121話 特別対局室の罠
私は三階事務室の調査を終えたあと、階段を上って四階にたどり着いた。そこは棋士および奨励会員の対局室。されど私はそこの入口には足を踏み入れない。
「ここまで来たら、さすがにわかるよ。間違いない、魔人は上に居る。対局室の方には人質がたくさんいる気配があるけどね」
『ならば四階に用はないな。人質はあとで正気に戻った機動隊員にまかせれば良い。そのまま五階へ行け』
「オーケー。時間はかかったけど、やっと本来の任務だ」
さらに階段を上り五階を目指さんとする。が、その途中には濃厚な瘴気が渦巻いていた。この将棋会館を覆っているものよりさらに濃厚なヤツだ。
「ちえっ、また結界か。こんなもの! スキル【破城斬嶽剣】!!」
メガデスを振るいスキルで瘴気に叩きつける。瘴気は大きく削れ霧散するも、まだまだ大量に残っている。
「ふうう、やっぱり堅いね。まぁいいさ。しょせんは据え物。ゆっくりやるさ。とりゃ……あっ?」
――フ、フフフフ、ずいぶん乱暴なお嬢さんだ。
いきなり謎の声が響いてきた。声の主は見えず、まるで建物全体が声を発しているようにも思える。将棋魔人か。最後の防壁を破られんとして泣き言でも言いにきたのかな?
――君は面白いね。この将棋会館内では将棋を指さずにはいられないはずなのに、それに縛られていない。
「それはどうも。私はあなたを殺しにきました。どうか震えてお待ちください」
――それは困ったね。私は将棋以外で死ぬのはごめんだ。私が死ぬのは『将棋に殺されて』と決めているのだよ。
「知ったことか。多くの人を捕らえて、子供達を魔物にした悪党め!」
――あれは一部の子供達の衰弱が激しかったのでね。魔力を注ぎ元気づけてあげようとしたら、ああなってしまった。私の本意ではないのだよ。
「言い訳にならないね。すぐにこれを破って引導を渡しに行ってあげるよ」
――しかたないな。では、こういう手を使うとしよう。
「なにっ!?」
「ズズズ……」と瘴気の壁から音がしたと思ったら、そこから幾人も子供が現れた。彼らは壁のように立ちはだかり、梃子でも動きそうにない。
「………肉壁か。棋士とは思えない卑劣な手を」
――そうだな。私もこんなやり方は好きではない。それに、それでも君はこの子たちを殺して入ってくるかもしれない。
「いちおう手はつくすけどもね。私もいつまでもここに縛られているわけにはいかないし」
――そこでどうだろう。四階の対局室にて将棋で一勝。それを成したなら、あえてこの帳を解き君を迎え入れようではないか。どうだね?
「…………本当?」
――ああ。今この建物内に【約束厳守】の制約を課した。この挑戦、ぜひ受けてもらいたいのだがね。
こっそり口元のマイクで確認する。
「お兄ちゃん、大丈夫だよね?」
『ああ。閉じ込められた奨会生に三段の者はいないはずだから竜崎でいけるはずだ。だが年齢の高いヤツは有段者の可能性がある。年齢の低いヤツを選べ』
よしっ。約束厳守の制約とやらが本当かどうか知らないけど、とにかくもう一局だけ指してみよう。嘘だったら、その時強行突破で頑張ればいいだけだし。
「わかった。時間稼ぎだろうけど、もう一局だけつき合ってあげる」
――フフフ、一局で終わればいいね。
私は踵を返して階段を降りる。そして四階まで戻って対局室の入口をくぐった。ここには洒落た名前の棋士と奨励会員の対局室が連なっているはずだ。だが――
「うわっ! ここにも瘴気が?」
入口に入った途端、もうもうと瘴気がふきあがり、それに包まれて何も見えなくなる。
数秒のち、瘴気が晴れるとそこは日本風の落ち着いた部屋だった。畳の床に障子の戸。そして中央には四つ足の将棋盤が置かれ、上座に和服のオジサンが座っていた。
「ここは………対局室?」
――そうだ。四階最奥の特別対局室。一日でもっとも格の高い対局が行われる部屋だよ。
ふうん? 将棋の世界にも序列ってのがあるんだね。たしかに品格高そうな部屋だし、武装バリバリな私には不似合いな部屋だね。
「で、このオジサンは? まさか永井さん自身じゃないよね」
――ほほう、すでに私のことを知っていたのか。しかし違う。そのお方こそは【大多賀名人】。私が事を起こしたのは奨励会員の対局日だったが、たまたま指導にお呼ばれしていたようだ。
「で、この人が相手と決めちゃったわけか。まぁいいや。謎のオジサンなんてさっさと勝って、すぐに行ってやるから」
私はメガデスを置き、その向かいに正座で座った。さて、もう一局連勝記録を立てますか。立てているのは竜崎さんだけどね。
『…………おいこらバカ。なに寝言を言っているのだ』
やけにトーンの下がったお兄ちゃんの声が耳のイヤホンに響く。
「はい? 起きてるけど」
『キサマはハメられたのだぞ。【名人】だぞ、目の前にいるのは』
「そのメイジンさんって、そんなに強くて有名な人なの?」
『【名人】は名前じゃねぇ! 八つの将棋のタイトル中、竜王と並ぶもっとも格の高いタイトルだ! いくら竜崎であろうと、将棋界最強格の名人に勝てるわけなかろうが!!』
―――!!!
「この野郎、ハカりやがったなぁ!!!」
『ぐわああっ! いきなりデカい声出すなバカ! いや、いきなりでなかろうとするな!」
おっと、口元にはマイクがあるんだった。高性能集音マイクだから、向こうではヒドいことに……いや、それよりも!
「やっぱり将棋勝負なんてヤメ! 強行突破ルート確定だ!!」
怒りに燃えてメガデスを掴み、立ち上がって障子を破り外に出ようとするも。
「あれ?」
足がもつれて「ドスン」とふたたび床に座ってしまった。
――言ったろう。この建物内には約束厳守の制約を課していると。君はこの大多賀名人から一勝するまで部屋から出られない。
「ええっ! その制約って私もなの!?」
――約束は双方が守らねばならないものだからね。
「うわあああっ! すっかりハメられたあああっ!!」
どうすんだよ、コレ!!?




