64話 シャラーン【ゼイアード視点】
俺とザルバドネグザルは、ダンジョン第五層にある避難小屋のアジトへ戻ってきた。
サクヤと遭遇戦になってしまい、このダンジョン内に俺達が居ることが知られてしまったので、ここも引き払わねばならない。
しかし小屋前で、俺の鼻はちょっとした異変を嗅ぎ取った。
「うん? 女の匂いだ。ザルバドネグザル、誰かお客さんが来ているぜ。ゼナスの連中にしちゃ早すぎだな。本国の追っ手か?」
ここはちょっとした結界を張って誰も入れねぇようにしているはずだ。
なのに中に人の気配があるということは、そういうことなのだろう。
「ふん、結界も消されておる。この訪問客、それなりに心得のある者じゃの」
「どうする? 小屋を燃やして逃げるか?」
「いや待て。どのようにワシらのことを知ったか知らねばならん。少しばかり骨を折っても、聞きださねばならんじゃろう」
「だな。じゃ、開けるぜ」
ガチャッ
扉を開けた瞬間、矢とナイフと魔法の一斉斉射。
その先には大量の暗殺部隊……などという事はなかった。
代わりに居たのは、こんな場所には場違いな煽情的なドレスを纏った良い女がひとり。
「ハーイ、ザルバドネグザル様と狼ちゃん。お邪魔してるわ」
たしか諜報活動専門の鳥瞰連隊所属。腕利きの女スパイだったか。
思わず見入ってしまいそうになる顔と体だが、そんな糞本能は無理やり抑え込んで注意を怠らない。
だが注意深く部屋を観察したが、他に隠れている者も罠のような物も見当たらなかった。
「たしか【シャラーン】……だったな。まさかお前さん一人で、俺らを殺りに来たんじゃないよな?」
「クスリ」とシャラーンは涼し気に笑う。
どうにも俺の動揺を見透かされ、手玉に取られているような気分だ。
「宰相閣下は、ワシの現状も居所も承知か。どのように知ったか……は教えてくれんじゃろうな。で、どのような話を持ってきたのかの」
「あら、さすがザルバドネグザル様。話が早いわね」
「お前さんの腕じゃ、用心してる者は殺れぬからのう。たった一人というのも、ワシを警戒させぬためじゃろう」
「本当に話が早いわね。ハイこれが用事。ゾナヒュー宰相閣下からよ」
シャラーンは胸元から手紙を出して差し出した。
まったく、どこに重要伝達文書しまっているんだか。
ちょっと貸して臭いかがせろ。
「宰相殿が今さら地に堕ちた政敵に何の用かの」
ザルバドネグザルはシャラーンの出した手紙を受け取ると、その場で開けてざっと目を通す。
「帰参してこいって書いてあるわ。敗戦の責任も、自分が後ろ盾になって守っていただけるそうよ」
「はぁ? 目ざわりな元帥閣下が消えて、宮廷は自分の天下だろ。情けをかけるにしても、このお方相手じゃ、ちいっと危うすぎねぇか?」
「じゃな。この手紙には綺麗ごとしか書いておらん。シャラーン、真実の理由を話せ。でなければ、この話受けることはできん」
世界でも最高の術士たるザルバドネグザルは、簡単に暗殺できる奴じゃない。
故に確実に殺れる場所へおびき寄せる策略という可能性が多分にある。
「ま、そうよね。危ういと思うのも無理ないけど、宰相閣下は本当にザルバドネグザル様に帰っていただき、力を貸してほしいと願っているのよ。ザルバドネグザル様よりはるかに恐ろしい敵ができたんだもの」
「興味があるの。何者じゃ?」
「前皇帝皇后ユリアーナ様よ」
「ユリアーナ様じゃと? いや待て。”前”皇帝じゃと? まさか……ゴルバーン皇帝陛下は?」
「ええ、崩御されたわ。話をユリアーナに戻すけど、彼女は前の戦役で次期皇帝最有力候補だった実子ノーブレン皇子を亡くした。それがきっかけだったんでしょうね。まず皇帝陛下を暗殺した。ま、これは証拠のない憶測。でもこの後の電撃的な動きを見ると、そうとしか思えないわね」
ユリアーナ皇后の息子はノーブレン皇子のみで、他の三人の候補の皇子は、みな側室の子である。このままでは彼女やその一族の権力は、皇帝が崩御し次の皇帝が立つと同時に失われることは必定。
そこで彼女がとった行動は、皇位争奪戦で他の皇子より大きく出遅れている第四皇子ボンクラールに接触することだった。
ユリアーナ皇后とボンクラール皇子は、皇帝陛下が急死した場にたまたま居合わせ、彼の遺言を聞いたという。
第四皇子ボンクラールを次期皇帝に指名するという詔書をでっち上げ、ボンクラール皇帝即位。
ついでに第二、第三皇子の罪をもでっち上げて処刑。
宮廷は完全にユリアーナのものになってしまい、ゾナヒュー宰相は現在粛清の対象筆頭だそうだ。
「……なぁ。あの敗戦から二カ月くらいしかたってないよな? それ全部、その間の出来事か?」
「そうよ、大した女ね。ま、私も皇后様だったら同じようなことしてたかもだけど。ともかく完全にしてやられた宰相閣下は、ユリアーナに対抗できる人材を探してるのよ」
「それがワシという訳か。さて、どうしたもんかの。ワシもこのゼナス王国に用があるからのう」
「もちろん宰相閣下はかなりの報酬を用意してくださるそうよ。あと、もし興味があればだけど……」
「お、おいっ? シャラーン!?」
シャラーンは着ている服の一切を脱ぎ捨て、全裸となった。
小ぶりで形の良いバストに大きくくびれた腰と大きな尻。
白く輝く裸体を惜しげもなく晒すシャラーン。
俺もつい目が離せなくなってしまった。
「アタシもどうぞ頂きなさい。ちゃんと楽しませてあげるわよ」
「フム、見事に女らしく均整のとれた体じゃな。……よかろう、試してみる価値はありそうじゃ」
「狼ちゃん、しばらく外に出てなさい。覗いてもいいけど、おじいちゃんが気にならないようにね」
「バ、バカ女がッ! 覗かねえよ!」
思わず思春期真っ盛りの小僧みてぇなセリフが出ちまった。
このままハダカを見てたらヤバイことになりそうで、本能的に後ろを向いた。
「盛るな小僧ども。シャラーン、服を着ろ。お主に頼みたいのはワシの相手ではない。この者じゃ」
ザルバドネグザルは手から鬼火を出し、それは幻燈となって女剣士サクヤの姿を映した。
ああ、そういう事か。
いやサクヤが女好きというのは知っていたが、まさか籠絡専門の女スパイをぶつけるとは。
「なあにこの子? アタシにこのダサ子をどうしろって?」
「誘惑しろ。そして、とある秘密を聞き出せ。いつもの仕事じゃ」
「……ザルバドネグザル様、耄碌した? 頼む相手の性別を間違えているわよ。それにアタシは安い仕事は受けないわ。こんな見るからに端下の冒険者小娘が、どんな機密をもっているというの?」
「たしかに冒険者じゃが、端下とは言えんぞ。こやつ、ワシに深手を負わせ、遠征旅団十数人の将軍を葬り、五万の兵を壊滅させた張本人じゃからのう」
「なんですって? 鳥瞰連隊でも、あの敗戦の詳しい原因はつかめていなかったけど。まさか、この子が原因? 将軍達を葬ったというけど、守っていた護衛連隊は?」
「全員揃ってこのサクヤにやられた。貧相な小娘と侮ることは出来んぞ」
「帝国の最精鋭を集めた護衛連隊が? なるほど、たしかに調査の対象としては申し分ないわね。でもアタシ、女と仲良くするのは昔から苦手なのよ」
このシャラーン、魔性なほど男を虜にする才能があるが、反面女には妬まれすぎて女友達の一人もいないのだという。
そんな女をサクヤにぶつけるのに適当なのかどうか。
「そのサクヤは女好きだ。そうやってカラダでも見せりゃ、何でもしゃべってくれる可能性は高いぜ。あと、いつまで裸でいるつもりだ」
まったく、そっちを見れねえじゃねぇか。
いつまで俺に後ろを向かせたままなのか。
「あら、目の毒だったかしら? この中はやけに暖かいんで、つい開放的になっちゃったわ。それで? この子のどんな秘密を探ればいいのかしら?」
ザルバドネグザルは、さっきまでの経緯をざっと話した。
シャラーンは、サクヤがスキルを自在に上昇させる能力をもっている話のあたりから、妙に目を輝かせだした。
「スキルを自在に上昇させる能力。その現象を引き起こす高位存在ね。ふうん、ちょっとやる気が出てきた」
「シャラーン?」
「アタシ、昔から欲しかったスキルがあるのよ。もしかしたら、この仕事でそれが叶うかもしれないわ」
「ではワシは、お困りの宰相殿を助けに行くかの。ゼイアードよ。お主はここに残り、事の経緯を観察するのだ。シャラーン殿と仲良くな」
「よろしくね、狼ちゃん」
やれやれ、厄介な女と組まされちまったぜ。
しかし手詰まりだったサクヤの秘密、この女が突破口になれば良いがな。




