60話 もう一つの世界の物語(中編)【ラムス視点】
オレ様とノエル、そして選抜された迷宮攻略隊は、その日のうちに【奈落の道】の攻略を開始した。
初日は大した準備もないままで五階層。だが翌日はセリアが装備や以前の攻略記録を用意してくれたので十二階層まで進むことが出来た。
そして一か月かかると見込まれていた、以前軍が到達できた最深層の五十階層まで半分の十五日でたどり着いた。
「フハハここが軍の到達できた最高記録か。まったく、この程度の場所まで来るのに一年もの時を費やしたとは何をやっている」
「ラムス様、それはいくら何でも過信しすぎですよ。その時の軍は調査をしながらだし、通常の手段で地上からここまで食料とかを運ぶのは大変ですよ」
「ええい、わかっておるわ。しかし、ここから先は未知の領域だ。どんなモンスターがいるかも分かっておらん。ここから先は、これまでのようにはいかんか。くそっ」」
正直ここまで来る時間は、考えていたより大分遅い。
上の方はそうとうヤバくなっているというのに、このままでは陥落までに間に合わんではないか。
そしてやはりだが、ここからの進行は大分遅くなっていった。モンスターがかなり強くなったせいもあるが、道の探索にかなりの斥候を出さねばならなくなったのだ。
一月かけてやっと七十階層。
その間にザルバドネグザル配下の魔獣軍団の侵攻は進み、王城防衛戦となった。
そして、ある日のダンジョン探索の成果を報告した時。
セリアから告げられた防衛状況は、冷や汗が出るほどひどいものだった。
「だいぶヤバイようだな。ダンジョン攻略は中止して、明日からオレ様も防衛に加わるか?」
「いいえ。たとえラムス様が加わろうと、事態が好転することはないでしょう。もはや王国の命運は決しました。この上は最後の希望であるダンジョンの宝を一日でも早く手にすることに、ラムス様は注力してください」
「……そうか。セリア、王城が陥落する時はお前もダンジョンに来い。こうなってはオレ様の側が一番安全な場所だ」
「そうですね。その時は、わたくしも女王ではなく、ただのセリアとなっているでしょうね」
「おう、それはいい。いい加減、女王の立場なんぞに気を使わねばならんことに飽き飽きしてたからな。ただの女になってオレ様の側に居ろ」
「ふふっ、それも素敵ですわね。その時はよろしくお願いします」
それからもオレ様達は防衛戦に加わることなく、ガンガンとダンジョンを下っていく。
やがて八十二階層へ到達した日に地上へ帰還した時だ。
その時にオレ様を迎えたのは、セリアではなく国王親衛隊の若いヤツラだった。
「ラムス様、こちらが最後の補給となります。王城は陥落いたしました。もはや戻ることはかないません。我々もこのまま迷宮攻略隊に合流いたします」
「そうか。で、セリア女王は? お前らの後に来るのか?」
「いえ、我々の後に来る者はおりません。女王陛下は……王城および守護兵と共にするとおっしゃられ、残られました」
「な、なんだと! バカな! 王城が危うくなったならダンジョンへ来いと言ったのに!」
「我々も説得いたしました。ですが『自分を守りながらダンジョン攻略をしては成功の確率が下がる』とおっしゃられ、残られたのです」
「ええい無能者共め! 足手まといだろうと、王族の最後の血筋は残さねばならんだろう! オレ様が引っ張ってきてくれるわ!」
「陛下から言伝を預かっております。『幸せだった頃のゼナス王国でまた会いましょう』と」
その言葉で足が止まった。
そうか。セリアは、このオレ様がダンジョンの果てに到達し、神の遺産を手にすることを信じているのだな。
そして過去へ戻れると。
「……行くぞ。ノエル、もはやここに帰還はない。より先に進むためだけに魔力を使え」
「はい。頑張りましょうラムス様。もう一度みんなと会うために」
ノエルは、希少な空間魔法を会得して上位魔法師の称号を得ても、その立場はオレ様の奴隷のまま。
もう奴隷身分じゃなくてもいいと、何度言っても聞きやしない。
いいさ。なら、オレ様の奴隷のまま最後までいろ。
ノエルはまたゲートを開き、もう二度と帰らぬ覚悟のままオレ様達はダンジョンへ戻った。
九十階層をこえると、階層にモンスターが一体だけになった代わりに途端に強くなった。
オレ様とノエル以外はダメージひとつ与えることができなくなったため、牽制以外は後ろに下げておくことにした。
九十六階層。
幻覚を操るモンスターが現れ、パーティーは散り散りになってしまった。
オレ様とノエルは二人だけになってしまったが、他の奴らを探すことはせず、二人だけで先を進むことにした。
そして九十九階層。
そこに鎮座する魔物は、これまでよりはるかにデカい奴だった。
頭には捻じれた三本角。腕には巨大なかぎ爪。赤い鱗に覆われた体躯。
おそらく魔力とパワーは魔人王ザルバドネグザルをも超えるだろう。
しかしそれだけならアイツより脅威ではない。
アイツは強さだけでなく、古今の戦略戦術に通じ万の魔獣を縦横に操る頭脳があるからだ。
「いくぞ、強いだけのデカブツ! てめぇなんざ、オレ様の相手じゃねぇ!」
数時間の激闘のすえ、ようやく奴は生命活動を停止した。
と同時デカブツの体は消滅し、それは巨大な門へと姿を変えた。
その隙間からは眩い光が漏れている。
「やりました……ね。どうやらこれが神の遺産への道。私達、やったんです」
幾度もオレ様を蘇生し復元させ続けたノエルももう限界だ。
おそらく生命力さえ魔力に変えてオレ様を癒し続けたのだろう。
「そうだな。だがもう体が動かん。おいノエル。治癒魔法はまだ使えるか?」
「あと一回だけ。でももう私は歩けません。ラムス様、最後の術です。どうかお一人で神の遺産を手にしてください」
弱よわしくオレ様に回復術をかけようとするノエルの手を握り止めた。
「なら、自分にかけろ。オレ様は少し休めば回復する……と思う。ここまで来たんだ。お前は最後までオレ様と居ろ」
「ふふっ……ラムス様、出会った人達も愛した人達もみんないなくなって、今は私達だけですね。悲しいですか? 寂しいですか?」
「……さぁな。ずいぶん前から先へ行くことしか考えられなくなったような気がする。もともと、あと先など考えられん性格だ。だから、ここまでこれた」
「そうですか。私は……ラムス様のあとについて行くことしか出来ません。なのでラムス様が動けなくなったら、私も動けません。でもそれじゃ、もうみんなに会えなくなっちゃいます。だから……」
いきなりノエルは抱きついてきた。
ノエルの体から癒しの魔力が流れてくる。
「おい、やめろ! オレ様に回復術を使うな! そんな状態で使ったらっ!」
「大丈夫です。ラムス様は過去に行かれるんでしょう? なら、またすぐ会えますよ。私も早くみんなと会いたいです。だから……急いでくださいね」
回復術が終わると同時にノエルの体から力が抜けた。
その体からぬくもりが消えてゆく。
「ノエル……オレ様と最後まで居ろと言ったのに。くそっ、向こうで会ったなら、勝手なことをしたお仕置きをくれてやる!」
ノエルの体を横たえ立ち上がる。
回復魔法のおかげで幾分体は軽い。もう一戦くらいいけそうだ。
門に手をかけると、何か大事なものを置いていくような、そんな感じがした。
それでも迷わず門を開け、光の中へと足を踏み入れた。




