141話 領主のララバイ
ミレイは駆け足で領主館に向かいたどり着いた。
剣王様のほんのささいな遊び。そう思えたことが、じつは恐るべき眼力で、故郷の村を焼きオルバーン領国を滅ぼさんとする邪悪を見抜いていたのだ。
「ハァ、ハァ、ハァ、補佐官カールス様にお取り次ぎください。至急お耳に入れたいことがあります。ご下命いただいたお役目のさなか、恐るべき真実を知るよしにございました」
報告には補佐官カールスの側に領主ベリアスも立ち合い、ミレイの語る内容に黙って耳を傾けた。そして報告が終わるとニヤリとほほ笑む。
「フッ、災害モンスターの黒幕がドルトラルの女狐の仕業。まさか魔人とはな。そして国王もひん死か。面白くなってきたではないか」
「このメガブリセントの直近で正体を現すとは大胆なヤツ。兄上、すぐに兵を派遣しサクヤ殿を手伝わせましょう。ユリアーナを捕らえることが出来たなら、兄上の立場も大いに上がりまする」
「うむ……しかしそれを突き止めたのがサクヤというのが気に入らんな。それにすでに討伐にはいっているという。事が完全な形に終わったとて、私はヤツの尻馬に乗っただけではないか」
「い、いえ、このオルバーン領に起こった事件の始末をつけられるのは、領主である兄上だけ。あらゆる裁可を迅速に行い、ユリアーナめの悪行を暴けば、その功績はすべて兄上のものでありまする」
「………そうだな。つまらん事を言った。第一尖兵隊長に通達。壁外に現れた魔獣を討伐せよ。それを操っている女は必ず捕らえよ、だ。行け」
こうしてオルバーンを悩ませた魔獣災害は簡単に収束するかと思われた。しかし、事件はさらなる混迷にハマることとなる。
それは剣王サクヤの敗北という凶報がもたらされたことに始まる。
「なんと……サクヤ殿が負けた? それほどまでに、恐ろしきモンスターなのか!」
カールスは驚愕。だが領主ベリアスは黙って報告を聞いていた。
さらに驚愕の報告は続く。そのまま戦闘にはいった領兵部隊も、その恐るべき魔法の嵐に巻かれ敗退。現在は防壁の一部が破られ災害モンスターが街中に侵入。破壊と殺戮は始まり、街は大混乱となっているという。そのイキオイはやがて街全域を滅ぼすほどだという。
「うむむ大変なことになった。兄上、このまま兵団を当てて討伐戦にはいるのは危険であります。遅滞戦術を行い、メガブリセントの住民や兵力を移動すべきです!」
だが顔色が蒼く変色したカールスと対照的に、ベリアスは平静であった。いや、嬉しそうですらあった。
「フ……フフッ……フフフ」
「あ、兄上? どうなされた」
「ハハハハハッ、とうとうその名を地に堕としたな、剣王サクヤ。キサマが地に堕ちたのなら、私は天に昇ろう。キサマの栄えある英雄の座、もらい受ける!!」
「な、なにを言っておられるのです! すぐ近くに剣王サクヤ殿をも破った恐るべきモンスターがおるのですぞ。すぐ遅滞防衛戦の指示を各所に! 万一の場合、メガブリセントからの退避もお考えください!!」
「カールス……貴様、ちっぽけになっているぞ」
「は、はぁ? 意味がわかりませんが。国難の手立てを語る吾輩がなぜ、ちっぽけなのです」
「国難……国難などというものはな。そいつからコソコソ逃げるものではないのだ」
「ええっ!?」
「あえて踏み込む! わが領兵団はそのサクヤを敗退させたというモンスターを喰らい、黒幕ユリアーナを捕らえ……オルバーンの武名を満天に輝かせるのだ!」
「ヒッ!! できるとお思いか? あまりに強力な、強大すぎる相手に!」
「ああ、簡単ではないだろう。犠牲も多数出る」
「それが分かっておられるならば!」
「だが考えてもみよ。ユリアーナは最悪の凶行に走り、それにサクヤは負け、国王は昏睡。これだけの者どもが揃って失墜したのだ。これはかつてない好機。我らは天に昇らねばならぬ。至尊の地位がそこにあるのだからな」
「至尊の地位? まさか、兄上は………国王の座を!?」
「おっと、今は知らぬフリをしておけ。カールス、これを見よ!」
「バシン」と執務机に放り出されたそれは書類。何かの報告書のようであった。
悪い予感はしたが、ともかくもご領主様の命令だ。
書類を広げ、書かれてある文字と数字を精査するように追ってゆく。
「これはわが私家軍の常備報告書ですな。しかしなぜ、こんなに規模が大きいのです。それに装備もすごい。バートル爆裂魔石など馬一頭と同じ値段ですぞ。それを千発以上も常備するなど。槍や鎧なども、幾人もの錬金術師を雇って新素材製ですと? いったいどうやって資金を工面したのです」
「フッフッフ、私は領主だ」
「ま、まさか、オルバーン家秘匿準備金に手をつけたのですか? あれは領の危機の際の安全保障金のはず! 今まさにその危機が訪れているというのに! どうなさるおつもりです!」
「それだけではない。常備糧食も半分売った」
「ヒイッ! ぬおわああああッ! わが領から餓死者がアアアアッ!!」
「フッ、さわがしい奴よ。貴族は静かにあるべきだぞ」
「とても正気ではいられませぬ!」
「勝てば良いのだ。災害モンスターにも、魔人皇后にも、その先の戦いにも、な。それを可能にするための戦力だ。勝てばどうなるか計算してみろ、カールス」
「勝ったら……?」
勝てば、ベリアス兄上の名は一気に高まる。ユリアーナの凶行を許した王家への弾劾をすることで、王党派貴族の取り込みも容易にできる。さすれば王位の禅譲も見えてくる。目ざとい貴族からは支援の申し込みがひっきりなしに来るだろう。そこまで行けばオルバーン領は救われる!
カールスは執務室を飛び出し、大声で家職の物たちに告げる。
「全家職の者たちに触れよ! ご領主様出陣! ご当主みずから領内農村を壊滅させた憎むべきモンスターの討伐戦へ出撃される! ご領主様につき従い、数多の領民の無念を晴らす正義の戦いに参加せんと欲する者は疾く集え!」
オオオオオオオオッ
館内は歓喜と闘志の声が響き渡り、にわかに活気に包まれる。
「さすがカールス、憎い演出よ。わが弟」
意気揚々と出陣したご領主親征モンスター討伐軍。それは大領オルバーンの名に恥じぬ大軍となってスキュラに挑み戦った。
だが、それらはすべて空より降り注ぐ破滅の虹と、巻き起こる魔法の嵐に壊滅させられ、領都メガブリセントと共に消滅したのであった。




