116話 出陣前のアレコレ
第七章の表題を変えました。なんか内容に合っていなかったので。
車の中で目を覚ました茜ちゃんとイチャコラしてると。
外で誰か男の人がお兄ちゃんと会話しているのが聞こえた。窓から見てみると、その人はヘルメットと防具こそ身に付けているものの、青年公務員といった利発そうな人だった。
「お久しぶりです、岩長さん」
「お前か。たしか竜崎の補佐をしている八神とか言ったな。わざわざ声をかけたのは、前に言っていた話を蒸し返すためか?」
「そうです。あなたの持つ異世界の技術やそれを持つにいたった経緯の説明。それに咲夜さんや真琴さんのような特殊技能を持った人達とともにこちらの機関への加入をどうかお考えください」
「考えるまでもない。技術の話などする気はないし、オレが公務員になって仕事などありえん。断る」
「そんなことを言っている場合ですか! 今世界は大変なことになっているんですよ。アルザベール城から這い出した魔族は全世界に拡散してしまい、各国に政情不安を引き起こしてしまっているんです!」
「そんなことは言われるまでもなく承知だ。だからこうして協力しているだろう。真琴の調査会社でも魔人化した人間や魔物が起こした事件を調べあげ、解決に役立っているはずだ。おかげで日本での被害は極小。民間人にしては大した貢献だと思うがな」
「あえて言いましょう。足りません。事態はもはや日本一国のみが安全であれば良いとは、ならなくなってきているんです。世界各国の政情不安により食料やエネルギーの価格は上昇し続け、また世界唯一魔族の脅威を撃退し続けている日本は、その技術の提供を打診され続けています。その答えを引き延ばすために自衛隊は各国に派遣され、この事件は警察の機動隊があたらねばならなくなりました」
「そんな役人どもの内部事情など知らん! 事件にあたるのがどこであろうと『解決すれば万事おさまる』だ。咲夜を呼んである。アイツなら大抵の魔物は倒せる」
「その咲夜さんも政府機関に所属していれば! もっと早くに投入させることが出き、機動隊の犠牲も減らせたはずです。意識不明なほどの重傷者が二人も出て、病院直行者は十数人にも及ぶ大惨事になったんですよ」
ガーーン
私が茜ちゃんと悪役令嬢ゴッコをしていたばかりに! 遅れたせいで、そんなに犠牲が出てしまっていたなんて!
「咲夜があたしのカラダで楽しんでいた間に大変なことになったみたいね」
ザクウッ
「傷ついた。茜ちゃんの言葉はナイフとなって私の心を切り裂いたよ」
「それを咲夜が言う? あの時の言葉責めは本当に傷ついたんだよ。それより岩長さんも貴女も想像よりはるかにスゴイ人みたいね。でも咲夜なら大抵のアンノウンは倒せるって? ウワサになっているバケモノを本当に倒せるの?」
「やるよ。それより、さっきの人のことが気になる。お兄ちゃんに聞いてくるね」
車から出てみるとその人はすでに立ち去っており、お兄ちゃんは忌々しそうに向こうを見ていた。
「お兄ちゃん、今の人は?」
「八神とかいう竜崎の補佐だ。オレにしきりに政府機関の勧誘をすすめに来やがる。ついでにお前もな」
やっぱりその話か。まだ説得の段階みたいだけど。
「大丈夫なの? 強引な手段をとったりとかは」
「さてな。日本政府もしきりに諸外国から協力要請せっつかれているようだし。ケツに火がついたら何するか分からん」
「まいったよね。その話に乗るわけにはいかないし。どうしようか?」
お兄ちゃんは私の質問には答えず、振りはらうかのように荒々しく言った。
「それより八神が来た本題だ。そろそろ仕事をはじめて欲しいとよ。準備にはいれ。それと結界を破っただけじゃ奥にいる原因は機動隊には過ぎる相手だと意見が一致した。排除も頼みたいだと」
「うん、わかった。私も今回の敵には本当に頭にきているからね。子供たちを魔物にするなんて!」
「そうだな。この忙しい時期に面倒起こしやがったヤツは許せん。しっかりやれ」
と、いうわけでボディアーマーを着こみメガデスを背負って、また魔物化された一般人対策のために刀を腰に差して準備完了。茜ちゃんは私の完全武装スタイルに目を見張った。
「すごいリアル武装。咲夜って前にウワサになってたギュラブラックだったんだ」
「まあね。でも誰にも言わないで。アニメ声優業のことはお兄ちゃんが面倒見てくれるから。ね?」
「ああ、まかせろ。だから爪痕残したい木っ端タレントみたいな悪趣味な真似はやめろよ。防衛問題がからんでいるからマジやばいネタだからな」
「なんでフツーに声優のお仕事をしていて、そんなヤバネタ知るハメになったんでしょう? ちゃんとおうちに帰してくれるんですよね?」
本当にこんなことに巻き込んで申し訳ないなぁ。どうあれ私は結界を破り、中にいる元凶の魔物退治をするだけだけど。またさっきみたいに魔族に憑依された人がいるかもしれないから、その対策も考えて。
「ああ、それとさ。機動隊の装備に投げナイフなんかないかな? さっきの最後の攻防のときに、切実に欲しいと思ったんだよね。同時攻撃されたとき、一瞬でも一方の動きを遅らせられればだいぶ楽になるから」
「たしかに中には、さっきのように殺せない相手もいるかもだからな。しかし知らんが、持っていないと思うぞ。ヤツラの装備は基本集団制圧用だからな」
「そっか。まぁ聞くだけ聞いてみようかな。代用できるのがあるかもしんないし」
「いや、オレの護身の武器にコレがある。持っていけ」
お兄ちゃんが渡したモノは長さ三センチほどの先端が尖っている黒い棒のようなものだった。持ってみると投げやすく、スキルも十分発揮出来そうだ。
「コレって棒手裏剣ってやつ? お兄ちゃん、歴史マニアなのは知っていたけど忍者まで」
「あほう、実用だ。オレもいつ何があるか分からんからな。暗器は全身に隠してある」
お兄ちゃんはお金持ちだけど、その立場は薄氷の上。いつ味方が敵になるか、スパイがどこに潜んでいるかわからない、いつもギリギリの状態なんだろうね。
「はは、お兄ちゃんも大変だね。ありがとう、役に立ちそうだ。じゃ、行ってくる」
くるり背を向け、現場指揮所に赴こうとしたのだが。
「……咲夜」
私を呼び留めるようにお兄ちゃんが呼んだ。
「なに? まだなにか?」
「…………いや、作戦前に話すことじゃないな。まずは事件解決してからだ。しっかりやってこい」
「咲夜、応援してる。しっかり活躍してきなさい」
お兄ちゃんと茜ちゃんの応援に軽く右手あげて応える。だけど視線は目標の将棋会館を見据える。
見上げる趣きある五階建ての建物は禍々しい瘴気に包まれ魔城と化していた。
「お兄ちゃんすら解除できない結界を張る術師か。どんなバケモノか楽しみじゃない」
闘争心に高揚した足取りは速足に将棋会館に歩みゆく私であった。




