136話 オルバーン家の災厄【ミレイ視点】
ゼナス王国に燦然と輝く武名【剣王サクヤ】。
その名前は知っていたはずなのに、一緒にメガブリセントまでの道を同行したあの女性がそうだとは気づきませんでした。
彼女の体つきは剣士としてはあまりに華奢で、伝え聞く武名と結びつかなかったのだ。
されど、あの夜見せた数多のモンスターを次々に切り伏せ、屍を積み上げたあの武勇。それはまさに剣王の名に外れぬ強さでした。
そして強さだけではなく、父の遺産の金貨をそのまま無力なわたしに渡したあの行為。それは彼女の剣王としての気高さだったと、今さらながらに気づかされたのでした。
オルバーン領領都メガブリセント 領主館佐官室
わたしはご領主様への報告のため領主館へ招かれ、父に代わりコーラル村に起こった惨劇とモンスター討伐隊の壊滅のすべてを報告しました。
報告の相手は領主補佐官のカールス様。ご領主ベリアス様の弟でもあらせられるそのお方は、少し小太りで口元に小さな髭をたくわえた気の良いお方。その気さくな人柄からご領主様より慕う者も多いと聞きましたが、本当に小娘のわたしにもご親切なご対応で話を丁寧に聞いてくださるお方でした。
「ううむ、討伐隊は壊滅。おまけにコーラル村まで焼かれるとはなぁ。強モンスター退治で有名な黄金級の冒険者連中だったのだが。ともかくお父上に代わっての報告、ご苦労でした。ミレイちゃん」
「ありがとうございますカールス様。ご領主様からの使命果たせず、重ねて父に代わってお詫び申し上げます」
「まぁワガハイらの見立ても甘かったということかな。まさか中型モンスター一体が、ここまで激ヤバとは。避難民に配給食与えて農地の立て直し。それをやるにしても、そのスキュラを倒さねば計画の立てようがない。次はオルバーン家総力をあげて挑まねばならんか。金がかかるなぁ」
カールス様は口元の小さく整えた髭をいじりながらとてもお悩みのご様子。彼女の話をするなら今と、切り出しました。
「カールス様。もう一つ報告申し上げたい儀がございます。ゼナス王国最強と謳われる剣王サクヤ。私はそのお方らしい者に、この道中巡り合ったのです」
「ハイ? サクヤさんですと? 妙ですな。あの方は今遠く離れたリーレットにいるはずだが。つい先日には、そこで凶悪な暗殺集団とその元締めを壊滅させたとか」
「わたしも当初は、あまりにただの異邦人の少女のようなあの方が、剣王様とは結びつかず、思い至りませんでした。ですが巨大な大剣を細腕で振り回し、数多のモンスターをたった一人で斬り伏せたあの武勇。あれはまさしく剣王様にほかなりません」
「ほほう、それはサクヤさんに間違いないですな。うむむ、その討伐光景、ワガハイも見たかった」
「カールス様?」
「あ、いやいや、ともかくです。理由は知りませんがサクヤさんがこの近くに居るというなら、これは僥倖。さっそくお連れし例のモンスター退治に当てましょう。そうだ。ついでに吟遊詩人もつけて、その戦いぶりを詩にでもしてもらいますか。ハッハー」
ああ、わたしがご領主様一族のお悩みを解きほぐす一助になれた。それに故郷を荒らし父母兄を殺した憎きモンスターを討ち取る道筋も立てることが出来た。
そう自分を誇らしく感じていた時です。
――「カールス、入るぞ」
突然執務室のドアが乱暴に開かれ、ズカズカと足音も荒く入ってきた人物がいた。
上物のスーツを身に纏い、顔は若くも厳格に険しいその風貌。そのお方こそ、先年代替わりしたわがオルバーンのご領主ベリアス様に他なりません。
「おおっ、兄上! 聞いてください。このメガブリセントの近くに……」
「衛兵から話を聞いた。大剣を背負った女が来たそうだな。で、それと同行していたという者がその娘か。おい娘。その女、剣技の腕はどうだった。デキる奴だったか?」
ご領主様からのご質問に深々頭を下げ、恐縮なりに答えを紡ぎます。
「はい、ご領主様に吉報を届ける喜びに胸が震えます。彼女は数多のモンスターをたった一人で苦もなく屠る腕前でありました。あれこそ、まさに剣王と呼ばれるお方に相違ありません」
「ハッハー兄上。これは喜ばしいめぐり合わせですぞ。サクヤ殿に災害モンスターを片付けていただければ、領内の復興に着手できます。さっそく彼女を探し出し、館にお連れいたしましょう」
されど、ご領主様の反応は意に反して不機嫌なものでした。まるで呪詛をつぶやくように言葉をしぼりだします。
「あの女………何しにわが領にやって来た」
「あ、あの、兄上?」
「サクヤを館に呼ぶのはいい。だがヤツに仕事はさせるな。災害モンスターはわが領の精鋭によって始末する」
え?
「あ、兄上? まさかサクヤ殿を使わないおつもりですか? 騎士団を動かし傭兵を雇うとなれば、財政出動はたいへんな額になりますぞ。これから難民に一時配給を行い、農地の再開発をせねばなりませんのに、その出費はあまりに痛すぎまする!」
「補佐が領主の決定に口をはさむな。これは領主命令だ」
どうも風向きがおかしいです。まさか、あれほどモンスター退治に長けた者を使わないと、そうご判断なされるのですか? それは……ご領主様のご判断に疑問を挟むわけではないのですが、いささか悪手ではないかと。
「い、いえ重ねてご再考願いまする。せめてサクヤ殿には助力一端を担っていただき、被害を抑えるべきかと」
「わからん奴だな。先の魔人王戦でも、その前の大精霊獣ペギラヴァの戦いでも、それを討ち取ったのはリーレットのあの女なのだぞ。しかもつい最近、貴族諸侯を悩ませていた暗殺集団までも壊滅させた」
聞けば聞くほどすごいですね、あの女性は。そんなすごい方に守られていたのですか。
「われらは政治的に大きな借りを作ってしまったのだぞ。今度は、わが領の危機まで救われてしまってはどうなる? 完全にオルバーンはリーレットの下位に堕ちてしまうではないか!」
「しかしですな……」
「それに聞けば、ラムスはリーレット伯の婿におさまるという話だったな。つまり我らはサクヤに助けられた後、今後ラムスに頭が上がらなくなるということになる。じつに笑える未来だ」
「げええええっラムスがワガハイらの頭上にいいっ!!? ……うむ。やはり我が領の問題は、オルバーン家の手で解決するのが正しい気がしてきましたぞ」
「カ、カールス様!?」
どうしたのでしょう。いきなりカールス様まで危険な方向へ舵を切ってしまったような気がします。
「わかれば良い。私は領兵団の編成をする。あの女と難民諸々のことはお前にまかせたぞ」
ベリアス様は踵を返し足音も荒く出ていかれました。後に残ったのは唖然茫然としたカールス様と私と家令の方々。
「ま、とにかくサクヤ殿を館へ迎えるお許しは出たのだ、ミレイちゃん、ちっと行ってサクヤ殿を連れてきてくれんか。なんとかわが家の面目が立つよう動いていただくように交渉してみよう」
「しかし………もうすでに別れてからかなりの時がたってしまいました。わたし一人で探すのはとても難しいと存じます」
「心配いらん。便利なヤツが当家におるでな。おい、ホノウを呼べ」
家令にそう申し付けると彼は一礼をし出ていき、しばらくすると術師のローブを着た若い男性の方を連れて戻ってきました。
彼は術師でありながらなかなか鍛えた逞しい体つきをしており、目元口元はきりりと締まっていて、なかなか意思の強いまなざしをしています。
「召喚術師のホノウだ。なかなかの腕前の術師でな。無論人探しの術も心得ておる。おい、ホノウ。このミレイちゃんと一緒に剣王サクヤ殿を探し連れてきてくれ」
彼はカールス様に一礼して了解を伝えると、わたしに向き直って挨拶をしました。
「召喚術師のホノウだ。君が持ってきてくれたこの杖、じつは俺のなんだ。おかげで紛失せずに助かった。礼を言わせてくれ」
あの杖の持ち主はこんなに若い人だったのか。彼はちょっと魅力的な笑顔で私の不安を消してくれます。
「奇遇ながら、俺もサクヤには会ったことがある。氷結の大精霊獣の討伐の時に立ち会ってな。力になれると思うぞ」




