132話 真琴ちゃん、秘められた力
そして翌朝。
見回すと、二十匹くらいのモンスターの死骸に囲まれていた。記憶があるバトルは最初の狼のだけなんだけど、どうやら寝ながら近寄ってくるヤツを討伐したらしい。
「寝ながらでも、全部ちゃんと一撃で絶命させている。すごいな、私」
「ううっ、やっと朝だ。モンスター出すぎだよ、ここって」
「ひぃひぃ、あの人コワイ。なんなんですの、あの強さ」
真琴ちゃんもミレイちゃんもぜんぜん眠れなかったという。見張りご苦労さま。
ともかくお腹がすき過ぎなので、死骸から少し離れて、血抜きした狼を解体し炙って朝ごはんとした。
「ううっ、マズイ。硬くてパサパサする」
「肉食獣の肉なんてこんなものだよ。長く茹でればもうちょっとマシになるけど、水も無いし時間がもったいないからね」
「マズくても食べるのが止まらない。”空腹は最大の調味料”ってのをここまで感じたのは初めてだ」
モンスターの死骸の側で血生臭いニオイにむせながらマズイ肉を齧る最悪のキャンプ。それでも食べたおかげで元気は出たし、これからのことを考える余裕も出てきた。
「はぁ……それにしても、また今日も一日歩きなんですね。あと何日耐えられるのかしら」
「大丈夫。ミレイちゃんのその苦労はもう終了だ」
「え? それはどういう……ハッ! まさか?」
ミレイちゃんは「ガバッ」と真琴ちゃんに抱き着くと、モウレツな勢いでわめく。
「お、お願い! 殺さないで! もう文句なんて言いませんから!」
「なんなの、その殺人鬼にでも会った反応。私がそんなヒドイ事する人間に見える?」
「ええっと、そりゃ咲夜さんの夜のあの勇姿を見れば……ねぇ。僕もちょっと『もしや?』とか思ってしまいました」
あさっての方向を見る真琴ちゃんにつられてそっちを見れば、そこはモンスターの死骸が累々。まぁ女の子には刺激が強すぎたか。でも私だって女の子だぞ。その怯えるまなざしは傷つくよ。
「昨日ミレイちゃんの話で、少し引っかかる所があったんだ。君の両親は家財道具をまとめて逃走準備が出来ていた。なのになぜまた家に戻ったんだろう?」
「それはわたしも思いました。一刻も早く逃げないといけなかったのに、大事な用があるからって。そのせいであんな事に」
「で、君の家を少し調べてみたんだ。倒壊した家屋を調べるのは苦労したけどね」
「やけに外でズシンズシン音がすると思ったら、そんなことしてたんですか。何か見つかりましたか?」
「うん。ミレイちゃんの両親の遺体があった場所を探したら、隠し戸棚が見つかった。これを持っていこうとしたんだね」
荷袋から革袋を出して中身を落とす。すると十数枚の金貨がこぼれ落ちた。小金貨だけでなく大金貨もある。村長とはいえ大した財産を貯めていたものだ。命懸けで持っていきたくもなるというものだ。
ミレイちゃんは魅入られたようにそれをしばらく見つめた後、ポツリ言った。
「……これ、どうするんです?」
「ミレイちゃんの両親が亡くなった以上、君のものだ。好きに使いなよ」
「いいんですか? 冒険者の方って、こういった時、持ち逃げするものだと思っていました」
まぁ冒険者に限らず、こんな状況でお宝を持ち主に渡すヤツなんて、まず居ないだろうね。私たちはそこまでお金が必要ないだけなんだけど。
「ま、今はお金なんて重いだけだしね。今だけの気まぐれかな。でも気をつけなよ。そのお金がミレイちゃんを不幸にするかもしれない」
「……どういうことです?」
「それだけの大金、女の子が持っていると知れたら狙われるってことさ。今の君は守ってくれる後ろ盾なんてないんだから」
「ああっ!」
まさに鴨ネギ状態。メインディッシュがパーティ費用を持って歩いているようなものだ。私たちと別れて数時間後には、盛大な鴨ネギパーティが開催されちゃうかもしれないね。
まぁこのお金のせいでミレイちゃんが美味しく料理されたら後味が悪すぎる。いちおう防衛策をレクチャーしておこうかな。
「お金は誰にも絶対知られないよう秘密にしておくこと。持ち歩く時は『ジャラッ』って音が少しも立たないようキツく縛っておくように。荷物に少しでもその音がしたら、手練れの盗賊はすぐに察するからね」
「は、はい。ううんっ」
革袋に緩衝材代わりの草をつめこんで紐をギュッと硬く縛って一塊にする。それを彼女のリュックの一番奥に入れて完了だ。
「まぁお金のことはそれでいいね。で、見つけたのはそれだけじゃないんだ。これもあった」
さらに荷袋からそれを出した。それは柄の短めな魔法師の杖。魔法師の杖は冒険者用ならトレジャー・ポールにもなるため、柄の長いものが普通だ。しかし街中で使うことを想定したものは、このように柄を短くするタイプも多い。
「魔法師の杖ですね。どうしてこんなものが村長の宅にあったんでしょう」
「いっしょに書置きもあった。なんでも高名な魔法師の方から、これに家紋を入れるお仕事を請け負っていたらしいよ。細工師のところへ持っていく前に、今回の事件が起こったわけだけど」
「ああ、父がそういった有力貴族様に伝手のある方々へ便宜をはかっていたのは知っています。でも細工師を探すどころではないので、お返しするしかありませんね」
「ま、そうだろうね。でも返す前に私たちの役に立ってもらおう。真琴ちゃんは白魔法師なんだけど、杖がないと上手く術が使えなくてね」
もともと私たち世界の人間が魔法を使うのは無理がある。こちらの世界の人間は、長い時間をかけて魔力の源の魔素に対する抵抗力や使い方を体で覚えてきたが、私たちには一切ない。
真琴ちゃんも白魔法師最高の魔力と術を持っているけど、無手ではそれを使いこなすことが出来なかったのだ。だけど今からは真琴ちゃんの力は存分に発揮できるようになった。
「そう言えば、わたしの手足のひどい傷を治したのはマコトだそうですね。じゃあ、もっと速くメガブリセントに行ける魔法があるんですか?」
「あるよ。バフをかければ、みんな馬と同じ速さで走れる。三日で領都へ行けるよ」
「ハハハそんなに時間をかけなくてもいいじゃない。真琴ちゃんには秘められた力があるんだし、それでもっと速くいこう」
「え? え? 何のことです。何も秘めていませんけど……ハッ! もしかして下のアレ? ゴニョゴニョ……」
それはこれから使えるようになるんだよ。
私はスマホを取り出しカメラ機能で真っ赤になった真琴ちゃんを見る。するとステータスが映し出された。
マコト・ミナミザワ
職業:女教皇
修得スキル:白魔法レベル10
修得術:ヒール キュア 浄化 ブリーチ スピードムーヴ パワームーヴ ガードライジング セイントフレア ホーリーフィールド
称号:両性の救世主
すごいね。法術をほとんど極めているよ。さすがお兄ちゃん自身が対魔族戦闘にスキル改造しただけはある。それに『両性の救世主』なんて称号までついている。称号ってのは多数の人々の認識なんかで獲得するものだから、日本ですごく活躍したんだろうな。
さて、たしか空間魔法も白に属する魔法系統だったはず。
見てみると、ちゃんと空間魔法の項目があった。
真琴ちゃんに325ポイントを使って空間魔法を最高値レベル10まで覚えさせる。で、50ポイント使って転移ゲートを修得させる、と。
「それじゃ真琴ちゃん、君の力を見せたまえ。転移ゲートを出して、あっちの方向に出来るところまで繋げるんだ」
「ええと……あれ? なんか、いつもと違った魔法が出来そうな感じがする」
真琴ちゃんがワンドをかざした辺りの空間が歪んでゆく。やがてその部分は別の景色となって固定された。それを見たミレイちゃんの目は驚愕で見開かれる。
「こ、これはまさか転移ゲート!? レアな空間魔法の中でも術奥義とされる魔法! マコト、あなたそんなに格の高い大魔法師だったんですか!?」
「え、ええと……その、ハイ」
お兄ちゃんに関わったら、ただの女の子が剣王にも最高位魔法使いにもなっちゃったりするんだよね。
「さぁて、これで距離を思いっきり短縮できる。最速で領都まで行こうか!」




