとしたが。
「待て。こちらの申し出を断った事は仕方がない。しかし巷で『剣王』と名高いサクヤ殿の実力、この機会に拝見したいと思っている。おい」
ベリアスの言葉と共に一人の巨漢で屈強な完全武装の騎士の男が入ってきた。
じつはすでに気配察知スキルで彼の存在は感知しており、最も警戒してたのもこの人だ。
彼はラムスお兄さんズの傍らに立ち、スルドイ眼光で私を見下ろす。
「すごく強そうな人だね。アンタ名前は?」
私の質問にもその男は答えない。
なるほど。主人以外の人間には話すことすらしない忍者みたいな奴か。
彼の代わりにベリアスが答えた。
「彼はパイロン。当家の騎士だ。剣王サクヤ。この者相手に、そなたの剣技の程を拝見させていただきたい」
「しないよ。たしかに私は剣士だけど冒険者。仕事でモノを言うのが本分だ。剣術試合で腕自慢を競うなんてのは、騎士の間だけでやってくれ」
「ほほう、この者に怖れをなして逃げると」
安い挑発だね。そんな子供相手の殺し文句が通用するか。
「そのセリフを言う奴を相手にしてたらキリがない。勝手に私が逃げたとでも広めるがいいさ。そのパイロンという男が、ペギラヴァ相手に王都から逃げなかった奴なら、私より強いということになるだろうしね」
これにはベリアスも言葉につまった。
どれだけ人間相手に無敵であろうと、災害精霊獣から王都を救ったという実績には及ばない。
コイツに私が尻尾を巻いて逃げたとしても、剣士の名声なんてものは得られず、仲間内で盛り上がるしかないのがオチだ。
「パイロンはオルバーン家の守護が任務だ。当然、王都から避難する我らにつき従い脱出した。それは臆病からではない」
「ああ。そいつが任務に忠実な事を臆病呼ばわりなんてしないよ。ただ冒険者の私とそいつとでは仕事が違うし、腕を競い合う意味なんてないんだよ。お貴族様の見世物になる以外にはね」
私は宴の間から出口へ向かおうとするも、そのパイロンが巨体で私の通行を阻んだ。
「……何の真似かな? これはオルバーン家の守護に関係あることかな?」
「わが主を侮辱した者を歩いて帰すわけにはいかん。通りたくば押し通ってもらおう」
しまった。『貴族様の見世物』は余計だった。
おかげで口実を与えてしまった。
この男、見た感じ百キロはあるし腕も立つだろう。
当然力押しは無理だし、メガデスで無理に押し通ろうとするなら、相当に深い手傷を負わせなきゃならない。
カールスさんは「ポン」と私の肩に手を置く。
「ハッハッハー、サクヤさん。この男、当家に無類の忠義がある男で、こうなっては梃子でも動かんのですよ。どうか遊びでも一戦お願いできませんかな」
「そちらの家に忠実なら、あなた方が命じれば、どくんじゃない?」
「サクヤさんの為にそないな事命じる理由はありませんなぁ。敵になるそうですからな。ハッハッハー」
「左様。敵には容赦しないのが当家の流儀。パイロンはそれの具現と思い相手をしていただこう」
はぁ。まったくタヌキ親父共め。
そいつが私と腕比べして勝ったとして、どう政治的優位に結びつけるかaは分からない。しかしきっとロクでもない事なんだろうな。
ともかく一戦やらなきゃ、ますます面倒事になりそうだ。
「わかった、やるよ。で、試合用の木剣とかは用意してあるのかな?」
さすがに背中のメガデスで試合なんかするわけにはいかない。スキルを使ったら確実に惨劇発生だ。
このタヌキ貴族共の屋敷ならともかく、綺麗なお姉ちゃん達の仕事場が血と内臓で汚れちゃうのは可哀そうだ。
「もちろん用意してありますとも。これをどうぞ」
「どうも……ぐえっ!!」
取り巻きから差し出された試合用木剣は、大剣を模した大きなものだった。
ついメガデスと同じ感覚で持とうとして、その重さに潰されそうになった。
「ぐえええええっ重い重い重い! もっと軽いのを!」
「ハッハッハー冗談の上手い剣王さんですなぁ。こんなの、背中の得物よりずっと軽いオモチャですがな」
剣王じゃなくていいから、もっと軽いのをプリーズ!




