122話 最凶最悪な苦難の戦い【岩長視点】
『うわあああっ! すっかりハメられたあああ!!』
「ぐわああっ! 咲夜のヤツ、また大声出しおって! いや、それよりも……」
この魔人、また新たな特殊能力が開花している。転移能力と約束厳守の制約。判明している強固な結界と将棋強制の洗脳もあるし、とんでもなく強力な魔人だ。
「くそっ。もしこの将棋魔人が殺意の高いヤツだったら、ここに居る全員が生きていられなかったかもしれんぞ。オレや咲夜も含めてだ」
「で、永井さんがそこまでの魔人になった要因はなんだと思います? 確認された魔人よりさらに強力なその理由は」
たしかにその理由は重要だ。異世界研究室としては最優先で答えを出さねばならない問題だな。
「…………おそらくは知力。魔力を魔法として形にするにはイメージの力が重要だ。また術を強化する複合幾何学魔方陣の構築にも優れた頭脳が必要となる。永井の棋士の頭脳がそれを可能にしたのだろう」
「なるほど。トップ棋士は頭の中で幾通りもの駒の動きをシミュレーションしますからね。それが魔人の力になるとすれば非常に強力です。正攻法では咲夜さんでも倒せないかもしれませんね。やはり弱点を攻めるしかないかもしれません」
「………将棋か」
「ええ。最大の執念はまた最大の弱点でもあります。彼が自分で言っているように、彼を殺せるのは将棋のみ。将棋で彼に勝つことが最大の勝機でしょう」
「簡単に言うがな。それは可能なことなのか?」
「ま、私たちがここで話しこんでいても現場の咲夜さんが困るだけです。負けたときのペナルティは何もないようですし、ともかく名人と指しましょう」
「………それしかないな。おい咲夜、対局だ。はじめるぞ」
『了解。どうにか勝機を見つけて』
というわけで、さっきのようにオレと竜崎が将棋盤を挟んで向かい合う。
「お願いします」
「なんだ? いきなり挨拶とか、どうした」
「岩長くんに言ったんじゃないですよ。盤面向こうの大多賀名人にしたんです。将棋はこうして互いに相手への敬意を礼にしてからはじめるんです」
パチリ
「咲夜、2六歩。竜崎。お前、名人との対局楽しんでいるだろう。浮かれてるぞ」
パチリ
「ええ。アマの私が大多賀名人と指せる機会なんてありませんから。実際やるとしたら、お金は数百万はかかるし予約も来年待ちになるでしょう」
パチリ
「7八金。お偉い野郎だな。気に食わん。おい竜崎、勝てよ。そんな野郎の鼻を明かしてやりたいのがオレさまだ」
パチリ
「無論、負けるつもりで指す将棋はありません。しかし相手は名人。私ごときに後れをとるようでは、そのタイトルに届くことはなかったでしょうね」
パチリ
そして指しあうこと五十手ほど。しかしこの戦いは思ったよりもヤバイ。退屈に殺されそうだ。パチリ。
「8五桂? 同銀で取れるのにどうして………いや、この桂は取れない。7筋が開く。しかし取らないと金成で攻められて……」
やれやれ、またか。二階の対局はテンポよく進んでいた。だがこの名人との対局はしばしば手が止まり、こうして長考に入りやがる。対局がはじまってもう三時間もたつ。
オレはとっくに二人の対局にはついていけなくなっている。トップレベル同士の対局はマジ難解で盤面を楽しむこともできない。
「どう指しても返される。これが名人の将棋か。こわいなぁ」
「ちっ、楽しんでんじゃねぇよ。さっさと指せ」
ああ、オレはいつまで思考を楽しむ竜崎の顔を見ていないといけないのだ。これは最凶最悪な苦難の戦いかもしれん。
『お兄ちゃん、まだなの? この戦い、キツすぎなんだけど』
咲夜も同じか。いや、知らんオヤジと二人きりなだけにオレよりキツイか。
「おい、声優女神。また仕事だ。咲夜に元気の出る言葉をかけてやれ」
「はい! まかせてください」
嬉々としてマイクを受け取り咲夜に声をかける湯雪。アイツも退屈してるか。
いったい何時までこんな時間を過ごさねばならんのだ。竜崎が勝つまで?
いや、この対局は竜崎が勝つ可能性の方が低いのだ。そしたらまた一局?
最凶最悪な苦難の戦いはどこまでも泥沼だ!!
いつまでも続くかと思われた糞ダルバトル。しかしそこに思わぬ救世主が現れた。
「管理官、例の設備が届きました。すぐ設置をはじめます」
八神とその他技術者らしき連中がドヤドヤと大荷物を抱えてやって来たのだ。
「もう、ですか? ………わかりました。はじめてください」
八神は荷物の中から出したノートパソコンを近くの机に置き、なにやらセッティングを始めた。それを眺める竜崎は妙に残念そうな顔をしている。ということは朗報なのか?
「設備とはなんだ。なにをはじめる?」
「将棋AIが届いたんですよ。将棋に特化したAIで、あらゆる手を瞬時に計算しベストの手を割り出します。この将棋AIに人間は勝つことが出来ません。たとえ名人でも」
「おおっ! なんという救世主。そんなものが開発されていたのか!」
「しかもこの【HappyBell】は将棋AI同士の競技戦にて優勝し、104勝無敗というおかしい性能を見せつけた最強モデルです。これがあれば将棋戦は恐れるに足りません」
「うおおおおっ! ますます頼もしい。すぐに設置するのだ!」
「しかし……せっかくの名人との対局を機械で水入りにするのは、あまりに惜しい。せめてこの対局だけでも」
「糞が! キサマと名人の長考につき合わされるオレと咲夜の身にもなれ。こんな絵面も映えん糞ダルバトルは一刻もはやく終わらせるのだ! さっさと自分の仕事をしろ!!」
「ですね。わかりました。悲しいですが、ここまでにしましょう」
というわけで、竜崎はセッティングされたノートパソコンを脇に置き、有効な手を確認しながら指すことになった。将棋盤をそのまま使うのは、オレが相手の手を言うより駒を動かす方が早いからだ。
「ふぅむ、この上のグラフの38対62とは何だ?」
「評価値です。現在の勝率は名人62%、こちらが38%です」
80手近くも指したのに、名人相手にその程度の差に抑えて指し続けていたのか。竜崎の頭脳もバケモノだな。
「ここからは早くなりますよ。将棋AIはあらゆる有効な手を数秒で計算し、もっとも勝率の高い手を瞬時に割り出します」
「フフフ、それだよオレが求めていたものは。これがあれば将棋魔人も恐るるに足らずだな。ヨシッ、ここからは圧勝バトルといこうか!」




