34話 でも、ついてきた
ああ、もうっ!
こんなに離れた場所でお別れなんかするんじゃなかった。
気持ちは焦って走っているのに、城門の方角からの悲鳴はますます大きくなっている。
このまま走っていって間に合うの?
「……?」
背中から蹄の音が響いてくる。
振り返って見ると、アーシェラが馬に乗って私の後ろから走ってきている。
「乗れよ。急いでいるんだろう」
「う……うん、いいの?」
「ボクは借りを作るのが嫌いなんだ。このまま帝国に帰ったら、いつ返せる日が来るかわからない。だから、ここで返しておく」
うわぁ、少年マンガのライバルキャラみたいなセリフ。
見た感じだけじゃなく、中身まで男の子みたいだ。
当然私は彼女の背につかまり、タンデムで城門前に向かった。
「ああっ! あれは!?」
城門近くに来ると、人々に悲鳴をあげさせている存在の姿が見えた。
それは小山のように巨大な蜘蛛!
リーレット領軍と帝国軍を壊滅させた魔界の蜘蛛魔獣だ。
城門はすでに閉じられているが、逃げ遅れた人達がけっこうな数いる。
魔界蜘蛛は「グチャグチャ」とそれらの人達を食べているのだ。
付近を見回してみても、他にアレの同族はいない。
どうやら何故か、あの一体だけがこちらに戻ってきたようだ。
「あれは……魔蜘蛛!? こっちに戻ってきたのか‼」
その姿が見えた途端、アーシェラは馬を止めた。
なので私は飛び降りた。
「アーシェラ、ありがとう。それじゃ行ってくるね」
「バ、バカ! やめろ! あれは千の兵ですら、たった一体も討伐できない魔界の魔獣なんだぞ! ドルトラル帝国軍でも、高位の魔法師の力を借りなければ討伐不可能なんだ!」
「うん、城壁の上から帝国軍がやられていくのを見ていたから、その強さは知っているよ。でも、たった一体だけなら、どうにか出来ると思う」
それだけ言うと、背中のメガデスの柄を握って魔界蜘蛛に向かい駆けだした。
「やめろォ! 戻れ!」とアーシェラの声が背中から聞こえるが、無論止まる気などない。
魔界蜘蛛は私が近寄ると、一瞬で顔をこちらに向け、口の一つを開けて飲み込もうとした。
速いな。
こんな大きさなのに、信じられない速い動きだ。
でも悪いね。そのくらいの速さなら、スキルで対応できるんだよ。
「スキル【神速抜剣】!!」
バギャァッ
その口をカウンターぎみに叩き切った。
「ギャギイッ」と不気味な声を出してのけぞる魔界蜘蛛。
そんな大きな隙につけ込まないほど、私の経験値は低くはない。
「スキル【疾走剣舞】!!!」
バキィッ ザシュッ ズバッ ゾグウッ バリッ
ヤツの無数の顎をかわしながら、無数の斬撃をたたき込んでゆく。
されど、あちこち潰したり斬ったりしたものの、それらはすべて浅い傷。
致命傷にはほど遠いものだった。
「硬い殻だね。メガデスでこの程度じゃ、軍隊の攻撃でも傷さえ無理だろうな。リーレット領軍や帝国軍がなす術なく全滅させられただけのスペックはあるね」
仕方ない。威力の高い大技を出してこの殻をブチ破ろう。
より威力のある技は足を止めないと出来ないから、コイツの素早い動きに対応しながらだと難しい。
もう少し弱らせて、大きな隙を作ってから……
グルンッ
「……え?」
いきなり魔界蜘蛛は180度回転。
襲われていた人々が逃げ去った方向へ全力で疾走しはじめた。
しまった! 捕食生物の性質か!!
捕食生物は強くて厄介な獲物は狙わない。
弱くて簡単に捕食できる獲物にこそ、狙いを定めるのだ。
高速で走る魔界蜘蛛に追いつける足など私にはない。
途方にくれていると、馬に乗ったアーシェラが側に寄ってきた。
「本当に強いんだな、サクヤ。どんな修行をしたら、あの魔蜘蛛と戦えるようになんてなれるんだよ」
スマホでポチポチっと。
いや、それより!
「アーシェラ頼む! 私を乗せてアイツを追って!!」
「やってもいいけど、二人乗りじゃアレに追いつくのは無理だぞ。それでなくても魔蜘蛛は馬より速く走るんだからな」
速くて硬くてタフな魔獣か。本当に厄介なヤツだよ。
ともかく積んである荷物を外して、アーシェラの背中につかまりながら、奴の走り去った方向へと馬を飛ばしてもらう。
幸い魔界蜘蛛は弱っているのか、見失うことなくその後ろを追いかけることは出来た。
でも、追いつけない。
アイツに追いつけるスキルはないかと、スマホを出して調べてみる。
すると……
「えっ? どうして?」
間違ってクエスト欄を出してしまったのだが、そこにあるアーシェラの名前に”クリア”がついていたのだ!
「サクヤ、もっとしっかり掴まれ! このスピードで振り落とされたらタダじゃすまないぞ!」
なんとアーシェラが私の心配をしている!
いったいどうして、ベッドでどれだけ可愛がっても不落だったアーシェラが、いきなりオチてるんだ?
いやそれより、アーシェラのステータスを見てみると、気になるものがあった。
アーシェラ・レイナス
職業:聖騎士
スキル:聖剣使い
剣術レベル2
乗馬レベル2
乗馬スキルがあるのか!
ってことは、もしかしたらそれを上げれば!
「おっ、おおっ? なんか、コイツの扱い方がすごく分かるようになってきた。手綱さばきがすごく良くなってきている」
アーシェラの乗馬レベルを上げていくと、みるみる馬の速度が上がっていく。
乗馬レベルを5まで上げると、スキル欄に【乗馬ブースト】があらわれた。
もちろんポチッと!
「アーシェラ、”ブースト”だ! 馬にブーストをかけて!」
「ぶ、ぶーすと? それって何……ハッ! こうか!?」
グウウンッ
馬は信じられないスピードで加速していく。
前を走る魔界蜘蛛に、グングン近づいていった。




