144話 決戦へのプロローグ
メガデスの鞘のバンドを結わえ直し、ふたたびそれを背に負う。
「それじゃ真琴ちゃん、行こうか。ホノウ、ゼイアードはまかせたよ」
「待て、サクヤ」
呼び止められた。文句でも言われるのかと思ったけど。
「俺にも手伝わせろ。こうなりゃアンタの無謀な賭けに俺の命も上乗せだ」
「いいの? 君はオルバーン家の従家術師。領主様を助けて街を脱出するとか、やる事があるんじゃないの?」
「立場は……そうだろうな。けど、俺のやりたい事はそれじゃない。その立場を貫いたら、最後にはユクハを殺す作戦にも参加しなきゃならなくなる」
「そうだね。私もそうなりそうだから、今私たちだけで戦う道を選んだ」
「だったら理由を説明する必要なんてねぇよな。要は同じってだけだ。ま、方法は気に入らねぇがよ」
「悪い。本当に悪い」
私はすべてを捨てて助けようとするホノウに、彼女の「ああん♡」なシーンを見せつけねばならぬというのか。神よ。あなたはどこまでホノウにNTRの試練をお与えになるというのですか。
「それで三人であの最強魔獣に挑むわけですか。咲夜さんが前衛、ぼくとホノウさんが後衛で支援って形になりますね」
「いいや、ユクハちゃんに挑むのは私ひとりだ」
「ええっ! それは無茶じゃ?」
たしかにユクハちゃんの力はケタ違いだ。それでも私がメガデスを握れば、その苛烈な攻撃にも耐えられる。問題はむしろ、その背後にいるアイツだ。
「忘れちゃいけないことがある。向こうの支援にユリアーナがいるってことだ。アイツが後衛に居たんじゃ、とてつもない嫌な手を打ってくるだろうね」
「なるほど。つまり俺たちはユリアーナと戦うわけだな?」
「うんそう。勝たなくていいから。私とユクハちゃんが戦っている間、何も出来ないようにしてほしいんだ。いわゆる遅滞戦術ってヤツ。それをお願い」
「わかった。正直、助かる。ユクハのあの姿を見て冷静でいられる自信はないからな。逆にユクハをあんな姿にしたユリアーナ。ヤツは絶対許さん!」
「遅滞戦術だって。それは徹底してほしい。アイツの謀略は並みじゃないからね。ヘタに勝ちを狙ったら、どんな罠にハマるか」
「ああ。だが、倒してしまっていいんだろう?」
やる気満々だね。けど相手が策の多い奴だけに、こんな状態じゃヤツの術中に簡単にハマる気がするな。そうだ、また『笑顔は大事』でやってみようか。
「ホノウ、笑っていこう。そんな恐い顔してないで」
「あん? これから決戦だろう。笑ってる場合か」
「違う。私たちはユクハちゃんを迎えに行くんだ。彼女を迎えるなら、やっぱり笑顔じゃないとね。あはは」
「………そういや、アイツに似たような事を言ったことがあったな。フッ、だがよりによってアンタに聞かせるとは」
一瞬には皮肉げな笑みを浮かべるホノウ。
だけど次には大笑い。
「うわはははははははっ! ユクハ、逢うのは本当に久しぶりだなぁ。俺も少しはマシな術師になったところを見せてやるぜ。わははははははっ」
ふふっ、ユクハちゃん。本当に君の心に強く残るのも無理のない笑いだね。未来の不安も悲しみもすべて吹き飛ばすような豪快さだ。私も負けていられないな。
「あはははははっ。ユクハちゃん、今行くよ。みんな君のことが大好きだ」
「ぼく、ユクハちゃんってのを知らないんですが。まぁ笑いますけど。あーはははっ」
三人の笑いは朝焼けの空に吸い込まれるように響き渡っていった。
ゼイアードが自分のブザマを笑われていると思って密に涙していたのは、まぁ、後で聞いた話だ。
一方、その頃のメガブリセントの被害は甚大だった。炎が嵐に巻かれて街中を焼き尽くし、地面から吹きあがる間欠泉は家と人と馬車を吹き飛ばし、断続的におこる地震は家と施設を倒壊させた。一夜にして大都市メガブリセントは死骸と瓦礫だけの廃墟と化してしまったのだ。
「こんなことって……これは現実のことなんですか」
ミレイはこれほどの大崩壊でも唯一無事な領主館の庭園から、街の惨状を見て叫んだ。
「さぁの。吾輩らは悪夢を見ているのかもしれん。貴族随一のオルバーン家が……こんな有り様とは」
カールスは館内に残った使用人全員を庭園に集めた。これからの善後策するためだ。
「皆の者。とにかくこの館だけは無事だったのは幸い。男共は当主の兄上を捜索。女どもは……」
――「無用じゃ」
ふいに響いた威圧感のある女性の声。
その声に皆が振り向くと、いつの間にやら女王然とした女が立っていた。それだけではなく、女の上半身が六つ首の犬をした下半身にくっついている恐怖のモンスターとともに!
「あ、ああ……ユリアーナどの? 本当にそれを操っていたのがあなただったとは……」
「フフフ、この館のみが無事だったのを偶然と思ったか? あえて極力被害をおさえさせたのよ。今宵の妾の寝間にするためにな」
「な、なんだと!?」
「ザワリ」と家職の者たちに動揺が走る。
「さて、汝らに問う。妾の使用人をつとめる者はおるか?」
「なっ!? ふざけるな! わが領をさんざん荒らし、今またメガブリセントを破壊した悪党が!! ……グエッ!!」
ユリアーナにタンカをきった気骨ある使用人は、「パンッ」と頭が破裂した。
その光景は、それを目撃した者たちに恐慌を引き起こした。
「ヒッ、ヒアアアアアッ! こ、殺されるゥゥゥッ!!」
「に、逃げろォォォォッ!!!」
パパンッ パパンッ パパパパパンッ
踵を返して逃げようと試みた者たちは等しく頭を破裂させて死んだ。
「断る者は当然殺す………と、忠告する前にはやりおって。が、まぁ、女どもが残ったなら良いか。汝ら、あらためて命ず。妾の下僕となりて働け。この命に不服ある者は前に出よ」
女中たちは一斉に整列し、新たな主に会釈する。
「あ、ありません! 我らオルバーン家家職一同、誠心誠意をもってユリアーナ様にお仕えいたします!」
「良かろう………むっ? おぬしはたしか、領主の補佐であったな」
ただ一人、男で生き残ったカールスをジロリ眺めてつぶやいた。腰を抜かしたせいでその場にとどまったのだ。
「殺すか」
「ヒィッ!!」
。 「………いや、行け。見逃してやる」
ありがたいッ! お礼を言ってそそくさと立ち去ろうとした瞬間、カールスの体から冷や汗がドッと出た。そして察した。これは嘘だと。
見逃すつもりなどない。ただ吾輩の死体を見るのが嫌なために、この場を離れさせた後に始末するつもりなのだ。カールスは逃げ出すより土下座を選択した。
「おおおおおお待ちくださいッ! このカールス・オルバーン誓ってユリアーナ様のお役にたってみせます! どうか麾下に加わることをお許しくだされ!」
「……チッ、気取ったか。カンの良い奴。まぁいい、猶予をやる。その間、妾の役に立つところを見せよ。よいな」
「ははあああっ! ユリアーナ様の寛大なご配慮、まことに感謝の極みであります。誓ってお役にたって見せましょう!!」
こうして、オルバーン家領主館はユリアーナの根城となった。
そして決戦の地もこことなる。




