112話 エロゲ声優の茜ちゃん
やれやれ。名も知らぬ警備員のオジサンのクビがかかっているとなれば、このまま去るわけにもいかない。オジサンをなだめて返した後大人しく待っていると、やがてスタジオの方から一人の女の子が駆けてきた。
「お待たせいたしましたぁ、オーナーさぁん」
髪はショートボブのサラサラヘアー。薄化粧のその顔は可愛く、声が大きくハキハキしてる。声優ちゃんだろうね。さすがしっかり発声をきたえてらっしゃる。
だけどエロゲ声優ちゃん、お兄ちゃんを見るとキョトンとした顔をした。
「あ、あれ? 正門前に車で待っているオーナーさんって、あなたですよね? アリサソフトさんのスポンサーでもある」
声優ちゃんは目をシロクロさせてお兄ちゃんを見る。ま、見た目チンピラなお兄ちゃんがそんなエライ人というのは違和感マシマシだよね。
「うむ、そうだ。あまりに若くて、そうは見えないか? よく言われるのだ」
「チンピラみたいな若造が実業家なんで驚いているんだよ。少しは自分の見た目を客観的に見たら?」
「咲夜、キサマぁ!」
「さっきみたいな悲劇を起こさないためにも、気なんか使わないよ。正直に言うからね。それより急いでご飯食べて行かないと。声優ちゃんにお礼言って」
「む、そうだな。あー君、助かった。君の昼食をいただいてすまない」
お兄ちゃんが声をかけると、声優ちゃんはピョコンと可愛くおじぎをしてお弁当を差し出す。
「は、はい! 新人声優の【湯雪 茜】です。どうぞ、買ってきたお惣菜を入れただけの手作りですが」
「本当にありがとう! 日本のご飯は久しぶりだし、すごくお腹すいているから、ありがたいよ」
お弁当を茜ちゃんから受け取ると、猛烈なイキオイで食べる。貪り食うといった方がいいイキオイだ。
いやー美味しい! 腹ペコは最高の調味料というけれど本当だね。日本の丁寧な味付けも久しぶりで、天にも昇る心地。
「は……ははっ、なかなかワイルドな彼女さんで」
「違う、妹だ。オレは彼女など作らん。いつもその場限りの関係ですませている」
「は、はぁ妹さんですか。そう言えば『日本のご飯はひさしぶり』って言ってましたよね。僻地の外国にでも行ってたんですか」
「まさにその通りだ。さて、湯雪くん助かった。どうかコレで今日の埋め合わせをして欲しい」
と、お兄ちゃんはサイフから三万円を出して茜ちゃんに差し出す。しかし茜ちゃんは受け取らず、ちょっと上目づかいでモジモジして切り出した。
「あのぉ。あたし、お金より役がほしいんです」
「はぁ? 役者らしい生臭いお願いだな。まぁアリサソフトの次回作に押し込むくらいは、わけないが」
「いえ。エロゲーじゃなくてアニメです!」
「はぁ? アニメ?」
「そうなんです! 聞いてくださいスポンサーさん。特訓してオーデに行っても、毎回落ちまくりで。明らかにあたしよりヘタな子が選ばれるなんてことが、いつもなんですよ!」
「最近のアニメ制作は出資するヤツラ優先だ。製作委員会に名を連ねない事務所出身じゃ、まず落ちるだろうな。声を聞く限りそれなりに実力はありそうだが、残念なことだな」
「そうなんです! ウチの事務所はまったく営業しないで個人の自己努力にまかせっきりなんです。ですから、どうか野花さんのお力であたしをアニメデビューさせてください!」
うわぁ、業界の裏側見ちゃったよ。芸の世界はキビしいっていうしね。抜きん出るにはこういう営業努力も必要なんだろうね。
「ずうずうしい奴だな。弁当ひとつで一千万出せと言っているようなモンだぞ。悪いが力になれん。礼は五万にアップしてやるから、自己努力でなんとかしろ」
断った。しかし私はこの子にちょっと惹かれるものがある。
「モグモグ…………いいじゃない、力になってあげなよお兄ちゃん」
「はぁ? 咲夜、お前には関係ない話だろう。なに口をはさんでいる」
「声、聞いてて思ったんだけどね。茜ちゃん、もしかしてラムクエでロミアちゃんの声当ててない?」
「ラムクエのロミア姫ですか? はい、担当させていただきましたけど」
「やっぱり! お兄ちゃん、これは是非力になってあげないと」
「なにが是非だ? さっぱり話がつながらんぞ」
「私、ロミアちゃんにお願いされると弱いんだよね。女すら虜にするんだから恐い子だよ」
ロミアちゃんとのめくるめく甘々な日々を思い出す。うっとり。
「目を覚ませ! この女はただの声優でロミアじゃない。声優とキャラの区別がつかなくなるなど、どこのクソオタだ!」
「わかっているけど、ご飯もらってロミアちゃんボイスでお願いされたんじゃ断れない。いや、断りたくない! 一千万くらい今日の私の仕事の値段だと思って出してあげなよ」
「いつこの女がお前にお願いした? いいか、そういう形で役に押し込んだら一回ではすまんのだ。新しいアニメを作ろうとするたびに『この女を使うから金出してくれ』と催促が来るようになってしまってだな………って、おい!」
茜ちゃんは私の方に脈アリと見るや、猛烈プッシュ。
「妹さん、お願いします。お兄さんにもっともーっと頼んでください!」
くっそう、あざといポーズ。でもそれがイイ!
「まかせて! お兄ちゃん、ロミアちゃんが可哀そうでしょ。お願い聞いてあげなさい!」
「ロミアじゃねぇ! このバカ妹が。女のクセに声優オタのチョロ男に成り下がりおって!」
お兄ちゃんは忌々しそうに私と茜ちゃんを交互に見ていたが、やがて。
「クソが! ……あー湯雪」
「はいっ!」
「しかたねぇ。バカ妹に免じてアニメデビューの世話してやってもいい」
「本当ですか!?」
「しかし。弁当一つじゃ不足すぎだ。ケジメとして業界のお礼はいただくぜ。カラダをよこす覚悟はあるか?」
え? それってまさか、役ハメ? 女優の営業接待?
「…………はい。あたしも声優としてエロゲ止まりでいたくないんです。小さいころからアニメ声優に憧れてがんばってたけど……椅子取りゲームに負け続けて、でもあきらめられなくて。この先、年をとって絶望的になるくらいならかまいません。やります!」
ええっ!? なんか生臭い話になってきた。身内の前でそんな話はやめてほしい。
「よし、んじゃ車に乗れ。ヤることヤったら世話してやるよ」
「は………はい。お待ちしてます」
と言って、茜ちゃんは車の後部座席に乗っていった。
「ちょっと! 本当に茜ちゃんにそんなことさせるの? 見損なったよ!」
「なぜにオレがボランティアで湯雪のアニメ役を世話せねばならん。湯雪も言ってたろう。芸の世界ってのは、真面目にやってても報われない場合も多い世界だ。努力してなお抜きん出る手段を探さねばならんのだ。湯雪がオレに接触する機会を逃さず営業したようにな」
そう言われると黙るしかない。
ちょっと茜ちゃんが気に入ったからって、彼女の役の世話をお兄ちゃんに推した私は甘いのだろう。
茜ちゃんは彼女なりに厳しい芸の道を歩んできて、チャンスを最大限生かすためこの手段を選んだ。その覚悟に私が何か言う資格なんかない。
「……わかった。でも私が見てないところでヤって。さすがに身内がこんな味の悪いエッチする所なんか見たくない」
「なにを言っている。その味の悪いエロスをするのはお前だ。さっさと湯雪を抱いてこい」
は、はああ? 私が営業接待受ける側!? ぜんぜん意味わかんないよ!!!




