71話 女領主と王女【ロミア視点】
窓から差し込む朝日に、私とセリア様は子供のようにはしゃいだ。
昨夜ペギラヴァを【栄光の剣王】が討ち取ったという吉報は届いたけど、それを目に見える形で実感するのは格別だね。
「ロミア様、今朝の朝日は格別ですね。こんなにも日の光が素敵と思えたことはありません」
「ええセリア姫殿下。生きてこの輝かしい日の光を見られたことを喜び茶をたしなみましょう。マーセイア、お願い」
侍女マーセイアは恨みまがしい目を私に向けたけど、何も言わず茶をセリア様と私に出してくれた。
まぁこの態度も仕方ない。むしろよくこの程度ですませてくれるよ。
昨夜まで氷雪の大精霊獣ペギラヴァが王都に迫ってきたというのに、何故私とセリア様は避難もせず、このセリア様の私室にいるのか。
それは、昨夜のことにさかのぼる。
◇ ◇ ◇
昨夜私はペギラヴァ接近の報を受け、リーレットへの帰還を促された。
だけどその際に、セリア様がまだ避難もせずこの王城の自分の部屋にいる事を聞き、彼女を迎えに行った。
「セリア姫殿下、失礼いたします」
「ロミア様、どうなさいました。リーレット領へお帰りにはならないのですか?」
セリア様は室内用ドレスを纏い椅子に座ったまま。
王都が氷河におし潰される寸前だというのに、出立の用意など何もしていない。
「これから出立いたします。ですが姫殿下がまだお残りになっていると聞き、参上いたしました。よろしければ私の馬車に一緒に乗りませんこと?」
「ご厚意を無碍にいたしますが、わたくしは残ります。わたくしに構わず行ってください」
「何故です。姫殿下はこのまま王都と共にするおつもりですか?」
「ミリアリアの占いによれば、王都は失われず救われる運命に乗ったそうです。であるならこれは千載一遇の機会。いま王都に残ることで、貴族派から大きなアドバンテージを得ることが出来ます」
トクン……
胸が高鳴った。
もしそんな運命があるとすれば、その理由はサクヤ様によってとしか考えられない。
「でも……命を賭けることになりますよ。ペギラヴァが王都に入ってしまえば、そこで生きることの出来る者はいないでしょう。無論、姫殿下も」
「ええ、ですからこれは賭けです。わたくしがここで生き残り多くを手にするか、それとも死か」
「……賭けですか。そうですか」
あ、ダメだ。
サクヤ様の勝利に命を賭けている者がここにいる。
そのことが、やけに心をざわつかせる。
私はセリア様の隣の椅子に腰をおろした。
「では私は、姫殿下の長い夜のお供をいたしましょう」
「セリア様!? どういう事です!」
慌てるマーセイアの声。
ごめん、今決めちゃった。
「マーセイア、帰還は中止しちゃおう。皆にも屋内に入って吹雪を避けるよう言って」
「ロミア様、わたくしの為なら……」
「もうこの段階で出発しても遭難する可能性が高いからです。だからセリア姫殿下の賭けに乗った方がまだ生き残れます。領主としてそう判断しました」
マーセイアは目を剥いて説得攻勢してきたけど無視。
隣にセリア様がいるんじゃ強引なことも出来ないしで、やがて諦めて家臣への説明に出ていった。
「よろしいのですか? ロッテンマーク王家はわたくしが死んでも父王も世継ぎの兄上もいます。ですがロミア様のリーレット家は……」
そう、私は死ねない身だ。
私の後の次期領主も決まっていないのに私が死ねば、リーレット領の家臣の皆は路頭に迷う。
だからこそ、マーセイアはどうしても王都から私を連れ出したかったのだ。
「ミリアリア様の占いは当たります。だから何の問題もありません。私もリーレットのためにより多くを手にします」
セリア様は不思議なものを見るように私を見た。
ああ、私は笑っているんだ。嬉しくて。
サクヤ様の勝ちに命を賭けることがこんなに嬉しい。
これで二度目。
こんな無謀な賭けに乗せちゃいけない命なのに、また賭けちゃったよ。
「サクヤ様。生きるも死ぬも共に、だよ」
この時、私はすごく生きている気がした。
◇ ◇ ◇
そんな理由で私とセリア様。そして残って私達の世話をしてくれたマーセイアとともに今朝の朝日を見ているのだ。
「課題は山積みですね。何より食糧です。周辺の農地は寒さですっかりやられてしまいましたので、すべての商人へ確保を急がせねばなりません」
「慧眼ですね。セリア姫殿下の手腕にはいつも感心させられてばかりです」
本当にセリア様は仕事が出来る。
この年で嫁に出されないのも、王家の仕事が回らなくなるからだという噂も本当かもしれない。
「ですが此度起こった最悪の災害と、それを打ち破った冒険者パーティーの出現。そのリーダーがラムス様だったというのは、長年の宿願の最大の好機が訪れた福音でもあります」
「例の国軍の編成ですか。私はそれに賛成ですし、出来ることは協力もしますけど。でも本当に王都が空っぽのこの状況でやるんですか?」
自分には父のように軍を編成し指揮など出来ない。
だからセリア姫殿下の言う国軍の設立に賛成することにしたけど。
「はい、トップのオルバーン候はじめ、主だった貴族派の者は現在王都を離れ自分の領国へ戻っています。この間に英雄的活躍をした【栄光の剣王】のリーダーであるラムス様を総督に置き国軍を発足します」
「確かにあのペギラヴァから国を救ったパーティーのリーダーが言えば、貴族の中にも賛同する者は多数出るでしょうね。ですが反対派の中心のオルバーン候はラムス様のお父さま。親子ゲンカをさせるおつもりで?」
「ふふっ。どうせ貴族派との争いが避けられないなら、親子ゲンカという形にするのも良いと思いません?」
ラムス様に目をつけた理由は、大貴族オルバーン候の血統であることも大きいだろうね。
その血筋だけで貴族派を割ることが出来るもの。
「ですけどラムス様はそんな事を了承するでしょうか? ラムス様のきかなさにはお父様も苦労なさってましたし」
「『英雄様の業績をさらに高めてほしい』と願うつもりですのよ。それにラムス様はかのお父さまにかなり反発されているご様子。オルバーン候の鼻を明かせるなら、やると思いますわ」
「さすがですね。で、英雄的活躍をした【栄光の剣王】はどうなさるおつもりで? これまで通りにただの冒険者パーティーのまま、という訳にはいかないのでしょう?」
「ええ、前のドルトラル帝国軍撃退に続いての実績ですからね。あの件に関しては疑問視する者も多く、王家としては仕事をふって慎重に能力を見極めるつもりでしたが、悠長なことはしていられなくなりました」
「それでセリア姫殿下の……いえ、陛下のお考えは?」
「かのパーティーに冒険者の最高位アダマンタイト級の称号を与え、王属となっていただきます」
「つまり七賢者様と同じ身分に?」
「ええ。かのパーティーが王家にいるというだけでドルトラル帝国の牽制にもなり、かつ貴族連合もこれまでほどに強く出ることはできなくなるでしょう」
「なるほど。王家は【栄光の剣王】の名声を徹底的に利用するつもりなのですね」
「わたくしも王家も生き残るのに必死ですから」
二度の国難を救った【栄光の剣王】の名はどうしようもないほど高るよね。
そして当然、貴族派もラムス様との血縁を利用して取り込みにかかるだろう。
その前に手を打つとはさすがです、セリア様。
「ラムス様には【栄光の剣王】のリーダーの座を降りてもらいます。さすがに総督との兼任はできませんから。なので副リーダーのサクヤ様に代表となってもらうつもりなのですが、彼女は何者なのでしょう。どこの生まれでどのように剣術を学ばれたので?」
あ。そう言えば、そのことは全然知らないや。
体まで許し合った仲なのにね。




