27話 その英雄、色を好む
――ガキィンッ
(えっ!?)
空から落下し、ザルバドネグザルを斬った瞬間だ。
刃が心臓へ達する直前、何か硬いものに当たり、奴の体は弾かれ刃が逸れた。
バランスを崩しながらも、どうにか受け身をとって地面に到達。
しかし……
「そんなバカな!? 【稲綱落とし】は手持ちの剣術スキルでも、最高の威力を持っているのに!」
「がはっ……」
深手を負ったザルバドネグザルは「ドウッ」と地面に倒れ伏す。
その胸から、大きな輝く石が零れ落ちた。
それが足元に転がってきたので、つい拾い上げてしまった。
「これが……こんな物が【稲綱落とし】を弾いたの? いったい何なんのこれ?」
「くっ……かえせ! 【聖者の石】を……それは、きさま如きがふれて良いものでは……ない……」
ザルバドネグザルは深手を負っているにも関わらず、これに異常な執念を見せている。
自分の仕事を思い出し、奴にトドメを刺そうとしたのだが。
「元帥はやらせねぇ! 邪魔させてもらうぜサクヤ!」
「ボクも戦います! よくも将軍の方々を!」
ほんの少し気をとられた瞬間、二方向から殺気が迫ってきた。
まずゼイアードの刃を弾き、もう一方にメガデスをふるう!
……おうとしたのだけれど、その相手を見て思わず刃を止めた。
「アーシェラちゃん……」
メガデスは「ピタリ」アーシェラちゃんの喉元寸前。
「危ないなぁ。思わず切っちゃうとこだったよ。でも無事で良かった」
「バ、バカにして! ボクも誇り高き帝国近衛の聖騎士!……見習いだけども。けど、こんな時、命をかけて戦う覚悟はある! 『アーシェラちゃん』とか言って子供扱いはやめてもらおう!」
「あ、そういえば敵だっけ。弱ったな」
そんなやりとりの間にも、ゼイアードは激しく猛攻をしかけてくる。
「おいおい、どうした? まさかお前、この見習いに惚れたか? 剣先が鈍いぜ!」
ゼイアードは先ほどのような不覚はとらず、こちらに間断ない猛攻をしかける。
時にはアーシェラちゃんの後ろに隠れたりして、こちらに決め手を打たせない。
マズイ!
スキルを発動させれば、アーシェラちゃんの命は確実に奪ってしまう。
されど反応速度の異常な獣人騎士に、スキルなしで対抗できるはずもなし。
先ほどとは真逆に、防戦一方になってしまった。
その間にザルバドネグザルは護衛に抱えられ離れていく。
そして辺りを見ると、新手は次々とこちらに向かってくる!
(ああもう! どうしたら!?)
と思った、その時だ。
―――ズズズン!
突如、地響きがした。
それに伴い、ここではない場所からたくさんの人間の悲鳴が阿鼻叫喚と聞こえてきた。
何事かと見てみると、なんとザルバドネグザルの召喚したという巨大な蜘蛛の魔獣が好き勝手に動いているのだ。
しかも帝国兵を襲い、グチャグチャ喰らっている!
「魔蜘蛛が! ザルバドネグザル元帥の意識が途絶えたからか!?」
「マズイです! 兵士のみんなを食べています! どうしたら……」
やがて蜘蛛魔獣の一体が、凄い勢いでこちらに向かって這い寄ってきた!
スピード速!
逃げるのが遅れたら、食べられちゃう!!
そして向こうからはラムスが私を呼ぶ声がする。
「サクヤぁ! ここまでだ! 撤退しないと、お前まで喰われるぞ! さっさと来い!」
「そうは言っても、ゼイアードの奴に背中を見せるわけには……いない!?」
「ええっ!? センパイどこですかぁ!?」
辺りを見ると、ゼイアードの奴はすでに遠くへ逃げていく姿が見えた。
アーシェラちゃんは置いてけぼりか。
何て奴だ!
「うわあああっ! 魔蜘蛛が来るうっ!!」
蜘蛛魔獣はさらに接近し、、兵士を次々に「グチャグチャ」食べながら迫って来る!
反射的に逃げようとするアーシェラちゃんの手を強く握った。
「アーシェラちゃん、こっち!」
「え? ち、ちょっと!」
アーシェラちゃんの手を掴み、グイグイ引っ張ってノエルの開けた転移ゲートへ向かう。
転移ゲートの前でガードをしていたラムスは、アーシェラちゃんを胡散臭そうな目でジロリと睨む。
「おい、何だその帝国騎士のガキは?」
「悪いね。この子もいっしょに連れていってよ。お願いだからさ」
「サクヤ様ラムス様、転移ゲートがもう持ちません。早く中へ!」
転移ゲート向こうのノエルの言葉で、ラムスは面倒くさそうに言った。
「チッ、もういい。そいつごとでいいから、早く入れ!」
私達はもつれるようにゲートの中に入った。
続いてラムスも入ってきた瞬間、ゲートは消えた。
見回すと、そこは私達が住居にしている宿屋の部屋。
この見慣れた光景にホッと一息。
私達の他にはロミアちゃん、ノエル、レムサスさん。
「サクヤ様、首尾はどうだった?」
「その場にいた将軍はあらかた倒したけど、司令のザルバドネグザルは仕留めそこなった。もっとも深手は負わせたから、当分ドルトラル帝国軍は機能不全ってとこかな」
「そうですか。では、すぐに帝国軍が街に襲い掛かってくることはありませんね。この間に何とか王国軍の救援を呼ぶことが、次の手になりますね」
「いや、レムサスさん。残念だけど、それどころじゃない事態が起こっているんだ。ほら、壁の向こうからすごい悲鳴が聞こえてくるでしょ」
「……たしかに。あれは何に悲鳴をあげているのですか? サクヤ様はもうここに居るのに」
「ザルバドネグザルが操っていた魔界のモンスターってやつが勝手に暴れて、帝国の奴らを食っているんだ。奴ら、大混乱だよ」
「そ、そうだ! きさまら、よくも! よくも元帥閣下や将軍方をやってくれたな! 元帥閣下のお慈悲を足蹴にしたあげく、卑劣な襲撃に使って! みんなボクが斬り捨ててやる!」
手に持った剣を振り上げるアーシェラちゃん。
「えいっ」
その背に、メガデスを乗っける。
アーシェラちゃんは重さで「ベチャッ」と倒れた。
「くそおおおっ! 元帥閣下将軍の方々の守護の役目も果たせず! 敵に捕まり虜囚の恥辱をさらすとは、騎士にあるまじき失態! くっ、いっそ殺せぇ!」
「サクヤ様? この子、私達を案内してた騎士だよね。どうして連れてきたの?」
「え、えーと、それは、その……」
弱ったな。
理由は、ターゲット七人の女の子の一人だからだけど。
説明が難しいな。
「ああ、この人、可愛いですからね。サクヤ様のお目にかなったのですね」
ノ、ノエル?
「そういう事ですか。万の敵陣を切り伏せくぐり抜け、手みやげまで拾ってくるとは。これは、まさに英雄の所業ですね」
レ、レムサスさん! そんな冷たい目で見ないで!
「ふーん、すごいなぁ。私なんて、サクヤ様が無事に帰ってこられるか気が気じゃなかったのに。すごい余裕だったんだね、英雄さん」
ロ、ロミアちゃん? 笑顔が怖いよ!
「うおおおおおっ何ということだ! たしかに英雄たる者、敵陣で女のひとりも拾ってこねば、そうは名乗れん! サクヤよ、今度ばかりはオレ様の完敗だ!」
何の勝負なのよラムス!
「違うんだ、みんな! みんなが考えていることはすべて誤解なんだ!!」
「へーえ。じゃ、この子を連れてきた、どんな深い訳があるのか教えてくれるかな?」
それはクエストで、アーシェラちゃんをメロメロのアヘアヘにするために……
あれ? ちっとも誤解になってなくない?
結局どんな言い訳しても、『英雄色を好む』で結論になってしまいました。
誤解じゃないけど、誤解なんだよー!
ザルバドネグザル暗殺計画決着!
つかまえたアーシェラの運命はいかに?




