138話 スキュラ降臨
ショールを外したアリーゼは、予想以上の美人さんだった。
いや、美人以上に驚いたのは、貴族淑女の気品があることだ。それも並みの貴族女性のものではなく、王族や高位貴族クラスかもしれない。
だけど、さらにそれ以上に気になるのは、さっき夜空を響かせたゼイアードの叫びだ。まるで、あり得ない事が起こった瞬間を目撃したかのような叫びだった。
そして今も、驚きの表情のまま、アリーゼをポカンと見つめている。
あれ? いやそれって、おかしくないか?
「ゼイアード、何で君が驚いてるの? 彼女、君が約束を取り付けてここへ連れてきたんじゃないの?」
「……いや、約束を取った時も連れてきた時も素顔は見なかったんだよ。さっきみたいに布で顔を覆っていてな。しかしまさか……いったいどういう事だ?」
『いったいどういう事だ?』はこっちが聞きたい。肝心な部分を説明してくれないと、驚愕の何が起こっているのか、ちっとも分からないじゃない。
アリーゼはというと、美しく微笑んだままで何も解説してくれそうにないし。
「君が説明してほしいんだけど。彼女の事を知っているようだけど、誰? そんなに驚く人物って何者?」
「…………俺らの政敵の首魁だよ」
「はい?」
「ユリアーナ・ドルトラウ。元ドルトラル帝国皇后。つまり俺らをさんざん痛ぶってきたのが、この女ってワケだ」
ええええええっ!! ラスボス!?
ラスボスがテントで客とって待っていたなんて、なんて斬新な!
そのユリアーナはというと、相変わらず私たちの驚いた顔をおかしそうに見ながら、美しく微笑んでいる。
「久しぶりじゃなゼイアード。やっとこのセリフが言えた。死んだわりに元気そうではないか」
あ、この人もゼイアードに正体バラしたくてウズウズしてたんだ。
ゼイアードはヤケになったように頭をガシガシ掻いて、ようやく考えがまとまったのか、質問をはじめる。
「ったく、なんでアンタがこんな所で娼婦なんかやってんだよ。国王様の后になる計画はどうした。これが明るみになった日にゃ、それどころじゃねぇだろ」
「その遊びは終わった。国王はじき死ぬ」
「なにィ?」「はあっ?」
「妾を抱きすぎたようじゃな。衰弱が激しく、近頃は意識不明じゃ」
え? みんな、その国王様の暴走を止めるためにいろいろ奔走してきたのに、崩御となったらどうなるの? 平和になるの?
「それに妾の重要な手駒のゴーメッツと暗殺団【山の老人】も潰された。まさか一度は追い落とした剣王が復活し、あやつらがこうも容易く葬られるとはな。認めよう。妾はこの遊びに敗北した」
勝った? 勝っちゃった? ……いや、違う。
負けたからって簡単に降伏するような女じゃないだろう? ユリアーナ。
「この遊び、か。まるで別の遊びがあるような口ぶりだね。いや、もしかすると、すでに始めているのかな?」
「じつに剣王殿は勘が良いの。そうじゃ。新たな遊びはすでに始まっている。此度の遊びはそなたの領分。存分にその腕をふるうが良い」
ああ、そうか。つまり人間の戦いはやめて、魔人の戦いを始めたと言う事か。
「魔人ユリアーナ。あなたがここに居る。それだけで、いきなり災害級のモンスターが現れた理由がわかるよ。あなたがスキュラの黒幕だね?」
「スキュラか。巷ではそう呼ばれておるらしいの。もっとも真の名は別にあるがな」
「オルバーンを狙った理由は? 私のいるリーレットじゃなく」
「性能実験じゃな。ここの冒険者、領兵団など、討伐に現れる者どもを全てなぎ倒してこそ、剣王サクヤを倒せる実力があると見込める。無論、その後はリーレットにも訪問する予定じゃ」
「なるほど。ここに娼婦として居るのも、オルバーンの領兵団が揃うのを待っていたというワケか」
「そうじゃ。が、もはやそれもどうでも良い。剣王殿。そなたがここに居る以上、始めるとしようか。こんなにも早くメインディッシュを出すとは、皿の出し方も知らぬ無粋な料理人じゃ」
私とユリアーナの間に火花が散る。
だけどまだ早い。コイツの始末は、もう少し後。
「出しなよ、アンタの危険なオモチャ。処分しておかないと被害が大きすぎる」
「ふふっ、あえてアレに挑むか。さすが剣王殿。ならば呼ぼう! 政局に敗れ、妾が腹心ゴーメッツを囚われた雪辱を果たすは今!」
いきなり地面に召喚陣があらわれた。そこから、ただならぬ気配が漂ってくる。
来る! 最大級の魔物が、ここから召喚される!!
「離れろゼイアード! みんなを連れて、出来るだけ遠くに!」
「チイッ、なんて展開だよ! いきなりユリアーナと噂のアレに遭遇とはよ。何の準備も出来てねぇぞ!」
「いいや、良い展開だよ。いきなり終わらせられるんだから」
強敵相手にバトルをしたいワケじゃない。だから召喚陣からアレが出た瞬間、全力全開のスキルで倒してやる。
召喚陣より少し距離をとってメガデスを構え、その時をひたすら待つ。
「来たれ! わが僕、破壊の化身。千の精霊を従え、万里を焼き枯らす、妖魔に騎乗する魔女よ」
ズンッ
その言葉とともに、召喚陣から巨大な何かが現れ、空中に飛び上がった。
六首の巨大な犬の魔物の上に、一人の女性の体が融合されたキメラ。聞いた通りの姿だ。その力を見たい気もするが、街の被害を考えると、そんな好奇心は捨てるべきもの。
「出たね……ここで終わらせる!」
跳躍し、気を掌握。スキルを最大限に放つべく弓のように躰をしならせ構えをとる。
来た! 全身全霊最大にスキルを開放できる!
「スキル【嶽峰大切斬】……?」
その時、スキュラの顔を見た。見てしまった。
バカな! どうして、ヤツの顔があの娘なんだ……?
「【召喚魔獣ユクハ】! 剣王殿が相手をしたいそうじゃ。遠慮は無用。その暴威を示せ!」
―――ユクハちゃん!!
その驚愕の正体に一瞬意識を奪われた。
その間に突風の刃、炎の渦が私を襲った。
たまらず地面に落下し逃れようとした瞬間、地面から突き伸びるスルドイ岩の剣に切り刻まれる。
「くうっ、本当にあらゆる系統の能力を使う」
メガデスで岩の大部分は切り落としたが、やはり少しはくらった。その前の風と炎のコンボも、防御したとはいえ無傷とはいかなかった。
だけど、この術式はすべて精霊の力。やっぱりあのモンスターの人間部分は………
「ほほう、さすが剣王。必殺の複合魔法であったのだがな」
まるで舞台劇を鑑賞するように批評を口にするユリアーナ。
その涼し気に笑う顔に、怒りがこみ上がって止まらない。
「お前……ユクハちゃんに何をしたぁ!」
「フッ………あの娘は歴代でも最高の召喚術を使える者であったのでな。その能力を存分に使えるよう魔獣と融合させてやったのよ。そして妾の最強の守護獣となって生まれ変わった」
「殺してやる!!!」
かつて、これほど怒りを覚えたことはなかった。
ユリアーナ……! ぜったい許さない!!
後も、先も、政治も、何も考えない。
今、この場で、完全に抹殺してやる!!!
ユクハ、二部に入ってからぜんぜん出てこないと思ったら、こんな事になっていたなんて。てっきり故郷でホノウとよりを戻したのかと思っていたのに。




