61話 もう一つの世界の物語(後編)【ラムス視点】
「やぁ、いらっしゃい」
そこは不思議な白い光に満ちた、四方が果てしなく続く何もない場所だった。
何もないはずのこの場所だが、妙な圧を感じる。
そんな場所に、妙に馴れ馴れしいガキがただ一人だけいた。
ダンジョン最深層のこんな場所にいるということは、このガキもただ者ではないのだろう。
「よう。ここに来ればどんな願いも叶うと聞いた。間違いないか?」
「その通り。この地を治める支配者一族には、ダンジョンの底にある力の秘密の一部を、伝承という形で伝えさせてある。そして君はヤーズバエルを倒してここへ来た。立派に資格を得ているよ」
「ヤーズバエル? 何だそれは」
「ここに続く門を守らせていた守護聖霊獣さ。さっき君が倒した」
あれか。だが、あれを倒したのはオレ様一人の力じゃない。
もうここにはいない、オレ様の片腕の……いや、よそう。
つまらん感傷をコイツに愚痴て何になる。
「そうか。なら、さっそくオレ様の願いを叶えてもらおう。時間を……」
「まぁ待て。それをボクに聞かせても無駄だ。ボクはここに来た者へ説明するためだけに創られた【説明者】。その願いをかなえる者はボクじゃない」
「なんだと? なら、さっさと願いを叶える神を連れてこい! こっちは一刻も早く叶えねばならん願いがある。暇ではないのだ!」
「願いをかなえる神なんて、ここにはいないよ。『願いをかなえる神の遺産がある』と伝えてたはずだ。正確に伝わってなかったのかな?」
イラッ
「ええい、では誰に話をもっていけばいいのだ!! オレ様の願いを叶える奴はどこにいる!?」
「君自身さ」
「なに? ――うぐっ!?」
いきなりオレ様の体の中に膨大な”力”が流れ込んできた。
そうか。この空間の中に満ちている白い光は、膨大な魔力!
それのすべてがオレ様のに入ってこようとしている!
「そ、そうか。理解したぞ。この力をもって、オレ様自身が―――」
「そうさ。君自身が神となるんだ。さぁ君が求めるものを強く念じたまえ。それを生み出す力が君にはある」
オレ様の願い―――それは魔人王など生まれていない、あの日に戻ることだ。
まだ出会っていない者も含めて、みんなが生きている。
ノエルもロミアもアーシェラもユクハもモミジもセリアもシャラーンも。
すると虚無の空間に世界が生まれた。
オレ様の望んだ通り、その世界は十数年前の時代となった。
次第次第に存在が確かなものになっていき……
な、なに!? ちょっと待て、これは! この力は―――
「おいっ、どういうことだ!? オレ様は過去に戻っているのではない? 新しい世界を創造しているだと!?」
そう、今オレ様がやっている事は世界を過去に戻すことではなかった。
世界の記憶を元に、十数年前の世界を創造していることであった!
「ああ、そうだよ。ここに封じられていた力は時の神のものではなく、創造の神のものだからね。君は君の望む世界をそっくり作り上げてるんだ。凄いだろう?」
「ふざけるなっ! オレ様が望んだのは、そんなことじゃない! それでは、元の世界でザルバドネグザルは人類を滅ぼしながら生き続け、オレ様の女達は死んだまま! 何の願いもかなっていない!」
「元の世界のことは忘れるんだね。君の創った世界では、君の愛した人達はちゃんと生きているんだ。それに憎んだ者もちゃんといるし、君の分身にでもそれを討たせて溜飲を下げるといい」
「ぶ、分身?」
新たに発現した能力【神の目】でその世界を見てみると、たしかにそこには実家で暴れているガキだった頃のオレ様がいた。
ついでにドルトラル帝国の皇城で偉そうにしているザルバドネグザルも。
「ああ、一つ注意事項だ。君は君の創造した世界に行くことは出来ない。触れることすらダメだ。
創造主というのは、被創造物にとって影響が大きすぎるんだ。触れたとたんに被創造物は破壊される。創造神と破壊神は同じものなのさ。
だから創造した世界の内側に干渉したい場合、代理人でも送るかアイテムなんかを送るかするんだ」
「なるほど、賢くなった。いや、そんなことはどうでもいい! オレ様の望みは復讐だ! 世界なんかの創造などではない!!」
「君はもう君の望んだ世界の神なんだし。元の世界のしがらみなんか忘れて、創った世界を良くすることを考えるんだね。そこには君の愛した者達もちゃんといるんだし」
オレ様の創った世界をよく見てみると、そこにはたしかに奴隷市場で売られていた頃のノエルがいた。
まだ領主令嬢だった頃のロミアも、ドルトラル帝国で見習い騎士だった頃のアーシェラも、ダンジョンのガイドをしていたユクハも……
だが、今さっき見たノエルの儚い笑顔がよぎった。
だから全力で今を否定する。
「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う! そういうことじゃねェんだよッ!!!
ザルバドネグザルは、オレ様の大事なものを壊した!
女達はオレ様に未来を願い託し逝った!
紛い物創って愛して、ザルバドネグザルもどきを殺して、『ハイ終わりました』じゃ済まねェんだよッ!!」
「だから『やり直せ!』か? 残念だけど、ボクの役割は力の管理と適合者への引継ぎ、あと多少の説明なんか。それが終わった以上、ここから解放されて消えるだけだ。あとは自分でやってくれ。君はもう創造神なんだから」
ガキは気持ち悪い笑顔のまま空間に溶けて消えていく。
「うおおおおッ 待て、糞ッ」
在りし日のアイツらを見ていると、『このままでもいいか』という気持ちに駆られる。
されどノエルの言葉が耳をかすめる。
『だから……急いでくださいね』
―――ああ、そうだな。
こんな紛い物ながめてグズグズしている場合なんかじゃねぇ。
魔人王ザルバドネグザルの野郎は、まだ生きていやがるんだから!!
ノエルの願いもまだ果たしていない!
「オレ様は魔人王ザルバドネグザルを殺すッ。ノエルの願いも果たすッ。
それがオレ様の望み、オレ様の欲望だああああっ!!!」




