134話 野営のひと時
「私はいま、オルバーン侯爵領の領都メガブリセントに居ます。ノエルに迎えに来させてください。それとここではスキュラという災害級モンスターが猛威をふるって、領の食糧事情に大打撃を与えています。そいつを倒していこうと思います」
メガブリセントより少し離れた荒地の真ん中。私は真琴ちゃんの手にある光る鳥に向かって言葉を紡ぐ。伝える先はリーレットのみんな。
「はい、その声はちゃんとこのヒカリ鳩通信に録音されました。それじゃ飛ばしますよ」
真琴ちゃんは光る使役鳥をかかげると、それはパッと手を離れ、ものすごいスピードで彼方へ飛んで消えていった。
「おおっ、すごいスピード。これならすぐにリーレットに届くね」
「新幹線と同じくらいのスピードですから、明日中には届くと思いますよ。それより災害級モンスターを討伐するって、本気ですか」
「さすがにこれだけの被害を出しているモンスターを放っては行けないよ。問題は居場所の特定と、そこへ到達する方法だけど。真琴ちゃんでどうにか出来る?」
「移動はゲートを連続すれば到達できます。だけど居場所は、ねぇ。探すとすれば使役鳥を使うしかないけど、あれは一羽しか出せないんです」
「連絡に使っている間は無理、か。んじゃ、私たちが出来ることはないね。とりあえず今夜は寝床を探そうか」
「はぁ、今夜も野宿ですか。あのホームがレスした人達の辺りはヤバイのが多そうですから、もう少し離れますか」
「いや、あえてその中で寝る。メガブリセントの動きは見ていたいからね。戻るよ」
「ええっ? 汚くて嫌だなぁ」
災害級モンスターの話を聞いて少しでも情報を貰いたいし、メガブリセントを監視できる。そこから兵隊でも動いたら、大きな動きが有るということだからね。
そんなわけで、メガブリセント周囲の野営集団あたりを見回って野宿出来る場所を探してみたんだけど。どうにも、そこらに居るオジサン兄ちゃんらの私らを見る目がアヤしい。うすら寒いコワサを感じるその視線は、どうにも居心地が悪い。
どうやら女性が持つ男性への恐怖心というのは根元的なものみたいだ。
荒くれ男が数十人まとめてかかってこようと軽くいなせる強さを持っていても、何をするかわからない男達の中で寝るのは嫌だ。血に飢えたモンスターの徘徊する荒野で寝た方がマシだ。
というわけで私達が選んだ寝床は、女の人達が集っているテントのあたり。あちこちから「アハーン」「うふーん」と色っぽい夜の営みが聞こえる。このお仕事は太古の昔からあると聞いたことはあるが、それを証明しているような光景だ。
「どうやら娼婦のお姉さん方のたまり場みたいですね。あそこのお姉さん方は今、懸命に営業努力をして、お客様に満足していただくべく、熱心に企業努力に邁進している最中のようです」
「まぁ今更この声に恥ずかしがったりはしないけど。聞いてると、私のエロテクフィンガーが疼いて、どうにもたまらない」
「じつは僕も。男のアレが勝手に固くなってきて、すごくヤバイ状態です」
「そういや、それってお兄ちゃんのと繋がっているんだよね。ってことは、今お兄ちゃんも同じ状態になっているの?」
「……です。あ、いじってる」
この話はやめよう。兄のそういう状態、想像したくない。
「向こうのお姉さんに始末してもらう? お金はないけど、モンスターから解体した魔石なんかはあるから、物々交換受けてくれるなら出来るよ」
「いいえ、女としての私が泣いているからしません。すぐに岩長さんがデリヘルでも呼んで解消するでしょうし。それよりお腹がすきました。マズ肉でも食べています」
「私の方にもいっぱい有るから、たくさん食べていいよ」
「マズ肉だから、いっぱいは無理です。ちょっとずつ食べます」
出発前にモンスターをいっぱい狩ったので、そのお肉を焼いて非常食にして持ってきてあるのだ。血抜きしてないものは血生臭くて、お腹すいてなければ食えたモンじゃないけど。
私もマズ肉を齧りながらゴロンと転がり、この領を襲う災害モンスターのことを考えた。話を聞いてみると、スゴイ特殊能力をいくつも兼ね備えいくつもの村を焼き戦闘団を壊滅させているスゴイ奴だ。
しかし能力より気になるのはヤツの動機だ。人間に限らずあらゆる生き物の行動には動機があるが、そいつからはそれが見えない。
なぜ村を襲う? そこに居る人間や農作物を食べるでもなく、ただ無意味に襲い畑を焼いている。
これがモンスターの行動としてならまったく分からないが、人間としてなら少しは思い当たるフシがある。それは敵国への焦土戦術。オルバーンという大国の食料を焼き、飢餓を引き起こす。国を攻めるには有効な戦術だ。
となれば、そのモンスターは………
と思考をしていると、いつの間にか小さな女の子が私達の側に寄ってきていた。その娘は真琴ちゃんのお肉をつぶらな瞳で「ジッ」と見ている。
「どうしたの、君。もしかして、お肉が欲しいの?」
女の子は真琴ちゃんの問いに「うん」とあどけなくうなずく。
「そうか。じゃあ……」
おっといけない。真琴ちゃんは、こういった場所の流儀ってもんを知らないね。
「真琴ちゃん、タダであげちゃダメだよ。こういった場所でタダ飯配っているなんて噂が広まったら、そこら中の人間が集まってきちゃうからね」
「しかし……この子、お金も物も持っていないと思いますよ。あげちゃダメなんですか?」
「代わりに何か仕事をさせるんだよ。水を汲んできてもらうとか、掃除をしてもらうとか」
「なるほど、お仕事のお駄賃にお肉をあげるワケか。それは良いですね」
真琴ちゃんはふたたび女の子に向き直り、諭すように話しかける。
「お嬢ちゃん。お肉が欲しいんだったら、お仕事してくれたらあげる。ええと、何をしてもらおうかな」
「わかった、お仕事だね。こっち来て」
その子は真琴ちゃんの手を取ると、ずんずんテント群の方へ引っ張ってゆく。
え? あそこって「うふーん」「あはーん」なボイスが漏れ聞こえている所じゃない?
「ち、ちょっと待って!! まさか君の”お仕事”って、あれ!? 君みたいな年の子が!?」
「うん。アタシお仕事はじめてだけど、一生懸命やるから。お姉ちゃんに習ったとおりにやって、お兄さんに今夜は夢見させてあげるから」
夢を見させるお仕事の夢子ちゃんか。アイドルみたいに歌って踊ってスパチャ貰うのかな?
真琴ちゃんがテント群の場所に来ると、中から女の人がいっぱい出てきた。さすが元イケメン女子、今イケメンふたなり。すごくモテている。
ああ、大事なところをまさぐられて、すごく困っている。
「やれやれ助けに行ってあげようか。元はといえば私のアドバイスのせいだし」
「よっこいしょ」と立ち上がり、娼婦さんのお仕事場へ足を向けようとしたその時だ。
視線を感じた。
反射的にメガデスの柄を握り、腰を中腰に、足元は柔らかくした。
その視線の気配はテント群の中のひとつ。男達の行列の出来ている人気のテントの中から出ている。
「バカな……どうして」
どうして魔人の気配が、そこからする?




