152話 ふたたびの魔人王対決
「つまり、ザルバドネグザルは精霊王を使ってナニカをしようとしている。それは世界的な危機の可能性がある、というわけだね」
ユクハちゃんとホノウと反対方向に向かわせたあと、私と真琴ちゃんは強い魔人の気配の方向へ向かい歩く。私はスマホでお兄ちゃんから話を聞きながら。
『そうだ。アレに眠る力を使えば、世界を大きく変えることができる。そしてザルバドネグザルの知力なら、それが可能だ』
「こわいな。どんな世界に創り変えようとしてるんだろう」
『それを知る必要はない。ぜったい阻止しろ。人が住めなくなる世界にされるかもしれん』
「そりゃ大変。どうあってもアイツを止めなきゃね。でも勝てるかな?」
魔人王と直接対峙したときには、まともに戦ってはいない。ただ一撃あてただけだが、しかし私の手に負える相手でないことはなんとなく分かったのだ。
『心配はいらん。アイツは今まで幾度もの自殺で大きく生命力を減らしたはずだ。どうやらその呪縛は解いたようだが、弱体化はしている。お前の力で十分倒せるはずだ』
「だといいけどね……っと、そろそろ出会いそうだ。じゃ、スマホは真琴ちゃんに渡すよ。なにかアドバイスがあったら、真琴ちゃんを通して伝えて」
お兄ちゃんとの会話を切り、通話状態のまま真琴ちゃんに渡す。
「咲夜さん、バフを精いっぱいかけます。なんとしても魔人王をここで食い止めてください」
「負ける気はないよ。お兄ちゃんがここまで言うなら、本気でヤバイんだろうからね」
真琴ちゃんは私に【光の加護】をかけて後ろにさがる。五分間スピードとパワーが飛躍的に上がる補助魔法だ。じつはユクハちゃん戦の前にもこれをかけてもらっていたので、あれだけ短時間でユクハちゃんのふところに入れたのだ。
「さぁて、来たね」
靄のたちこめるメガブリセント。鳴り響く足音のその向こうより、以前に見た魔人王の巨体が現れた。私もあの姿を見たのは、あのひと時だけ。それでもすべての災厄の元凶であるヤツの姿は忘れやしない。
「ザルバドネグザル、久しぶり」
穏やかな挨拶と裏腹に、構えも見据える目つきも獲物を狙うそれ。
ヤツも私の姿を見ると足を止めた。
「サクヤか。今のメガデスの所有者。貴様にわしが倒せると思っているのか。どくがいい」
「ためして良いかな? アンタの不死身性がまだ健在か知りたいんだ」
圧倒的な威圧感に負けず相手を細かく探ってゆく。なんとなくだが、焦りのような気配をわずかに感じる気がする。
「遊興につき合う気はない。どけ。どかねば消す」
「消してみなよ。私がアンタの障害物になれるかどうか、私も知りたいんだ」
カァァァァッ
バシュンッ
私に向けて放たれた魔力光が放たれた。瞬時にメガデスで相殺して消滅させる。
速い。魔力の起こりから魔法の発動まで、まったくタイムラグがなかった。
だけど今の私は真琴ちゃんのバフがかかっている。ゼロコンマ以下のスピードにも反応出来てしまうのだよ。
「…………次は?」
いったん戦闘が始まったら、相手に主導権を渡さないために先手を取り続けることは定石。されどザルバドネグザルはたったの一発でやめてしまった。
「ひょっとして次は私のターンとか? さすが魔人王さま。戦いに遊びを入れるとか、余裕だね。んじゃ、遠慮なく」
スキルの発動の中、ヤツが小さく発した「クッ」という呻きを聞き逃さなかった。
やはりさっきの魔力光が、今のヤツの全力。
発動のスピードを極限まで高めた不意打ちでしか、私相手に勝機は見込めなかったのだ。
「スキル【大切斬】!!」
ズアアアアアッ
最強スキルの斬撃は、ヤツの体の一部を完全に寸断した。
されどヤツの体はたちまちに再生し、何事もなかったかのように復元した。
……はた目には。
「相変わらずの不死身ぶりだね。でもそれをあと何回できる? 十回? 二十回?」
「……………………」
「こういう時はハッタリをきかすものだよ。沈黙じゃ、あんまり余裕がないのがバレバレだ」
「無駄な茶番はしない。どうやら、わしの限界は見えているようだな」
「まぁね。さっきの再生、けっこうギリギリだったろう? 再生したとき存在の圧がガクッと減ったからね。どうやら楽勝っぽいね。さっきまで強敵の連戦だったから助かるよ」
魔獣女帝のユクハちゃんに精霊王という最強二連戦。真琴ちゃんがいてくれて助かった。あの子のヒールがなかったら力尽きていたところだ。
メガデスをかまえ直し、本格的に勝負に出ようとした時だ。
「メラ、行け」
その言葉とともに、ヤツの肩からヒラリと人影が舞い降りた。
「なんだよ。腕を治してくれたと思ったら、またまたコキ使うのかよ。しかも相手はサクヤさんたぁ、無茶言ってくれるぜ」
突然出て来た意外な人物に、ちょっと驚く。そういえば、こっちの世界に来ていたんだったか。
「ふぅん。メラ、そういうこと? そいつのために私と戦うんだ。そういや将棋魔人の一件でも影にかくれて何かしていたね。それも、そいつの命令かな?」
「ああ。どうやら使徒ってモンにされちまったんでな。しょうがねぇ」
ぶっきらぼうに、とても戦闘に入るとは思えない無防備さで私の前に立つメラ。
「ああ、まったくしょうがないね。もう、ただの不良ではすまないんだから」
メガデスを本気になってかまえる。
「ま、いいけど。魔人王サマの危機にアンタがどうにか出来ると思えないけどね。立ちふさがる敵として、相手をしてあげるよ」
もちろんコロスことも考えねばならない。けど、出来るだけ殺したくないな。と、後ろから真琴ちゃんの声が響いた。
「咲夜さん、岩長さんが怒鳴っています。そいつと遊んでないで、速攻で無力化してザル……ええと、魔人王を完全に倒してしまえと。時間をあたえれば何をするか分からないそうです」
さすがお兄ちゃん。たしかに考えてみれば、これはアイツの時間稼ぎ。楽勝でも、魔人王相手にナメた戦い方は命取りになりかねない。ならば速戦速攻。
「了解、と伝えて」
真琴ちゃんにそれだけ言うと、速攻でメラに突き進む。
驚愕するメラの顔がスローモーションのよう。
されどこの程度の相手にメガデスは使わない。膝蹴りで腹に一発。
「ぐふッ!?」
グラリと倒れるメラの体を踏み台に、本命であるザルバドネグザルに斬りかかる。
「スキル【疾風襲狼牙!!】」
威力より手数。敵に反撃の隙を与えないほどに連続してメガデスを叩きこみ、ザルバドネグザルの巨体を切り刻む。
そのたび幾度も再生し復元するが、かまわず攻撃を続ける。
やがて再生が追いつかなくなり、だんだんヤツの体は崩れてゆく。
ついにはヤツの肉体は完全に破壊され、肉片はバラバラになり、そのまま再生も復元もしなくなってしまった。
「ハァー、ハァー、やった……よね?」
一面広がるヤツの肉片がピクリともしなくなったのを確認し、やっと呼吸をした。
息は絶え絶え、体は疲労のカタマリで、その場にへたり込んでしまう。
真琴ちゃんのバフがあったとはいえ、そうとう無茶な無呼吸運動をしてしまった。しばらくは動けそうもない。
「ハァハァ、ま……こと、ちゃん。お兄ちゃんに連絡してくれる? ザルバドネグザルは完全に倒したって。それと肩かしてくれる? しばらく自力で動けそうにないよ」
「はい、ご苦労さまです。…………えっ!?」
突然、後ろの真琴ちゃんが驚愕の声をあげた。
「ど、どうしたの?」
「あの……倒れていたメラさんがいきなり起きて、すごいスピードで駆けていきました」
メラが? 忘れていたけど。アイツ、逃げ足がすごく速いのかな?
――『やられた!! 糞、そういうことかぁ!!!』
と、真琴ちゃんの持っているスマホからお兄ちゃんの叫びが大音量で聞こえた。
勝った………はずだよね? でも、どうして、こんな胸騒ぎがするんだろう?




