31話 ザルバドネグザルの儀式【ゼイアード視点】
ともかく俺たち残存兵は総出で、ザルバドネグザル元帥の指示する通りに儀式の準備に動いた。
そしてようやく荒地のこの場所に、幾つもの魔方陣を描いた儀式を場を設けることができた。
「ふん、苦労かけさせおって。これで、必ず魔蜘蛛をもう一度で制御できるというのだな?」
何言ってやがる。
ノーブレン脳筋皇子はもちろんその配下の連中でさえ、誰も何もしなかったろう。
ただ急かせて邪魔してただけだ。
「ははっ、これだけの準備をしていただいたノーブレン皇子殿下には、感謝の言葉もありませぬ。ご恩に報いるためにも、必ずや成果を出してみせましょう」
糞ッタレな礼を糞ッタレな皇子に言うザルバドネグザル元帥。
苦労したのは俺たちでも、準備したのはあの皇子ってことになっちまうんだよな。
本当に皇族ってな糞なヤツラだぜ。
「よかろう。これにはきさまの命運がかかっておる。しかと果たせ!」
「ははっ」
しかし……本当にこの程度の魔方陣で、あの魔蜘蛛の制御をとれるのか?
俺も魔法については素人だが、元帥の大がかりな魔法にいくつか立ち会った経験から、これはかなり稚拙なものに見える。
だがまぁ、俺には黙って見ているしかないのだが。
と思っていた所に、ザルバドネグザル元帥は何気なく俺に近寄ってきた。
そして微かな声でささやいた。
「ゼイアードよ。儀式がはじまったら馬に乗れ」
―――!?
「…………了解」
俺は、誰に聞こえるはずもないほど微かな声で応えた。
儀式がはじまった。
ザルバドネグザル元帥の朗々とした呪文は大地へ空へ響いてく。
手筈としては、まず魔蜘蛛をこの場に呼び寄せ、しかる後にそれに制御の術式を施すそうだ。
……ドドドドドドドド
やがてはるか彼方から、五体の魔蜘蛛が次々に姿を現し、地響きをあげてこちらへ猛スピードで近づいてくるのが見えた。
俺の隣のギュメイ参謀長は、それを不安そうに見ている。
「……本当に大丈夫なんだろうな。もし元帥閣下が制御に失敗すれば、我らは誰一人生きてはいられんぞ。こんな危険な術は、幾重にも保険をかけてやるべきだというのに」
しかし、それが許されないのが俺達の立場。
このノーブレン皇子は、最悪を想像できないからこそ脳筋なのだ。
「まぁ元帥閣下を信じましょうや」
俺は「ヒラリ」と馬にまたがって言う。
「む? ゼイアード、何故馬に乗る?」
「高い場所から元帥の術の腕前を見たいんすよ。さて、これからどうなさるのか」
魔蜘蛛はますます近づく。
その獰猛ないくつもの口は、俺らを喰らわんとヨダレを垂らしている。
さすがにその光景に、勇猛で知られたノーブレン皇子も不安にかられたのか元帥に声をかける。
「ザルバドネグザルよ、どうした。そろそろヤツラに術をかけねば、間に合わなくなるのではないか?」
「そのようですな。では、そろそろはじめましょう。すべては計算通りですので、ご心配めされるな」
元帥はそう答え、ゆっくりとした足取りで俺の方へ歩み寄る。
そしてヒラリと俺の馬に飛び乗り、俺の背についた。
儀式とは思えない意味不明な行動に、皇子はじめ周りの誰もが言葉を失った。
だがやがて皇子の怒鳴り声が響く。
「ザルバドネグザル! なんだ、それは! なぜ馬に乗る!?」
「ノーブレン殿下。じつは自分は、あの魔蜘蛛を操る術を失っておるのですよ」
「な、なんだと!!?」
「【聖者の石】という、儂が長年を費やして作った超高次魔石を失いましてな。あれがなければ魔界の魔獣を操ることができんのじゃ」
「で、では、先ほどまでやっていた儀式は何だ!? このような大がかりな儀式を準備させたのは何故だ!?」
「魔蜘蛛をこの場所へ呼び寄せる術だけは本当です。そして、もう一つ準備していたことがありましてな」
元帥が印を組むと、その体から何やら霧のようなものが出て、馬ごと俺達をつつんだ。
「わが姿を魔界の者より隠し見えなくする術です。では殿下に参謀長殿、並びに諸君ら。お別れじゃ。生き延びたならまた会おうぞ」
ああ、やってくれたな元帥。
先の失敗で、この名将と言われた爺さんも耄碌したのかと思ったが、なかなかどうして、やるじゃないか。
元帥の合図で俺は馬を走らせる。
「ま、待て! きさまら、このままいかせると思うか! 者ども、ヤツラを射よ!」
「ヒィィィ! 殿下、いけません!魔蜘蛛が来ます! ヤツラのことより速く逃げなくては!」
「待てゼイアード! 私も乗せていけ! うわぁぁああ!!!」
「馬だ! 急いで馬に乗れえええ!!!」
「ダメだ! 速すぎる!! 間に合わないィィィィ!!!」
後ろからは幾人もの阿鼻叫喚のけたたましい悲鳴。
だがやがてそれは「グチャグチャバキバキ」という、人の体を喰らうおぞましい音にかき消されていく。
そんな恐るべき魔界の魔獣魔蜘蛛も、本当に俺たちの乗る馬には一体たりとも興味をしめさなかった。
魔蜘蛛の餌場から十分に離れた荒地の真ん中。
日も暮れかかったので、俺とザルバドネグザル元帥はそこで野宿することにした。
「さて、これで俺達はドルトラル帝国に戻ることはできなくなっちまったな。で、元帥。なぜ俺が元帥の言う通りにすると踏んだ?」
「お主には儂に借りがあるからの。それにお主は帝国に家族のようなものはいない。立場が危うくなった今、国を捨てるにためらいはないと踏んだのじゃ」
「なるほどねぇ。たしかに大して頭を使うことでもないな。ともかくだ。どこぞの街に着いたら、俺達はそこでお別れだ。それでアンタが剣奴から引きあげてくれた借りは返したと思っていいな?」
「いいや、そうはいかん。ワシの秘宝である【聖者の石】をサクヤという者に奪われたままじゃ。それを取り返すまでワシに付き合ってもらおう」
「はぁ? おいおい元帥閣下……いやザルバドネグザル。そこまでする義理はないぜ。それより互いに文無しだ。そんなことに執着するより、明日のメシをどうするか考える方が先だろう」
「金か。ほれ」
「ジャラリ」とザルバドネグザルの袖から大量の金貨がこぼれ落ちた。
「いくらでもやろう。しばらくワシにつき合え」
「なっ!? どういうこった。こんな大金、どこに隠してたんだよッ」
「話くらいは聞いたことがあろう。【空間魔法】というものじゃ。これでワシは身に着けている服に蔵をつくっておるのじゃ。サクヤという冒険者ふぜいにも、これの相当な術者がついておって、してやられたがな」
短剣が大剣に変わったり、いきなりどこからか人が現れたりしたアレか?
ヤツの名を聞けば、あの時の屈辱を思い出す。
仕事とあらば、ヤツともう一度戦う理由にはなるな。
俺は金貨の山から六枚だけを拾った。
「手付けとしてこれだけいただくぜ。そんな金貨の山を持っては歩けねぇしな。サクヤを倒し、その石を取り返せばいいんだな?」
「そうじゃ。やるか?」
「ああ。アイツにゃ借りもあるしな」
そういや、トロかった後輩の仇もあったな。
待っていろよサクヤ。
今度はきさまが俺の襲撃を喰らう番だ!




