35話 誓いのキス
魔界蜘蛛に近づくにつれ、それが何を目指して走っているのか見えるようになってきた。
魔界蜘蛛の前には、十数人の人達が必至になって走っている。
赤ん坊を抱いたおばさん、小さな子供達、年配のおじさん。
「くっ、あの人達を食べる気か。食欲旺盛すぎだろ」
「サクヤ、熱くなって攻撃とかするなよ。このスピードでそんなことをしたら落ちるぞ!」
おっと、そうだった。
こういった場合に、落ちても大丈夫そうなスキルとかはあるかな?
……よし、【空中旋回着地】というのがある。
高い場所や速い乗り物から飛び降りたとき、自動で体が回転して落下の衝撃を抑えるものらしい。
スマホでポチッと選択して準備完了。
ふたたび前を見ると、魔界蜘蛛は一番後ろの赤ん坊を抱えたおばさんに二十メートルほどにまで迫っていた。
「アーシェラ、早く! あのおばさんが食べられる前にヤツの前に出て!」
「前に出ても、おばさんとか数人は助けられないぞ。こういった場合、悲しくても斬り捨てる覚悟がないと、魔獣退治はやってられないぞ」
「わかってるよ。これでも魔獣退治はかなりやってきたからね」
それでも私はチート剣士。
『守りたい』と思う者を守り通せる力はあるんだ。
この人達の悲しみなんて背負わなくていいだけの力が!
馬はグングン魔界蜘蛛に近づき、それと並走。
さらに引き離しにかかる。
と、ちょうど最後尾にいる赤ん坊を抱えたたおばさんが転んだ!
子供達の中から、『母ちゃーん』という声が聞こえる。
魔界蜘蛛が口を開け、おばさんにせまる。
「させるかァ!」
「サクヤ、バカッ!」
私は馬から飛び降り、背中からメガデスを引き抜いた。
くらえっ! 『稲綱落とし』を超える威力でありながら、足が完全に止まってしまうので使いどころのなかったスキル!
「スキル【嶽峰大切斬】!」
剣の先に剣身の分身を造りあげ剣の長さを伸ばし、剣身より遥かに長い物を斬る技だ。
魔界蜘蛛がおばさんを食べようとした口に、その刃を掛けた。
ザグウウウウウウウッ
手には絶え間ない振動が伝わる。
そのまま高速で私とすれ違う魔界蜘蛛。
やがて完全にすれ違った瞬間、私の体は激しく回転しはじめた。
『ギュルンギュルン』と空中で独楽のように回転して、やがてゴロゴロと地面に転がり落ちた。
「くうっ眩暈がひどい。この後も敵がいたらキツイな」
頭をふって眩暈を治し、さてヤツはと見ると。
「ああ……やっぱり大きな獲物をしとめた感覚は格別だね」
魔界蜘蛛は体をきれいに真っ二つに割られ、下半分のみの姿て死んでいた。
上半分は吹き飛ばされて遥か後方にあった。
ギュルンギュルン回転しているとき何か大きな物が飛んでいったが、あれか。
「あのおばさんは……良かった、無事だ」
おばさんは魔界蜘蛛下半分の、わずか一、二メートルの所で腰を抜かして座り込んでいた。
それでも、赤ん坊はしっかり抱えたままなのはさすがだ。
そして付近の人達もアーシェラも『信じられない』といった顔で、ただ魔界蜘蛛の死骸を見つめていた。
「おばさん、大丈夫ですか。赤ちゃんも無事ですか」
「ああああああありがとうございます!!!」
「ええっ!!?」
腰を抜かしているおばさんに話しかけたら、いきなり「ガバッ」と大きく頭を下げられたので、驚いた。
続いて子供達も「スゲーぞ姉ちゃん!」「カッコいい!!」とか言って寄って来た。
さらに逃げていた人達も戻って来て「あれが剣豪サクヤだ!」「スゲー! まさかあんなバケモノ蜘蛛まで倒すなんて!」とか絶賛する。
子供達、あんまり近寄らないでね。
まだメガデスは抜いたままなんだ。危ないでしょ。
そんな中、彼女は馬を引いてやって来た。
私は人々をかきわけて彼女の所に行った。
「アーシェラ、ありがとう」
「すごいなサクヤ。ここまで凄いなんて思わなかったよ。ボクが心配なんかするまでもなかったな」
あんまり褒めないで。
私はすごい修行の果てに、こんな技とか出来るようになったんじゃない。
スマホで「ポチポチッ」だから。
「なあ。ボク、帰るのをやめてサクヤのパーティーに入りたいんだ。いいかな?」
「ええ? 帝国の聖騎士見習いだったんでしょ。その立場を捨てて、異国の冒険者になっちゃうの?」
「うん……君が馬をくれて去っていく後ろ姿を見たらさ。その背中がやけにカッコよく見えてしまったんだ。こんな気持ちになったら別れるるなんて出来ないよ」
背中でアーシェラを口説いてしまったの?
そんな高等スキル、選択した覚えないけど。
「歓迎するよアーシェラ。あ、でも、もし夜のアレが嫌だっていうなら、もうしないよ。なんか暴走しちゃって、アーシェラを傷つけちゃったし」
人の心をエロテクなんかで変えちゃいけない。
いかな攻めでも変えられなかった君の誇り高い心は、それを教えてくれた。
「う、うん……その、本当はそんなに嫌じゃなかった。ときどきなら、またシて欲しいかなって」
あ、変えてはいたのか。
私は何を勝手に学んだ気でいたのだろう?
「サクヤ、これは誓いだ。故郷を捨て、君とともに行くボクの……」
アーシェラは「グイッ」と可愛い顔を近づけてきた。
ええっ、こんな大勢の人達がいる場所でスルの!?
…………ああ、もう! 女は度胸だ。
ここで『変態』の名におののいて腰を引いたら、せっかくオトしたアーシェラに嫌われちゃう。
いいさ。これはふたたび【女の子ハンター】に戻る私の決意だ。
待っていろ、残り四人のターゲット!
アーシェラの腰を引き寄せ、その唇に自分のを重ねたとき。
まわりから大きな拍手が鳴り響いた。




