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128話 エピローグ【岩長視点】

 ――「とにかく無事ならいい。真琴は上海(シャンハイ)でお前といっしょに呼び戻す。それまで、どうにか生きていろ。じゃあな咲夜」


 向こう世界にに繋げた魔力通信を切ってスマホをしまう。

 どうやら咲夜も真琴も無事に向こうの世界に着いたようだ。ただしメラには逃げられたようだが、向こうの世界に置いておけば問題はあるまい。そのままあっち世界に置き去りにしてくれる。


 さて。車を走らせ、オレのことを嗅ぎつけたマスコミに見つからずに逃げ、検問も無事通過し、ようやく安全圏とでもいうべき人里に着いた。

 明け方の早い時期なだけに人通りもまばら。ここらでいいだろう。

 ビルの陰の人気ない場所に車を停めて降り、トランクを開ける。


 「湯雪、着いたぞ。ようやく安全圏だ。好きに声出していいぞ」


 「ぷっはああ、ようやく思いっきり息が吸えます。これで終わったと思ったのに、まさかトランクに入れられるなんて」


 トランクから湯雪が猫のように這い出てくる。本当にコイツには可哀想なことをした。少しフンパツして迷惑料を払ってやるか。サイフから持ち金全部を抜き湯雪に渡す。


 「悪かったな。今回の個人的な礼として三十万渡しておく。言っておくがバレたら課税対象になるからな」


 「あはは、気をつけます。でも勝手に仕事抜けちゃってどうしましょう」


 「その後始末もやっておく。お前の事務所には飛びこみの仕事をしてくれたと連絡して二百万入れる。アリサソフトにもこちらの都合で仕事を抜けさせたワビを入れる。他にあるか?」


 「アニメのお仕事の件も忘れないでください!」


 ヤベェ、忘れてた。


 「ああ、そうだったな。そっち方面のプロデューサーはうぐ崎が何人か知っている。出資者に飢えてる金無しヤローならあっさり簡単ブタのケツ。三千万ほど出して役つけてやるよ」 


 やれやれ金のかかる事だ。真面目にデイ・トレーダーやる時間も無くなって来たし、少し本気でスポンサー業に本腰入れるか。

 と、湯雪が妙にキラキラした目でオレを見ていた。


 「すごいですねぇ、本当にお金持ちなんですね。しかも妹さんと一緒に政府のお仕事までして」


 魔人退治は仕事じゃない。ほぼボランティアだ。いちおう報奨金のようなものは出ているが、まったくワリに合わん。メリットは税制優遇くらいか。


 「そうだオレは凄い。凄いから、こんな面倒なことまでしなければならん。ま、お前らが安心してお仕事に励める世界は守ってやるよ」


 湯雪を助手席に乗せてふたたび走りだす。そしてまだ通勤時間には早い駅前につくと、車を停める。これで湯雪の冒険は終わりだ。


 「着いたぞ。長い夜だったな。安心して日常へ戻れ」


 しかし湯雪は降りずにジッとオレを見つめる。


 「岩長さん」


 「ん?」


 「好きです」


 少しだけ時間が止まった。

 女の子の本気がわからず『冗談だろう』と言っちまうほどバカじゃない。

 だけど――


 「()り。彼女はつくらねぇ主義なんだわ」


 「断られると思っていました。いいんです。あたしもこの場限りの気持ちですから」


 「そっか。羨ましいことだな」


 「はい? なにがです」


 「そんな風に無邪気に誰かを好きになれることがだ。オレはこの世界の誰にも、そんな気持ちは抱けない」


 「…………? 誰かを好きになったことがないんですか?」


 「いいや。ずいぶん昔、死ぬほど好きになった女たちがいてな。そいつらの気持ちが邪魔して、いまだ新しい恋が出来ねぇ。我ながら未練がましいこった」


 恥ずかしくなって朝焼けの空を見上げる。今オレはどんな情けねぇ顔してるんだろうな。


 「そうなんですか。岩長さんにも悲しい過去があったんですね。………あれ? ”女たち”って、複数なんですか?」


 「そうだ、七人。みんなクセがあって騒がしくて……いい女たちだった」


 「ぷっ、アハハハなんですか、それ。”たった一人の女の人”とかなら感動できたのに。昔は七人も死ぬほど好きな女性がいて今は出来ないとか、悪いけど笑っちゃいます」


 「おう、笑え笑え。こんなつまらん感情は笑い話にするのが一番だ。ガハハハ」


 そいつらは今じゃみんな妹のハーレム要員だ。なんて笑える話なんだろうな。


 ガチャ

 車のドアを開き、湯雪は軽いステップで表に出る。


 「それじゃ、もう行きますね。咲夜にもよろしく」


 「ああ、いろいろすまなかった。来期のアニメに押し込むから、しっかり実力を見せろ。せいぜい業界で生き残れよ」


 「はい、お願いします。あ、そうだ」


 チュッ

 湯雪がオレに猫のように近づいたと思った途端、頬に微かに柔らかな温もりを感じた。


 「おいおい」


 「えへへ。せっかく告白しちゃったし、これくらいはね。それじゃ岩長さん。いつか新しい恋が出来るよう祈っています」


 湯雪は可愛く手を振り駅の中に消えていった。

 あんま可愛いことするんじゃないよ。


 そういや、女ってこんな可愛いものだったよな。

 ずいぶん長く忘れてたような気がする。


 ノエル、セリア、ロミア、ユクハ、アーシェラ、モミジ、シャラーン。

 いつかお前らを思い出にして、あんな()と素直に付き合えるようになれるのかな――


 ――なんてな。

 せつな系メランコリーはここで終了。


 オレらを追い込んでくれた野郎をつきとめねぇとな。

 この事件には人間の黒幕がいる。何の目的か知らんが、オレや咲夜が魔界発生の事件解決に関わっていることを世間に暴露しようと企んでいる。放ってはおけない。

 オレは政府関係専用の携帯を出し、竜崎へTELLする。


 『ガチャ。どうしました岩長くん。逃走にトラブルがありましたか?』


 「そっちは問題ない。咲夜も湯雪も無事行くところへ行った。それよりテメェらの中の裏切り野郎だ。わかってんだろう?」


 『ええ。永井さんの魔人化の件で五(パーセント)は疑っていましたが、フビTV(テレビ)にこちらの情報が漏洩したことで五十(パーセント)。これから裏をとります』


 「ふん、二分の一か。たしかにもう一人有力な容疑者はいるな」


 『私、ですね。たしかに岩長くんから見れば、私も永井さんに身近な人間であり情報も知りえる立場。疑うのも仕方ありません。ですが違いますよ』


 「ま、お前を疑ったら、これからの協力も難しくなるし信用してやる。だが上海(シャンハイ)作戦までにはカタをつけろ。オレらの不参加は無いんだろう?」


 『もちろんです。自衛隊員の犠牲を減らすためにもぜひ参加していただかねば。それに情報漏洩などを許しては異世界研究室の存続も危うくなります。何としても尻尾を掴んでみせますよ』


 「そうか、期待している。じゃあな」


 携帯を切り懐にもどす。竜崎が、この後におよんで犯人に気がつかないボンクラでなかったことに一安心だ。

 永井の魔人化だけなら容疑者はそれなりになるだろう。しかし『内部情報を知りえる』という要素が加われば、それは竜崎ともう一人に絞られる。

 まぁ二つの事件が別々の人間が起こしたとも考えられるが、タイミングから見て同一人物と見た方が自然だ。


 しかし悪魔の仮面(デモンズ・マスク)をどこで手に入れたかが問題だ。いくら異世界研究室の者であろうと、それを手にいれるのはかなりの難問だ。裏世界では『絶大な力を手に入れられるアイテム』として三億もの値段がついていると聞く。


 「下っぱ官僚の立場だけでどうにかなる問題じゃねぇしな。誰かスポンサーでもついているのか……ハッ!」


  そうか、メラだ! いきなり現れ咲夜の転移に割り込んだあのガキ。

 前はタダの迷惑なガキだったが、諸菱高校の一件で妙な能力を身につけたようだ。アイツがヤツに手を貸したとすれば、もろもろの不可能な点がすべてクリア出来る!

 覚えていろ、裏切り野郎にメラ! 今回の借りは必ず倍にして返してやるからな!



 第八章終了です。第九章もすぐにはじめます。

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― 新着の感想 ―
>ずいぶん昔、死ぬほど好きになった女たちがいてな。 >今じゃみんな妹のハーレム要員だ。  言われてみれば複雑な状況ですな。その7人には直接会えないから……。 >裏切り野郎  ここまでくれば、わかるよ…
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