145話 魔人王の最期に見る夢は【ユリアーナ視点】
また新たな設定考えちゃったよ。八割くらい書いた分を全部削除した。
オルバーン家領主館。その執務室には、新たな主となったユリアーナが資料を読み漁っていた。
「フム、さすが貴族筆頭オルバーン家。領外のことをよく調べておる。あのカールスという補佐官、殺さずに正解であったな。資料を持ってこさせるのにうってつけよ」
夢中で王都や周辺領の調査資料を読み進めるユリアーナ。
しかし誰もいないはずのその部屋に、ふいに何者かの気配を感じた。
扉を開けずに侵入する何者か。おそらくは術者か魔物か。しかしこれほど静かに侵入を果たせるなら相当な者だろう。
「誰じゃ? 妾の部屋に無断で侵入する命知らずは」
すると物陰から、影のみが部屋の中央に這い寄ってとどまった。それはみるみる人の形を成して実体となって顕現した。その姿は金髪で小柄な若い男の姿であった。
「人間だと? その術は魔物の使用するもの。なのに何故、人間であるオヌシが使える」
「初めまして、だな女王さま。俺の名はメラ。ルルアーバって道化から使命を引き継いだ者だ」
「ルルアーバ………何者じゃ? 聞いたことのない名であるはずに、なぜか聞き覚えがある気がする」
「アンタのお上の分身だったからな。アンタを縛る誓約が記憶してんだろう」
「ではオヌシは陛下の使徒か。残念じゃ。無礼の報いを授けることができん」
「使徒、ね。まさか、そんなものにされるとは思ってもみなかったが。で、そいつは先日死んだんだが、俺はその能力と使命の継承を受けた。ここに来たのもそのためさ」
ユリアーナは眉をひそめた。ヤツの使命とやらが陛下の意思であるなら、自分はそれに逆らうことは出来ない。たとえ、自分の身がどのようなことになっても。
「………そうか。して、そなたの使命とは、剣王抹殺に失敗した妾を殺しにでも来たか?」
「んん? 何のことだい。アンタは何も失敗しちゃいない。命じられた通りザルバドネグザル陛下が生んだ最強魔獣を使役してサクヤさんと戦ったろう。ちゃんと使命は果たしている」
「戦いはしたがな。結果は詰めを損ない取り逃がした。妾の経験上、死ぬほどの敗北を喫しながら生き延びた者は、おそろしく手強くなる。剣王抹殺の難事はさらに深まったと言えような」
メラは頭をポリポリ搔いて何と説明したものかを考える。しかしその意味は自分でも分からないことに気がついて、そのまま言うことにした。
「誤解があるみてぇだな。陛下のアンタへのご下命はサクヤさんの抹殺じゃあないぜ。ただ戦え。それだけだ。アンタはちゃんと役目を果たしている。余計な心配はすんなって」
「なにッ!? どういうことじゃ。”戦え”とはすなわち相手の抹殺であろう。なのに結果は問わぬと申されるか、陛下は!?」
「らしいな。理由は俺も分からねぇが。で、俺はその一環としてこの場に来させられた。どうやら俺にも何か役割があるみてぇだぜ」
「しかし剣王は妾がユクハを魔獣に変えたと思うておる。命ある限り妾をつけ狙うであろうな。陛下のご使命で無くとも、妾としては殺すしかないが?」
「ああ、好きに戦えよ。さて。顔合わせもすんだし、俺はアンタとサクヤさんの戦いを見させてもらわなきゃなんねぇ。今夜は泊めてもらうぜ」
「部屋を用意させる。使者どのはゆるり滞在なされるが良い」
「『早く帰れ』って聞こえるから不思議だな。ま、どうあれ今夜一晩だがな。サクヤさんの様子を少し見てきたが、どうやら間を置かずアンタとやり合う気のようだ。夜明けには来るぜ」
「早いな。策も練らず人も集めず挑むか。妾としては、策を入れる隙も無く一番やっかいじゃ」
「なんだ、あれほどの魔獣を持っていながら小細工に頼るつもりだったのか? 意外に小心だな」
ユリアーナは『なにも知らぬ子供が』と心の中で悪態をついた。アレを操ることがどれだけ薄氷を踏む想いであることか。
あまりに強い力を使わせては制御がきかなくなり、どんな暴走をするかわからない。
現に昨夜の剣王との戦いではあまりに昂ってしまい、メガブリセントを徹底的に破壊させてやっと静まったのだ。
「俺はアンタとサクヤさんとの戦いで何をさせられるやら。ま、俺も使命とは別に楽しむことにするぜ」
ユリアーナはメイドを呼び、メラを客間へ案内させる仕事を言いつけた。
さて。剣王との勝負に勝敗が関係しないとなれば、どうするか。いや、その意味するところとは?
「愚かじゃったな、妾は。あのザルバドネグザル陛下が、復讐に囚われるお方でないことなど知っておったろうに」
ザルバドネグザル陛下はユクハの魔獣化にそうとう力を与えた。遠からず崩御なさるだろう。
だが、命を削るその行為が復讐のためでないとしたら、目的は何だ?
いったい自分は何に巻き込まれている?
「すべては明日。剣王サクヤとの戦いになにかが起きるということか。告げに来たは幸いか災いか」
災いに決まっておろう。魔人王陛下の使者だぞ。
陛下はおそらく、近く自分の命が尽きることを予感した。ゆえに命を削る大きな賭けに打って出たのであろう。
が、それに巻き込まれる妾も無事という保証はない。
「恐れるべきは剣王なぞより陛下であったか」
ユリアーナは疲れたように深く椅子にもたれた。
魔人の頂点に君臨せし大いなる魔人王ザルバドネグザル陛下。
その最期に見る夢とは、いったい――
そして翌朝。
メラの言った通り剣王サクヤと他二人はやって来た。もっとも夜明けから数刻ほどたった頃だったが。
「遅かったな。間を置かず来るなら夜明けとともにと思うたが」
サクヤは妙に疲れたような顔をしていた。そして少し怒ったように答えた。
「私たちが来ることは予想してたというわけか。なのに何の仕掛けも罠も無いってのはどゆこと? 全力で探し回っちゃったよ」
「ご苦労だったな。そんなものはない」
「そんなにユクハちゃんに自信あるってこと? いや、どんな状況であれ、策を使わないアンタなんて考えられないね。何かしかけてるんだろう?」
「ない。それより、そなたの目的は妾の策などではなく、これであろう。望み通り存分に戦うがよい」
ユリアーナはサクヤの目の前で何の細工もなくユクハを召喚した。六つ首の犬の背に彼女の体がついた魔獣。まぎれもなく彼女だ。
「…………奇襲もなしか。いくらなんでも戦いをナメすぎじゃない? 私としては足をすくうだけだけどさ」
「戦い、か。じゃが、その勝敗に意味はない。この戯れの意義は変わった」
「…………どゆこと?」
「しゃべり過ぎたな。オヌシに話すようなことではない。聞き流せ」
「なんか調子狂うな。たしかにアンタの気配、私をハメてやろうって感じはしない。それに妙にやる気が無いように見える。何があった?」
「そなたには関係ないことじゃ。それより、こうして話していてもしょうがあるまい。始めるとしようぞ」
「そうだね。アンタの言う通り、策を探すのも腹の内を探るのも飽き飽きだ。ここから先はぶつかって聞くことにするよ」
サクヤは背中の剣を抜き、腰を沈めて臨戦態勢をとる。
その据えた目に誘われるようにユリアーナは叫んだ。
「ゆけ、ユクハ!」
「行くよ、ユクハちゃん!」
瞬間、二つの獣はぶつかり合って戦いは始まった。




