25話 少女たちの戦争
近衛騎士の男とアーシェラちゃんに先導されながら、私達三人は帝国軍陣地を進む。
その陣地は見渡す限り帝国の兵、兵、兵。
実際見ることの出来たのはせいぜい数百人だろうが、五万という規模を実感させる光景だった。
そんな兵の人波の間を潜り抜けると、やがて精鋭らしい精悍な顔の兵のいる場所へと通された。
それらが囲んでいるのは、野外にしつらえた床机に座る偉そうな面々。
そしてその中央に座る老人は、ゲームで見た人間だった頃のラスボス。
【ザルバドネグザル】。
奴は眼光鋭く、私達を見下すように見つめていた。
「わが軍の司令ザルバドネグザル元帥閣下と将軍の方々だ。さ、領主殿。挨拶して話し合いをはじめてこい」
近衛騎士の男に促され、ロミアちゃんは彼らの前に中ごろまで進み淑女の礼をとる。
その間、私とレムサスさんは跪いて頭を垂れる。
即興で習った目上の方々への挨拶の仕方だ。
ロミアちゃんの淑女の礼を、ザルバドネグザルは面白くなさそうに見ながら口を開く。
「ずいぶんと手間をかけさせてくれたのう。小娘、おぬしは先代から戦の終わらせ方を学んでこなかったと見える」
「先の次期領主は弟でしたので。わが弟は、頻発するわが領のモンスター退治のさなかに身罷われました」
「おお、それは不幸なことじゃ。では、儂が少しばかり上に立つ者のこころえをご教授してやろうかの」
ザルバドネグザルは帝国の放ったモンスターのことを皮肉るロミアちゃんのことをまるで意に介さず、平然と話をしている。
さて。その間私はというと、頭を下げつつもスキル【気配察知】で、あたりの人間の位置を正確に把握するようつとめている。
とくに強そうな”圧”をもつ兵は要チェックだ。
…………あれ?
やけに近くに、ものすごく強い奴の気配を感じる?
クンクン クンクン
いつの間にやら、近衛騎士の男が私の近くに寄っていた。
そして私の頭のニオイを嗅ぐという、謎行動をしていたのだ!
この人、何でこんな堂々と私のニオイ嗅いでるの?
いろいろ無礼な口きく騎士だけど、これは度をこして無礼なんじゃ?
「このニオイ……虎ゴーンか」
ええっ! 臭ってるの!?
たしかにこの世界じゃ、日本みたいなちゃんとしたお風呂も洗濯も出来ないけれども!
「こんな細ぇナリで、まさかとは思ったが……きさまが最近ウワサになっている【剣豪サクヤ】か」
激ヤバな予感ッ!
ロミアちゃんと会話していたザルバドネグザルが、もの凄い剣呑な目で私を見た!!
「剣豪サクヤ……わが弟子ムツゴロームを葬った者か。いかな訳で侍女などに扮してこの場に来た? 儂を討ちにでも来たか」
ハイ、大当たりです。
これには私より隣のレムサスさんが大慌て。
「ご、誤解ですザルバドネグザル元帥閣下! サクヤ様にご同道いただいたのは、あくまでロミア様の護衛のため! そちらを害するつもりなど毛頭ありません!!」
有りまくりなんですよ、レムサスさん。
「ま、そうだとしても、ただの侍女じゃないってんなら警戒レベルは上げさせてもらうぜ。その抱えている箱、預からせてもらうがいいな?」
近衛騎士の男はえらく剣吞な気配を漂わせて言う。
「これに逆らえば切り捨てる」って圧がビリビリくる。
しかし私の持っているこの小箱。じつにマズイ……いや、しかし?
「かまいません。お渡しするのは誰に?」
すると近衛騎士の男の後ろに付き従っていたアーシェラちゃんが進み出た。
「では、ボクが責任をもって預からせていただきます。どうぞこちらに」
「はい、どうぞ。けっこう重いので、気をつけて持ってください」
「わかりました。根性いれて持たせていただきます」
私はアーシェラちゃんの差し出した手に、押し付けるように小箱を預けた。
ドゴッ!!!
という音をたててアーシェラちゃんは倒れた。
「ぎゃああああああっ重い重い重い!!! 何なんスか、この箱はあああっ!? とても人間が持てる重さじゃないっすよォォォォォ!!!」
小さな箱を腹の上にバタバタ悶えるアーシェラちゃん。
その光景にあっけにとられるその場の全員。
私はその隙に小箱に手を伸ばし”それ”を抜いた。
「スキル【神速抜剣】!!!」
箱から出した途端に、短剣だったそれは私の背丈ほどもある大剣に変わった。
そして近くにいた帝国兵をまとめて切り落とした。
じつは、中の短剣に見せかけたものは【契約剣メガデス】。
この箱の中はノエルの空間魔法によって物の大きさを数十分の一ほどに変えてしまうのだ。
ただ重さだけはまだ変化させることができないので、先ほどのようなことになったという訳だ。
「……ちっ、【剣豪サクヤ】か。油断したつもりはねぇが、こんな魔法を使える奴だったとはな」
先ほど私を『虎ゴーン臭い』と言った近衛騎士の男だけは、とっさに飛び下がって難を逃れている。
なんだ、この反応速度?
【神速抜剣】から逃れるなんて、とても人間技とは思えないぞ。
それはともかく、すぐさま帝国兵は反応した。
それぞれが抜剣し槍をかまえ、私達を中心にグルリと囲んだ。
もちろん目的のザルバドネグザルの前は、帝国兵が厚くかためている。
「サ、サクヤ様、これはいったい? 何故このような……」
レムサスさんは、つきつけられた無数の刃物にうろたえている。
その言葉に答えたのはロミアちゃんだった。
「ごめんなさいレムサス。私はまだ戦争をやめていなかったのです。ここで帝国との戦いの続きをはじめます」
「そ、そんな! いくら強くてもサクヤ様一人で勝てるわけありませんよ!」
「勝てますよねよね、サクヤ様?」
「もちろん! 私達はここに殺されに来たんじゃない。”勝ち”に来たんだ! 来なさい、ノエル!」
パチンッ
私が指を鳴らすと、空間の一部が別のものに変わった。
そして、そこから二人の人間が飛び出す。。
「わーははははは! ようやく出番かサクヤ! あんまり遅いんで待ちかねたぞ!」
「サクヤ様! ただいまノエル、参上いたしました!!」
ノエルは、主人である私の呼びかけた場所に転移ゲートをつなぐことができるのだ。
「春に乱れる風塵よ! 【メギュリロンの偏西風】!}
ノエルの風魔法で「ゴウッ」とあたりに強風が吹き荒れる。
「うわあああああっ」「ひゃあああああっ」
その風を受けた帝国兵は、たちまち大混乱。
そこをラムスが「わーっははは」と剣を振るって叩きまくる。
「ノエル、ラムス、ここはまかせた! 私は敵将を討ちに行くよ!」
正面の帝国兵を切り捨てながら走り抜ける。
さぁザルバドネグザル目がけ突撃だ!!!




