119話 八神補佐の陰【八神視点】
竜崎の補佐・【八神来人】は上司の竜崎が将棋にかかりっきりになった合間に、周辺の人気のない場所で思索にふけっていた。思い出すのは上司の竜崎にくってかかった時のことだ。
「竜崎管理官。異世界技術を独占している野花岩永という男をいつまで自由にさせているんです? あの力は政府の管理下に置き、世界中で起きている異世界災害の対処に使うべきです!」
「私にそういった決定を下す権限などありませんよ。決めたのは政府上層部の方々です。我々はそれに従うだけです」
「その上層部に管理官が強硬手段を止めるよう働きかけていると聞きました! なにがしかのネタを使って脅しのようなことをしてるとも! なぜです? なぜ彼をそこまで!!」
「………つまらない事を調べさせるために補佐にしたんじゃありませんよ。調べた限り、岩長くんの力は日本政府の強引な手を突っぱねるだけのモノはあります。やれば海外へ逃げるでしょうし、最悪敵にまわしてしまうかもしれません。ゆえに今の協力関係が続くよう尽力しているんです」
「しかし! ならば策をもって………」
「アルザベール城という巨大な研究資料があるにも関わらず、われわれの異世界研究は遅々として進まない。なのにそれを岩長くんは軽々使いこなしています。知力においてもはるかに上回っていると見るべきでしょう。策など信頼関係を破壊するだけで何の益も生みません。その提案は却下です。二度と上げないでください」
「ギリリ」と奥歯がきしむほどの悔しさを感じた。
竜崎管理官、あなたは愚かです。目の前に大いなる力があるのに、なぜ知力の限りを尽くして奪いにいかない? 彼のあの力があれば、僕ならもっと有効に使い世界中に散った魔物を駆逐することも出来る!
「ハーイ八神サン。お散歩デスカ?」
そんな八神のもとに、金髪髭づら海外ジャーナリストのミスター・ヒュースがふいに声をかける。
「ミスター・ヒュース…………いやメラ。今はその演技はいい。しばらく管理官が動けないからな。お前の仕事の確認をしにきた」
途端、ミスター・ヒュースは彼の良く知る表情になり、くだけた物言いになった。
「悪事の打ち合わせも今のウチってわけね。んじゃ、俺も素に戻らせてもらうぜ」
たいした変化だ。この金髪髭オヤジは本来十代の日本人だというのに、まったくそのようには見えない。これが異世界の魔法の力の一端か。
「ほらよ、これが成果だ。岩長のオッサンも咲夜さんもバッチリ写っているぜ」
渡されたカメラのデータを見てその成果に驚嘆する。隠し撮りのはずなのに正面を捉えた姿さえある。
「よし、これは預かっておく。お前が手にした情報はチェックが入ることになっているからな。しかし咲夜女史の前でしたあの演技は何だ? あれではスパイではなくただのオタクだろう」
「咲夜さんは【気配察知】って厄介な能力があるんだよ。あれくらいしないと俺のこの変化も見破られるかもしれねぇ。ま、俺ン中に眠るルルアーバが、咲夜さん好きすぎってのもあるがね」
「ルルアーバか。魔物の中でも岩長氏や咲夜女史すら出し抜いた最上位の魔物と聞く。その力で岩長氏に対抗できるか?」
「無理だね。俺は受け継いだ力の百分の一も引き出せねぇ。ちょっと調べた限りの力にも対抗は無理だ。あのオッサンもまだまだ隠し持っているモンはありそうだしな」
「そう、か。ならば計画を進めるしかないな。フビTVに渡りはつけたか?」
「ああ。数字をとるためなら何でもする絶好の敏腕ディレクターを押さえてある。アンタの狙い通りに動いてくれるだろうよ」
「よし。永井くんが想像をはるかに超えた強力な魔人になってしまったのは予定外だったが、ヤツはどうにか打開する手立てを見つけたようだ。ならばいくぞ、岩長氏の力を国の……いや僕のものにする一歩だ!」
「いやまさか俺が手みやげに持ってきた悪魔の仮面をこう使うとはな。そのために病身の友達を魔人にしちまうたぁ、俺もビックリのとんだ悪党だぜ。しかも有名棋士やら奨励会の子供やら巻き込んで大事にしちまった。まったく恐れ入るぜ」
「だから何だ? あきれて裏切るか?」
「まさか。そういったド悪党なら俺と長くつきあえるだろうって思っただけさ。俺はアンタの忠実な部下。仲良くやろうぜ」
どこまで本心なのやら。しかし有用な手駒なのは間違いない。しばらくは上手く使ってやるさ。
「で、提案なんだが、この作戦じゃ追い込むことは出来ても追い詰めるまでは無理だ。そもそも異世界ってのがどういったものなのか見えないままじゃ、いつまでたっても主導なんざとれやしねぇ」
「……ああ。それは僕も感じている。しかし実際行って見てくるわけにも……いや、まさかお前!?」
「そうさ。そいつが出来そうな人間は俺だけだ。向こう由来の能力も少しは使えるしな」
「………しかし異世界へ行く方法はどうする。そういった事も異世界研究室で調査したが何もわからないままだ。いや、岩長氏が関与してるらしいということくらいか」
「それは多分アタリだ。咲夜さんは今まで行方知れずだったが、急にあらわれた。おそらく普段はあちらに住んでいて、今回の危機に呼び寄せられたって考えが有力だろう。ならば事件が終われば、また帰るかもな」
「…………行くつもりなら協力はしてやる。しかし戻ってこられる可能性は低いぞ」
「なら頼む。なに、ちゃんとアンタの喜ぶ成果は持って帰ってやるさ」
無謀な。しかし賭けに出るには最大の好機かもしれん。
大言通りちゃんと帰ってこいよ。ここで捨てるにはあまりに惜しい駒だからな。




