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124話  魔人将棋勝負

 先手をとれた。まず私は7六歩、魔人は8四歩。 

 将棋AIくんは角換(かくが)わりの戦法。魔人は飛車先を開ける。

 しばらくは定跡(じょうせき)っていう決められた手順をなぞるだけ。まだ考える段階じゃない。

 だったら、今のうちに聞いておかないといけない事があったね。 


 「ひとつ聞きたいな。あなたが付けているその仮面、それを渡したヤツは誰? それが渡ったのはヤバくてどうしようもない人間ばかりで、まっとうだったあなたが手に入れられるはずがないんだけど」


 「それは言えない。私にも義理はあるからね」


 「ふうん? 『勝ったら教えてやる』とかでもダメ?」


 「ダメだな。その人には、いくらでも長く将棋を指せる体にしてくれた恩義がある。それがたとえ悪魔の力だとしてもな」


 「わかった。そんなに大事な人と言うなら、もう聞かない。対局は静かに指すものだし、お話はこれでおしまい」


 強力な魔人といっても、この辺は素人だね。

 隠したいなら『見知らぬ男にもらった。理由はわからない』とでも言っておけば良かったんだよ。

 おかげで家族だか友人だか『身近な大切な人』というのがわかってしまった。あとはこれを聞いている竜崎さんが洗い出してくれるね。


 パチリ……パチリ……


 序盤、角を交換する形で互いの持ち駒になった。この場合、角は攻め飛車は守りに使うのが必勝とか昔習った。けどこのAI、その角を自陣に置くとか訳の分からないことをしたり、ぜんぜん意味フな場所の駒を動かしたりと、もう局面についていけなくなってきた。

 今、勝っている? 劣勢? どうなってんの?


 「どう? 私の将棋」


 ためしに聞いてみた。


 「強いな。まったく差が開かない。そろそろ中盤だが、五分といったところだろう」


 答えてくれた。まいったな、親切すぎて憎めなくなってきた。


 パチリ……パチリ………


 また無言で数手が続けられる。しかし「次4五歩」と指示がきて、それを指したときだ。


 「フ、フフフフフフ」


 ふいに魔人がおかしそうに笑った。まさか失着したのか?


 「やっちゃった? ミスったかな」


 「いいや、見事な一手だ。見事すぎる」


 「……どういう意味?」


 「この4五歩。人の頭で、しかも一分でたどり着けるような手ではない。この完全電波遮断の結界の中でどうやっているか知らんが、AIを使っているな? どうりで指し方は素人なのにスルドイ手を指すはずだ」


 ―――!!?


 「だったら? 最初に取り決めたルールにAI禁止なんてあったっけ?」


 「ないな。だから好きに使えばいい。君の素頭と勝負しても楽しくなさそうだからな」


 コイツ――!! パチリ。


 「フ、フフフ本当に強い。一手の失着がそのまま死につながりそうだ。この強敵AIとの対局、存分に楽しませてもらおう」


 嫌な汗が流れてきた。はじめてこの将棋魔人の強さを見た気がした。

 命のかかった勝負の上、こっちは将棋AIなんて反則を使っているのに、逆にそれを楽しんでいる。

 武の世界でも、命のかかった勝負を楽しめるヤツはみんな強いと言われている。

 まぎれもなくコイツは強者だ!



 ジリリリリ…………


 対局時計から三十秒前のベルが鳴った。ここから三十秒以内に何か指さないと、そのまま敗北だ。


 『6四銀だ』


 「くっ……!」


 パチリ


 かなり手も進んで局面は複雑になってきた。お兄ちゃんの指示も三十秒前ベルが鳴ってから来ることが多くなったし、将棋魔人も二分間ギリギリまで考えてから指している。


 「………くそっ、アイツが大きく見える」


 盤面を見て考え込む将棋魔人のその姿。それは独特な気をはらんで、この上なく大きく見えていた。

 まずいな、()されている。

 私は指示に従ってその手を指すだけ。だから私がどう思おうと、勝負には関係ない………はずなんだけど。

 でも、いいの? 冒険者の修羅場に生きてきた私の勘は『負けるかもしれない』って予感をビンビン感じている。

 でも私に将棋AI以上の将棋が指せるわけもないし、このまま指示通りに指すしかない……んだけど。せめて多少の情報収集くらいはしておくか。


 「どう? 勝てると思う?」


 「ああ、私の勝ちだ」


 ――――!!?


 「早いんじゃない? まだこちらの詰みは見えないよ」


 「フフッ、君の目にはそうだろうね。しかし私の目はすでに終局図まで見えているよ。ここからは、君がわかりやすい形にしていくだけだ」


 驚くよりも『やはり』という感情が勝った。おそらく私は負ける。

 そしてある時。私が指し手の指示を受けそれを指した後、すぐにお兄ちゃんから指示以外の言葉がきた。


 『咲夜、今、評価値でこちらの勝率が下がり続けている。ヤツがここまで完璧に指しまわしていたことを考えれば、この先のミスも期待できん。要はこのまま終局までいけば、お前は負けるということだ』


 ――くっ、やはりか!


 『だが、それは一手ないし二手のわずかな差だ。こちらは、このまま最善手を指示することしか出来ない。しかし現場のお前なら――わかるな? 以上だ』


 マイクを「トントン」と叩いて了解の意を伝える。

 さっきまでは暗闇の中道が見えないような感覚だったけど、今はスッキリしている。状況とやる事がハッキリした分、気持ちが前向きだ。やっぱり私は行動の人間なんだね。


 さて、どうする? やる事は相手の手を遅らせること。

 といっても、事前ルールで相手の駒置きと思考を妨害する行為は反則負けとなっている。また、勝負の決着がつくまでここから動いて移動することも出来ない。


 これらのルールの穴を突いて相手の手を遅らせる方法を考えなきゃいけないんだけど………難しいな。

 私のつたない将棋知識の中で、なにか使えるものはないか。


 そう思って盤面や自分と相手の持ち駒を見ていると、相手の持ち駒に金と銀が無いことが気になった。たしか終盤において、この二つの駒は飛車や角より重要だと習った気がする。詰みにかかる際、このどちらかの持ち駒が無いと手が大きく遅れるのだと。


 となると、どこかで獲りにくるね。一手二手を争う僅差の勝負において、そのどちらかを獲らずに詰みにはいるとは思えない。


 「ニヤリ」


 私にもだんだん見えてきたよ。私の勝ち筋が。


 


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