59話 もう一つの世界の物語(前編)【ラムス視点】
ゼナス王国は今まさに滅ぼされんとしていた。
魔人王となったザルバドネグザルの圧倒的な力は、ドルトラル帝国を支配下におき、そこに住む人間を奴隷あるいは実験体にした。
膨大な人口を誇ったドルトラル帝国の人間を数年で消費し尽くすと、その魔の手は近隣諸国へと伸びていった。
諸国は人類連合を組織して対抗したが、一つまた一つと潰され、ついにはゼナス王国の運命も潰えようとしていた――
その日、オレ様ことラムスは人類の命運を賭けた一大作戦から帰還した。
ゼナス王国残余の兵力で積極攻勢して陽動をしかける傍ら、オレ様率いる少数精鋭で魔人王ザルバドネグザルを奇襲し討ち取るという作戦だった。
だがザルバドネグザルの元にたどり着けはしたものの、奴の強さは絶望的。
共に来たアーシェラとユクハを失い、さらにセリアから密命をおびたという者が撤退を強く勧めるので、這う這うの体でノエルの空間転移を使って撤退した。
「ザルバドネグザルを討つのは失敗した。あとの報告は適当な奴から聞け。じゃあな」
父である王と兄を失って女王となったセリアへの報告も、こんなぶっきらぼうなものになってしまった。ああ、まったくやってられるか。
その適当な奴は、オレ様の奴隷ノエルの奴がしゃしゃり出た。
「申し訳ありませんセリア女王陛下。ラムス様は、この戦いでアーシェラさんとユクハさんが亡くなったのです。ただいまご心痛のため、心の整理をなさる時間をください」
「そうですか。それはさぞ無念でしょう。悼みます。ですがラムス様には、もう一つ悲しいお知らせをお聞かせしなければなりません。防衛線にて錬金の賢者モミジ・ルルペイア卿が戦死なさいました」
「ピタリ」足を止め、詳細を聞いた。
モミジの操るゴーレムも増え続ける魔物軍団の圧力を押しとどめきれずに、防衛線の崩壊とともに彼女は逝ってしまったそうだ。
「…………そうか。オレ様の女は、どいつもこいつもオレ様より先に逝ってしまうな。勝手に死ぬな、くそっ」
先にロミアとシャラーンも逝った。
これでもうオレ様の女はこの奴隷ノエルと女王セリアだけになってしまった。
「最後の兵力を使った防衛線も崩壊し、人類最強のラムス様でも魔人王討伐はかないませんでした。ゼナス王国にはもはや魔人王の蹂躙に抗する手段はありません」
「そうだな。で、密命などでオレ様を呼び戻したのは、介錯でも頼みたいからか?」
「それも素敵ですね。ラムス様の手で父王兄上の元へ送っていただけるなら、きっとわたくし自身は幸せでありましょう。ですが、わたくしは女王として、ラムス様に最後の任務を命じなければなりません。まだ一つだけ、あの魔人王を葬る可能性は残っております」
「あん? ゼナス王国の兵力は瓦解。総力をあげた奇襲も跳ね返されたのにか?」
「王家のみに伝えられる、王都のはずれにある世界最大のダンジョン【奈落の道】の秘密を明かします。その最深部の果てには、いかなる願いも叶う古の神の遺産があるというのです。ラムス様にそれを求め行っていただきたいのです」
「あやふやな伝説にすがるか。そんなものがあるなら、どうして今まで誰も取りに行かなかった?」
「過去に王国プロジェクトとして軍を使った挑戦をしたことがありました。ですが補給の問題で諦めざるをえませんでした。あそこに出現する魔物は倒したらみんな石やアイテムになってしまい、食料の現地調達が出来ません。ですが今は、空間転移魔法を極めた魔法師のノエル様がおります」
「なるほどな。オレ様達に補給の問題はないな。よかろう。一休みしたら、さっそく潜ってくれよう。明日中には、その神の遺産とやらを手にしてくれる!」
「それは無理です。その程度の距離ですむなら、軍は撤退などいたしません。軍の進んだ場所まで到達するだけでも一ヵ月」
うーむ。ノエルの空間転移魔法は、記憶に強く残るほどよく居た場所か、標をつけた場所でなければ転移できない。そうでない場所は、現在地から五十メートルほどだけ。つまり帰りは一瞬だが、行きは自力で歩いていかねばならんのだ。
「仕方あるまい。夜はこちらに眠りに帰ってこれるのだ。ひと月ふた月歩くくらい大したことではあるまい」
「いいえ。ダンジョンの魔物は、深く潜るほど強くなるという報告があります。最深部の魔物は魔王級になるとも。それを破って到達できますか?」
「なぁに、腕の問題ならやってやるわ。神の遺産が本当に願いをかなえる物なら、死んだ女達も戻すことができるしな」
「ラムス様はロミア様達の復活を願うのですか? 『叶えられる願いは一つだけ』などという制約があった場合はどうするのです。魔人王を討つことを第一に願っていただかねば」
「ふふん、オレ様の頭脳にその抜かりはない。オレ様が願うのは『ドルトラル帝国軍がリーレットに侵攻する前の時間に戻せ』だ。それならザルバドネグザルが魔人王になることも阻止できるし、女達が死ぬ運命も回避できる。ついでに王国が亡びるのも回避だ。まさにすべての願いをかなえる完璧な発想だ!」
景気よく笑うオレ様に、セリアもつられて笑う。
しゃらくさい美人であるだけに、久しぶりのその笑顔には見惚れてしまうな。
「わかりました。では残ったゼナス王国軍の総力をあげて、ラムス様の挑戦を支援いたします。どうか王城陥落前にご本懐をお遂げください」
「待て待て。王国の残りカス兵力では、防衛に精一杯だろう。毎日帰って眠れるのだ。こっちはオレ様とノエルだけでいい」
「ダメです。たとえ毎日帰ってこれようと、ラムス様の力は最後の難関まで温存していただかねばなりません。これは人類最後の希望。たとえ王国が亡びようと、神の遺産は必ず手にしていただかねばなりません」
「よかろう。だが、ただの希望で終わらせはせん。神の遺産とやら、このラムスが見事この手に掴んでやるわ!」
こうしてオレ様はノエルと共に王国の……いや、人類の命運を賭けたダンジョン探索へ挑んだのであった。




