135話 狼との再会ふたたび
なんだ、あのテントは。男達が行列をなしているってことは現在営業真っ最中のはず。であるのに、私に向けての強い視線を感じる。そしてその気配は魔人!
――「ちょいと、お前さん」
誰かしらお姉さんの声で我にかえった。
「アンタの男にちょっかいかけたのは、ウチの娘らも悪かったよ。けど、そんなぶっそうなモン振り回すのは、やり過ぎじゃないかねぇ」
いっけない、端から見たらそんな地雷彼女に見えてしまったのか。しかしたしかに、この場でメガデスを抜くのはマズイ。いったん見送ろう。
「ああ、ゴメンなさい。ここで騒動を起こす気は………って、ええええええっ!?」
「うわっ、逆ギレかい!?」
と、お姉さんが背中に回った後ろの男。そいつには狼のケモ耳がついていた。
そしてその顔は、いつも思わぬ所で出会うやさぐれ男のそれ。
「………ゼイアード。アンタ、ここで何してんの?」
ゼイアードは皮鎧をまとっており腰には剣を差して、いかにもな用心棒な姿だ。
私のことをジロジロ見て鼻をフンフンさせ一通りの本物確認をした後、めんどくさそうに頭をボリッボリ掻いた。
「そりゃ、こっちのセリフだ。『大剣背負った女がヤバいツラして男を取り返しに来た』って聞いて出張ってみりゃ、まさかのアンタだ。とうとう男に興味持ったか? まぁあの兄ちゃんも女みてぇなツラだがよ。アンタにゃお似合いか」
いろいろ修正入れたいことは山ほどあるけど。
「私より君のことだ。アルザベール城の一件から、どういった経緯でここに居るの? あれからどんな事が起こったの?」
ゼイアードは周りをキョロキョロ見回し、顎を「クイッ」と人気のない場所へ指し示す。
「ちっと場所を変えようか。こんな場所で話せる内容じゃなくなるんでな」
「あ、うん」
あ、そういや真琴ちゃんを助けに行くんだった。いやしかしゼイアードの話も早く聞きたいし、そっちは自力で何とかしてもらおう。あと魔人の気配のするテントの方は………
もう一度だけあのテントを振り返ってみた。あの辺りは相変わらずスケベ顔の男どもで賑わっている。
「……いや、今は情報が先だ。まだ何も被害は出ていない」
自分に諭すように呟き踵を返す。少し先を歩くゼイアードの後をあわてて追った。
集落より少し離れたその場所は、寒々しい岩肌の荒地。遠くに野営する集落の灯りが星のように見える。「ここらでいいか」と足を止めたゼイアードは、ポツリポツリと近況を語りはじめた。
「アルザベールの一件で、俺がすでにユリアーナを裏切っていることがバレていると知れた。当然、戻れねぇよな。で、アーシェラに頼んで、俺は死んだことにしてトンズラだ」
「まぁ完全にユリアーナの手の内だったしね。それで?」
「俺はすでにセリア王妹殿下についている身だからな。シャラーンに連絡をとって今後のことを相談すると、新たな任務を言い渡された。オルバーン侯とリーレット伯の橋渡しだ」
「なぁるほど。で、オルバーン領に来たわけか」
「しかし謎の強モンスターの出現が巡って、領都に入れなくなっちまった。で、流れの冒険者のフリして娼婦連中の護衛をしてたというワケだ。情報が一番集まる場所はここだろうからな」
「なるほどなるほど。君もあれから上手く立ち回って、生きていたんだね。どうせならアーシェラも連れて逃げてくれれば良かったのに」
「アイツは何があっても逃げねぇよ。アイツの部下には、たくさんの元ドルトラルの兵が居る。それに元ドルトラルの民の代表みたいな立場にもなっている。それを見捨てたら、それは問題だろう」
あの娘も貴族。貴族は政治から逃げられない、か。
故郷の民を守らんとする気高い魂に、私ごとき何かを言えるものじゃないな。
「ま、俺の現状はこんな所だ。で、今度は俺が聞きたい。つい先日、アンタとラムスが元ドルトラルのスゴ腕暗殺集団を全滅させたって話を聞いた。その元締めだったユリアーナの腹心もろともな。しかしアンタがこんな所に居るってことは、ガセか?」
「ユリアーナの腹心っていうのはゴーメッツ男爵のことだね。大丈夫、ちゃんと倒したよ。部下の暗殺集団もろともね」
「なら、いいがよ。反ユリアーナの貴族連中をビビらせていた暗殺集団が消えてくれたんだ。おまけに元締めも生け捕りに出来た。セリア様はこれを機に一気にあの女を追い落とすつもりだぜ。当然その立役者のアンタにも助力を頼むつもりのはずだが……そのアンタがリーレットにも詰めていないで、何やってんだ?」
「え、ええと……そう。強きモンスターに導かれてね」
「は? もしかしてスキュラのことか? 現在、オルバーン侯を悩ましている」
「そうだよ。アイツとなら面白いバトルができると思ってね。わざわざ来てしまったんだよ」
「おいおい、そいつはとんだ戦闘狂だぜ。ちっとは立場を考えろ。ま、アイツを倒してくれるってんなら、ありがてぇ。アイツのせいでオルバーン領は食料事情が崩壊寸前だ。ユリアーナどころじゃないぜ」
「で、そいつは今どこに居るのか分からない? さすがに情報を知る方法がなくてね」
「慌てるな。それはオルバーン候がやってくれるだろう。それに討伐も、侯を噛ませてメンツを立ててやらにゃあならんだろう。土地の統治者に気をつかえ」
それはそうだ。リーレットの私が、あんまり活躍しちゃうのも考えものだよね。
「ついては報酬の話だが。アダマンタイトのアンタに支払うとなりゃ、額はかなりのものになっちまう。何か別のもので代えられないかって話だが」
そうだ、ここでアレを希望してみようかな? さっき気になったアレの。
「そうだね……じゃあ、こういうのはどうかな? さっき娼婦のテント先で、やたら長い行列を作っていた場所があったよね」
「あん? アリーゼの商売部屋のことか?」
名前はアリーゼっていうのか。でも本名かどうか。
「そう。彼女と逢わせてくれって願いでどうかな? あまり人の来ない場所で」
「…………へぇ。ま、アンタらしい報酬だな。いいぜ、そういった事ならお安い御用だ。話つけてやんよ。姐さんに頼みゃ一発だ」
「うん、よろしく頼むよ。ちなみにその人、どんな人? 性格とか」
「俺は会ったことないんで、噂しか話せねぇがな。高級店に入ってもおかしくない美人さんらしいぜ。その日の稼ぎは全部周りの貧乏人どもに寄付してるんで、姐さん連中の心象は悪くねぇな」
ううん、話を聞く限りは良い人そう。だけど油断はしない。
魔人がこんな所で何をしているのか、どうして私を見ていたのか。そいつを聞き出してやる。




