54話 レシートは風に舞う
転移の門を抜けると、そこは雪国だった。
一面の白い大地がどこまでも続いている冬の雪山のような銀世界だ。
通常なら上の階層にいるペギラヴァを抜けて行かなければこの第四層に来られないが、ノエルの空間転移のおかげでいきなりこの目的地へ到達だ。
この賢者探索クエストへ来た【栄光の剣王】のメンバーは、私、ラムス、アーシェラ、ノエルの四人だ。
「この前来たときより寒さはきつくないですね。この層にはペギラヴァがいないせいですよね」
「ペギラヴァのいる上から寒気が流れ込んでくるっすけどね。あの吹雪がないだけでも、すごくやりやすいっすよ」
「くっ、この寒さがきつくないだと? お前ら、そんなに寒さに強かったのか? いや、オレ様がそこまで脆弱だったのか?」
ラムス一人だけがひどい着ぶくれをしながら寒さでブルブル震えている。
いやいや、そんなことはないんだよ。
ただ君にだけは寒冷耐性のスキルをつけてあげられないだけで。
それはともかく、大事な仕事前だというのに、私は少しばかり落ち込んでいる。
「どうしたのサクヤ? なんか元気がないな。この広い第四層で賢者様を探さなきゃなんないんだから、しっかりしないと」
「ふふん。大方、目をつけていたユクハにフられて落ち込んでいるのだろう。少しは女好きにこたえるがいい」
「ああ、あれかぁ。あれは、ちょっと素敵だったね。初々しい恋人どうしって感じで」
その話題を聞いて、出発前に見たユクハちゃんとホノウの甘酸っぱいやりとりを思い出す。
ユクハちゃんはみんなの所に戻ったとき、ホノウに駆け寄ってこう言ったのだ。
『あの……ホノウくん。この戦いが終わったら大事なこと話したいの。その……二人だけで会って話したいな』
なんてことを頬を染めながら可愛く。
本当にユクハちゃんはホノウの前ではすごく可愛いなぁ。
私に『ホノウが大好き』なんて言ったせいで、告白する勇気が出たのだろう。
くそう、ラブラブさんめ。どんな告白するのか聞いてみたいじゃねぇかよ。
「うーん。サクヤ様のすごいエッチをふりきって、好きな男の人の元へ行くなんてすごいなぁ。ちょっと憧れちゃうかも」
まぁそれは私も感心しているし、二人のことを祝福はしたい。
しかし同時に、ユクハちゃんをあきらめることで、私が元の世界に帰れないことは確定してしまったのだ。
私は思わず懐から、いつも見ているレシートを出してため息をついた。
それは私が元々着ていたジャージのポッケに入っていたものだ。
このエロゲ世界に転移する前の日の夜に、ポッキーが食べたくなってコンビニに買いに行ったときに渡されたものを、捨てるのを忘れてそのまま入れっぱなしにしていたのだ。
奇しくも異世界に持ってきてしまったそれを、私は捨てずにたまに見て、元の世界に思いを馳せている。
「女の子七人の攻略クエストは失敗。もうこのポッキーも二度と食べられないんだよね。今まであんなに、モンスター退治も女の子とのエッチもがんばってきたのに」
ううっ食べられないと思ったら、よけいに食べたくなったぞ。
やっぱりユクハちゃんをホノウなんかに渡すものか!
こうなれば戻ったらユクハちゃんをエロテクで徹底的に肉体改造して私のペットにしてくれる!
『大事な話』の場にノコノコあらわれたホノウに、エロい恰好させたユクハちゃんを見せて、私の肉奴隷宣言させて、絶望させてやろう。
最愛の彼女の変貌に、あの暑苦しい男がどんなアホ面さらしてくれるか楽しみだわ。イヒヒ……フフフ……フハハハハ!
ビュオオオッ
「ああっ、私のポッキーが!」
突然に強い突風が吹き、レシートが風にさらわれて飛んでしまった。
「サクヤ様、あれは大事なものなんですか? いま風を操って戻します」
「……いや、しなくていいよ。いいんだ、アレはあのまま風にあげてやって」
風魔法を使おうとするノエルを止めた。
風に運ばれ飛んでいくレシートをそのままに見送る。
そうだよね。ポッキーのために二人の幸せを壊そうだなんて間違っている。
もう二度と食べられないなら、あれはあのまま風の旅人にでもなった方がいい。
「さよならポッキー。大好きだったよ」
ダンジョンの岩壁の空に、レシートはやけに白くきれいに輝きながら飛んでいく。
風に巻かれてポッキーは行っちまった。
戻らないおやつの恋人。グッバイ、スイートメモリー。
「サクヤ、すごく悲しそうな目をしているよ。あれってポッキーって人の形見なの?」
「……いいや、ただの紙切れさ。戻らない日々が少しだけ懐かしくなっただけだよ。仕事をしよう」
「……そうか。ま、深くは聞かん。考えてみれば、貴様の過去のことはまるで知らなかったな」
「いつか聞かせてくださいね。そのポッキーって人のことも」
それだけは、あまりにしょうもなさすぎて話せないよ。
なんか悲劇の物語みたいに思われちゃっているし。
「で、どうやって依頼の賢者さん達を探すの? 周囲は雪で真っ白。適当に歩いて探すには広すぎるよ」
「とりあえず私の【気配察知】のスキルが頼りだね。今から最大範囲の気配を調べるから、みんな静かにしてて」
静まったみんなの中で、私は目を瞑り周囲にいる生き物の気配をさぐる。
といっても、この階層はペギラヴァが凍らせて生き物なんてほとんど死に絶えているが、逆に好都合。
この中で生きている人間の気配があれば、それは目的の賢者の可能性が高いからだ。
「…………なに? いったいどういうこと?」
「どうしたサクヤ。何の気配を感じたんだ?」
「魔物だよ。それも大量の。ここからはるか西の方に、かなりの数の魔物が何故か集っている」
「ええ? ペギラヴァの襲撃で、ここら一帯凍らされて、生き物なんてほとんどいないはずだろ? どうしてそんな所に大量の魔物なんかが?」
「さあね。とにかく他に手がかりはないし、危険だけど行ってみよう。賢者たちもそれに巻き込まれているのかもしれないし」




