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142話 笑顔のちから

 ゼイアードとホノウはその夜、小高い丘の上でメガブリセントを襲う魔法の嵐の様を見続けた。

 炎は渦巻き、雷は鳴りやまず、地鳴りは響き、時おり間欠泉が高く吹きあがる。およそありとあらゆる災厄がメガブリセントの壁内へ降り注ぎ続けた。壁の向こうは地獄。いったいどれだけの人間が生き残れるか知れない。


 「なんてバケモノだよ。本当にたった一体であのメガブリセントを滅ぼすのか」


 「あれは……化け物ではなく、もはや神だ。ユクハは精霊界から無数の精霊を召喚してあの破壊をもたらしている。このままでは世界は滅ぶ」


 「は? いくらあの女でも、そこまではやんねぇだろ。ユリアーナの目的は、あれを使ってゼナス王国のヤツラを支配することだろうからな」


 「そうじゃない。あのままあの力が行使され続けては、精霊界の深淵にいる危険な精霊までもこちらにやって来る可能性があるんだ。以前、王都を凍らせたペギラヴァのようなものが。何体も」


 「なにィィィッ!!?」


 「ゴクリ」とゼイアードは唾を飲み込む。


 「じゃ、じゃあ、一刻も早くアイツを退治しなきゃなんねぇじゃねぇか! 世界が滅ぶ前に」


 「……………………ぁぁ」


 ホノウの声は小さく微かに震えていた。


 一方、その頃の私はみんなとは少し離れた場所で素振りをしていた。魔獣となったユクハちゃんを斬るためのイメージトレーニングだ。


 ブウウンッ ブンッ ブンッ


 「ハァハァ、やっぱり、どうしても遅い。剣術スキルが発動してない……いや、私の心が奥底で止めているのか」


 今夜、何度目かの素振りをして、ようやくそう結論づけた。

 どうやら私は斬りたくないものは、どうしても切れない性質(タチ)らしい。


 「朝………か。ユクハちゃん。やっぱりキミは斬れないよ。私たち、仲良くなりすぎちゃったね」


 朝焼けの中、メガデスを置いてゴロンと横になった。

 朝の光が、在りし日に彼女と迎えた朝を思い出させる。


 「ふふっ、可愛かったな」


 それは彼女が七賢者になる少し前の、私が王都に滞在していた時。彼女と暮らしていた頃の、ある日のこと。


 「ユクハちゃん、ホノウを好きになった切っかけって何なの?」


 「なぁに。今さらそういう事を聞くのは意地悪だよ。こんな事した後なのに」


 たしかにエッチした後のピロートークでする話じゃないな。でも、急に聞きたくなったんだから仕方ない。


 「ごめん。だけど私って、男の人を好きになった事がないからさ。前の友達は、好きな男の子の話をする時はみんな楽しそうだった。だから男の人を好きになる気持ちって、どんなんだろうって思ってね」


 「ふうん……いいんじゃないかな。女同士でこんな関係になったりもしてるけどさ。やっぱり、すごく大切なことだと思うよ。男の人を好きになる気持ちって」


 そうか、大切か。なのにNTRしてごめん。女なのに。

 ホノウのことを思い出す時はちょっと切なそうな、なのに楽しそうな顔をしているユクハちゃん。


 「ホノウくんを好きになった切っかけはね……うん、やっぱり笑顔かな」


 「笑顔? それだけ?」


 「うん。多分、もっと色々あったのかもしれないけどさ。一番に思い当たるのはそれ。修行がつらい時も、お金が無くて心細い時も、ホノウくんはいつも頼もしく笑っていた。それでいつの間にか好きになってた」


 「ふうん、そういうものかな。男の人を好きになるって」


 そうは言ったものの、やっぱりよく分からなかった。その時は。

 今ならわかる。ラムスもよく笑う奴だけど、それに惹かれている自分がいる。

 ああ、ラムスに逢いたいな。あの「ガハハ」って笑いで元気づけてほしいよ。


 「笑顔は大事だよ。ある時、難しい召喚精霊を隷属させる儀式をやってた時ね。わたし、失敗したらどうしようとか、ちゃんと手順通りにやれるのかって、すごく緊張してたんだ。そしたら、ホノウくんが『ちゃんと笑え』だって」


 「……? 意味わかんないんだけど。大事な儀式なのに笑えってなに? ふざけてんのかって先生に怒られちゃうんじゃない」


 「ふふっ、『俺たちは精霊を従属させるんじゃない。友達になるんだ。だから、そんな陰気な顔で迎えたら、自分のことを好きになってもらえないだろ』だってさ」


 「へえ、かっこいい事言うね。それならホレちゃうかも」


 「うん、わたしもその考え方がすごく好き。それからホノウくんと笑い方の練習なんかもするようになった……楽しかったな」


 ホノウとの修行時代を思い出すユクハちゃん。その横顔を見ると胸がキリキリ痛む。


 「サクヤ。わたしね。王都を守れる力を持つことが出来て、すごく嬉しい。感謝してる。だけど、やっぱりホノウくんといっしょに修行して、一人前の召喚師になりたかったよ。そんな気持ちもあるんだ」


 やっぱりチートって、なんか悲しいよね。

 でも………『笑顔は大事』か。


 「あはははははっ」


 笑ってみた。大空に向かって大きく威勢よく。


 「はーっははははははははは」


 当然何もおこらない。だけど、少しだけ心が軽くなる。


 「あーはっはっはっはっはっは」


 ガチガチに固まっていた心がほぐれてくる。自分の素直な気持ちがわかるようになってきた。

 ああ、そうか。私はそうしたかったんだな。


 「あはははははっ」


 ――「サクヤ? 大丈夫か。イカレちまったのか?」


 気がつくと、いつの間にかゼイアードとホノウが来ていた。二人とも妙に心配そうに私を視ている。ああ、ヤベー奴に見えちゃったのか。「よっ」と体を起こして立ち上がる。


 「大丈夫、イカれてない。ちょっと昔を思い出してただけさ。で、オルバーン家の兵団はどうなったの?」


 「壊滅だ。兵団どころかメガブリセントの街までも徹底的にな。そしてホノウが視たところ、一刻も早くアイツを倒さにゃ世界がヤベェらしい」


 「………ああ。召喚術で禁忌とされる精霊界の上位存在。あの力が行使され続ければ、それがやって来る可能性がある」


 「俺はこれから殿下に報告にあがる。当然、討伐軍が編成されるだろうが、それにサクヤも加わってほしい。アンタ抜きじゃアイツを討つのは難しいだろうからな」


 討つ………か。

 だけど私にはユクハちゃんを殺すことが出来ない。

 彼女と一緒にいた日々が、どうしても殺意の邪魔をする。

 だけど、この想いは邪魔なんかじゃない。


 「………嫌か? 人間だった頃のアイツとアンタが仲良かったことはホノウから聞いた。ま、悲しいだろうが、覚悟決めて葬ってやろうぜ。あの娘も、あんな状態で生きるのはつらいだろうしよ」


 そうかもね。アンタは正しいよ。でも……


 「悪い、ゼイアード。私は君とは行けない。あの娘を殺す作戦じゃ、私は邪魔になる」


 「はっ?」


 さっき決めた。私のやるべき事。

 それはこの胸に抱いた想いを、力に変えて突き進むこと。


 「私はユクハちゃんを取り戻す。殺さず制圧して元の姿に戻す。どれだけ困難で、どれだけ命をかけようとも迷わない」


 これが私の決意だ!!



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― 新着の感想 ―
サクヤは、ある意味、7人の女のうちで、ユクハに対して一番酷い事をしてますからね。
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