133話 領都メガブリセント
転移ゲートは、思い出せるような記憶の場所か、自分の思い入れのあるものの物が置いてある場所にしか遠距離移動は出来ない。真琴ちゃんにそういったものはこの世界に無いので、目視できる場所にしかゲートを発生させられない。
「よし、次はあの小高い丘の上にゲートだ。見下ろせるから、距離を大幅に短縮アップだ」
「あっ、あれはコーラル村の難民団じゃない? ミレイちゃん、声をかけていく?」
「やめておきます。父と兄が亡くなった以上、わたしに敬意を払うとは思えません。トラブルになる可能性があるので、顔を合わせずに行きましょう」
繰り返しゲートを発生させ大きく距離を縮め、コーラル村難民団も飛び越えて移動してきた結果、夕暮れには領都メガブリセントへ到着した。
そこはリーレットのものよりさらに大きく立派な都市防壁に囲まれた巨大な城塞都市。これだけの防壁を建築できる領主はそうはいない。公爵、侯爵クラスかな?
「ああ、あの都市防壁はまさしくメガブリセント。本当にたった一日でここまで来たわ」
「でも変な光景じゃない? なんで野宿してる人がこんなに多いんだろう。中に入ればいいのに」
都市をぐるり囲む防壁の外には寝袋やテントがあちこちにあり、そこには幾人も野宿生活しているような人達がいた。
ホームがレスしてしまった人達かな? でもこんな所で野宿なんかしても、旦那様のお恵みはいただけないだろう。街の中で困窮を叫んでこそチャンスは巡ってくるというものだ。
「もしかして中に入るのを禁止されているのかな? そもそも、この人達はどこから来たんだろう。ミレイちゃんは心当たりある?」
「それは……考えたくないけど、わたしみたいな被災難民かもしれません。スキュラはコーラル村以外にもいくつかの農村を襲っているんです。ここに居る人達は村を失って食料を求めて来た難民だと思います」
「その怪物、コーラル村だけじゃなく他の村にも被害を与えているのか。こりゃ急いで討伐しないと、記録的な餓死者が出ちゃうぞ」
「でも街に入れてあげないのは? 領民が住む場所と仕事が消えて困っているのに保護しないの?」
「今回は被害が大きすぎます。ここに居る人々に当分の住む場所と食料を与えることは、いかに領主様でも難しいでしょう。しかも明日かその翌日には、コーラル村の一団もここに到着します。そうなれば……」
暴動になるかも。飢えて後の無くなった人間がそれだけ集まったら、都市の中の食料を求めて襲ってくるだろうな。ここはもうすぐ戦争になるかもしれない。
「しかしこの分じゃ僕たちも入れてくれそうにないね。これからどうしようか」
「いえ、もしかしたら、わたしなら入れてくれるかもしれません。ご領主様への報告という名分がありますから」
「名分……ねぇ。災害級モンスターの話なら、とっくにここの人達から聞いているでしょ。それだけで入れてくれるかな?」
「いいえ。じつはわたしの父はご領主様からスキュラ討伐を命じられたのです。村中から腕自慢の若者を集め、ご領主様のご紹介で腕きき冒険者を呼び寄せ、戦闘団を編成し立ち向かいました。ですが結果はご存知の通り。その顛末を父に代わり報告申し上げる義務があります」
「そっか。じゃ、そういう事なら当たってみようか。とりあえず門番の衛兵にも話を聞いてみたいし」
そんなわけでコーラル村村長伝令団は、村長代理のミレイちゃんを先頭に大きな門を目指して進む。私と真琴ちゃんは後ろで護衛よろしくついていく。
「ところで聞きたかったんですが。僕たちリーレットに行かなきゃなんないんですよね? ここからどうやってリーレットまで行くつもりなんです」
「なんとか長距離通信魔道具を使わせてもらって、ロミアちゃんに連絡しようと思って。私がここに居ることを知らせられれば、ノエルが転移ゲートで迎えに来てもらえるからね」
「連絡のために……ですか。連絡をとるだけなら、そんな苦労する必要ないですよ。僕ならリーレットの領主館に連絡できます」
「ええっ?」
真琴ちゃんは手のひらをかざすと、そこに白く光る小鳥が現れた。
「使役鳥です。岩長さんに伝授された使い魔で、声も届けられます。向こうじゃあまり意味のない能力ですが、ここなら伝令に役立ちます」
「おおっ! あれか!」
なんてこった。だったら最初から真琴ちゃんにそれを飛ばしてもらえば良かったのか。ここまでの時間と、真琴ちゃんに転移ゲートを覚えさせるのに使ったポイントがぁ!
そして領都正門前。
その巨大な正門を守る巨大な扉は閉じられ、数人の衛兵が物々しく槍を手にして警備していた。さすが大都市の衛兵。強そうな人達だね。
「なんだオマエたちは。今メガブリセントは緊急事態のため侵入禁止だ」
するとミレイちゃん、貴族淑女の作法で口上を述べる。うーん、貴族様相手を想定して教育されているね。
「わたしはコーラル村村長の娘ミレイです。ご領主より命じられた災害モンスターの討伐。父は果たせずあえなく死亡したため、わたしが代わりに報告にあがった次第。どうかご領主様へ伝達に向かうため、お通し願います」
「む、そうか。ご領主様への報告とあらば仕方がない。で、後ろの二人は何だ。討伐隊の生き残りか?」
「いえ、二人は途中同行していただいた旅の冒険者です。ここまでの護衛をしていただきました」
「なんだ、よそ者か。ではお前らは入れるワケにはいかん。都市内は災害級モンスターの問題で戒厳令の最中だからな」
「お待ちください! この二人の腕はたいへんなものです。きっとあのモンスター討伐のお役に……!」
しかし私はミレイちゃんに最後まで言わせずに口を挟む。
「そうですか。じゃ、私たちの仕事はここまでですね。メガブリセントに入れないんじゃ、別の街を目指すことにしますよ」
「うむ。しかしお前。女のクセに大剣など背負って、剣王サクヤの真似か? ぜんぜん体に合ってないぞ」
「…………サクヤ?」
ヤバ。ミレイちゃんが何か言いたそうな顔で見ている。
「ええ、これは飾りですよ。これを背負っていると、盗賊なんかは勝手に有名なあの人だと勘違いしてくれてね。けっこう安全に旅路を歩めるんです」
「ハハハ、そんなハッタリに騙される盗賊はよほどの愚か者だな。剣王サクヤはリーレットを拠点にしている。こんな所をうろついているワケなかろうに」
ますますミレイちゃんの目が不思議そうなものになっている。この会話、あの娘はどう思って聞いているのやら。
「んじゃ、私らはそのリーレットを目指すことにします。行き方を教えてくれませんか」
「ふむ? ここオルバーン侯爵領からはけっこう距離があるぞ。まぁ向かうなら、南西の街道をひたすら進んでゆくんだな。途中ソルドア男爵領や小領の騎士爵領なんかが集っているから、仕事はそのあたりで探せばいい」
オルバーン侯爵……って、ラムスの実家じゃない! リーレットが対王家への軍事同盟を進めている場所の。そんなややこしい場所に来てしまったのか。
おまけにモンスター災害に見舞われている真っ最中とか、ややこしい事態になりそうな要素が揃い過ぎている。どう動くべきだろうね?




