49話 その頃のラムスとロミア【ラムス視点】
オレ様とロミアは先ほどまでリーレット戦線戦勝報告会なる茶番に出席していた。
それにしても、こうもロミアが演説が上手いとは思わなかった。
戦争によるリーレット領の窮状を滔々と語り、戦線に倒れた父親の王家への忠誠を述べあげ、利権のことしか頭にないはずの貴族どもから同情を大いに買った。
結果、戦勝に乗じてあさましく自分の忠誠を述べ立てる奴らから多額の寄付を集めることに成功したのだ。
やっと忠誠発表会から解放されることができ、ロミアといっしょに宮廷の庭園にて小休止。
「大した英雄の娘っぷりだったなロミアよ。おかげで帝国軍を壊滅させたオレ様達の活躍が、まったく霞んでしまったではないか」
「ふふっ、ごめんねラムス様。なんか、すごく口がなめらかに動いたんだよ。お父さんが力を貸してくれたのかな」
「それでどうするのだ。兄貴の援助を受けるのか?」
「そうだね。とにかくいつまでもリーレットを裸にはしておけないし。ちょっと後が怖いけど受けることにするよ」
最終的にオレ様の実家がリーレットの保護をかって出て、それを受けるかどうかの話となった。
しかし大物貴族の我が家。ただの親切で終わるわけもない。
リーレット領の失陥は免れたとはいえ、ロミアもこれから大変だな。
――「それはお待ちください、リーレット領新領主ロミア様。それにオルバーン公ご三男ラムス様」
そこにオレ様達の話に割り込む女が来た。
豪奢な金髪に涼やかなドレスを纏う、美貌と才知を称えられている王家の小娘。
「おう、セリアか。あいも変わらずしゃらくさい美人面をしているな」
「ラムス様、さすがに不敬だよ」
「よろしいのですよロミア様。あの傍若無人で名高いラムス様から”美人”とお褒めいただきましたもの。それより、お二方をわたくしの茶会に招きたくあります。どうかご招待をお受けになって」
「お招き、つつしんでお受けいたします。ですが、ずいぶんと手順から外れたお招きですね?」
「正規の手順は無駄が多すぎると常々感じていましたから。それに面倒な手順を踏んでは、ラムス様は面倒くさがってお受けにならないと思いますので」
「まさかまさか。王女殿下のご招待を臣下である身で拒む、なんてねぇ? ラムス様?」
ま、上からの招待を下の者が拒むなど許されないのが貴族の慣例。
しかも相手はこの国最高の血統を持つ王族の姫。
だが、そんなものはオレ様に関係ない。
「よく分かったな。オレ様はこれから【奈落の道】の攻略で忙しいのだ。いちおう顔は出して義理は果たしたのだし、帰らせてもらうぞ」
「あ、やっぱり? ラムス様、素敵すぎだよ」
「ふふっ、やはりオルバーン公三男の鬼子はご健在でしたわね。ですが、わたくしも王家の者として侮辱されっぱなしは面子が立ちませんの。お前たち、ラムス様をわたくしの茶会にご招待なさい」
『パチリ』とセリアの奴が指を鳴らした途端、どこからともなく屈強な護衛が現れ、たちまちオレ様を身動きとれなくして荷物のように運びやがる。
「うおおおおっ!? セリア、お前までもこれかあああっ!?」
そうして、庭園の一画に設けられた高級テーブルセットの椅子に無理やり座らされたオレ様とキチンと客人の作法で座るロミア。
そしてオレ様をこんな目にあわせた女は、楽しそうにオレ様とロミアのティーカップにポットで茶をそそぐ。
これを侍女まかせにしないのは、この方が親しい方をもてなしている気がするからだそうだ。
「セリア姫殿下、お見事でした。すでにラムス様の扱いを心得ていたのですね」
「ええロミア様。わたくし、昔からラムス様のファンでしたのよ。ですから、心無い返事をなされることは承知でしたの」
承知だから、オレ様をさらう使用人を潜ませていたのか?
まったくなんて女だ。
しかし最近のオレ様のまわりは、どうしてこうも女ばかりなのだ?
気がついたら男はオレ様一人だった、などということが頻繁にある。
いったいなぜこうなってしまったのか。
「素敵な演説でしたわロミア様。お父上の忠誠、まさに臣下の鑑ともいうべき有り様でした。そしてラムス様もリーレットでは大活躍だったそうですね。まさかそのドルトラル帝国軍の中枢に切り込んで、多数の将軍と不敗の名将ザルバドネグザル元帥を討ち取ったなんて」
「ふん、オレ様のパーティーにかかればドルトラル帝国軍などゴミも同然。それより本題に入れ。なぜリーレットの守りに兄貴の援助を受けるのを止めるのだ? まさか国王の兵を入れるつもりなのか?」
「いいえ『国軍』です」
「は? 何だそれは。国王軍とは違うのか?」
「はい。此度の危機を踏まえ、領軍を廃止し、王国軍を『国軍』として再編させ国の軍を一本化しようと陛下はお考えになっております。そしてその地をおさめる領主には行政のみあたらせるつもりです」
「その第一歩として、空白になったリーレットにそれを配備しようというわけですか。すごく思い切った考えですね。そんなことを貴族の方々が了承されるでしょうか?」
「ええ、当然抵抗は予想されるでしょうね。ですが、やらねばいずれ王国は強力な帝国軍に滅ぼされるでしょう。今回の帝国の侵攻にすら、必要な兵を出す貴族はあまりに少なかったのですから」
ま、たしかに各地の領軍は危機にあって何の役にも立たない無駄の塊、烏合の衆だ。
そんなものを廃止して国王の元に軍を一本化して再編するのはたしかに合理的だ。
「ふーん、王家も思い切った改革をするのだな。ま、親父や兄貴は当然反対の急先鋒になるであろうな。だが、あいつらの鼻を明かすことなら応援してやる。しっかりやれ」
「それを聞いて安心しましたわ。わたくし、国軍の総司令にはラムス様を推薦させていただくつもりですの」
「は、はああああ!? なぜオレ様が!?」
「セリア姫殿下、冗談……ですよね?」
しかし涼し気に微笑む女は、セリアの言う冗談ではなく大真面目本気な話だと語る。
「理由一つ目は、此度の帝国軍侵攻を打ち破り、かつ帝国……いえ、世界最高と言われた名将ザルバドネグザル元帥を倒した実績です」
「ですがセリア姫殿下。その国軍は王国軍を中心に再編なされるのでしょう? 王国軍の将を方々を差し置いて、ラムス様を総司令になどとは、あまりに無茶では?」
「理由二つ目。貴族方から兵権をとりあげる王家には、当然貴族連合の反発が予想されるでしょう。ですが創設される国軍のトップが貴族連合の盟主オルバーン公の御子息であるなら、その反発は弱まるとは思いません?」
「ふふん、なるほど。たしかに良い考えだ。この英雄たるオレ様を王国軍最高の地位に置こうとはなかなか目が高い。しかし! このオレ様はそんなくだらん政治争いなどに興味はない。残念だが……」
「そして三つ目。ラムス様、わたくし、あなたに憧れていますの。あなた様と共にこの仕事を成したい。本気でそう思っていますのよ」
「はっはああああっ?」
「セリア姫殿下、本気です?」
「ロミア様、よろしいでしょうか? あなた様とラムス様はご婚約の話もあったそうですが」
「それは立ち消えになってしまいました。その話をまとめる前にドルトラルの侵攻が起こり、父は戦死しましたので」
「ええ、さきほどの演説でよく語られましたね。お悔やみ申し上げます」
「……うん」
「一兵残らず殲滅されたその敗報がきた時、宮廷は混乱を極めましたわ。責任のなすりつけ合いで何も決められぬままの議事進行。わたくしがラムス様を推すのも、右往左往する貴族どもを後目に、そこから敢然と帝国に立ち向かい見事帝国を破った英雄的活躍からです」
うーむ、たしかにオレ様は英雄でカッコいいが。
しかしそれでも、いきなり国軍とやらのトップに据えるなぞ、この女、正気なのだろうか。
いっそ女のくせに女に狂っているアイツにでも押しつけてしまうか。
「憧れを砕いて悪いがな。帝国に敢然と立ち向かうことを決めたのは、そこのロミアとウチの切り込みのサクヤだ。ザルバドネグザルを討ったのもそいつだ」
「あら。ロミア様、それは本当ですの?」
「ええ、ドルトラルの多数の将軍とザルバドネグザル元帥を討ったのがそのサクヤ様です。冒険者としても数多のモンスターを討伐したことで名高く、『剣豪サクヤ』と呼ばれております」
「まぁ。そのような方が、ラムス様と国軍の創設に尽力していただければ、じつに心強いのですが」
「ブルリ」とセリアは寒そうに身震いをした。
そう言えばやけに冷える。まだ冬は早すぎる時期のはずだが
「どうしたのでしょう? 太陽は美しく輝いているというのに、やけに冷えますね」
「ですね。冷えるというより寒い? いったいこの季節外れの寒さはなんでしょうね」
その時、セリアの侍女らしきメイド服を着た女がセリアに手紙を持ってきた。
「ご歓談中失礼いたします。セリア姫殿下、そのことについて、ちょうど冒険者ギルドのジェイクから報告が入っております。なんでも王都の危機となる緊急案件だそうです」
「まぁ、おだやかではありませんね。ラムス様、ロミア様、失礼いたします。報告に目を通すまでお待ちになって」
セリアは侍女から受け取った手紙に目を走らせた。
その顔はだんだん青くなり、手紙を脇に置くころに顔色はかなり悪くなっていた。
それでも優雅な仕草は崩さず、変わらずオレ様達に微笑んでいた。
「セリア姫殿下、何が起きたのかお聞きしても?」
「ええ、もちろん。ですが報告には、先ほどのサクヤ様のことも書かれていましたよ。わたくしに会いたいそうです」
「はぁ!? あいつが? なんでまた……まさか?」
「サクヤ様ったら。『黄金の薔薇』と名高いセリア様の噂を聞いて、また悪いクセを出しちゃった?」
面白くなってきたではないか。
アイツがこの小賢しい女をどうするのか、せいぜい楽しませて見せてもらうとしよう。




