109話 ラムス炎上劇場
ギャラリーにまじってラムスに拍手を送る私。だけど、その姿を見てラムスは『なにやってんだ』という顔をして私の方へ来た。
「おいサクヤ。なぜにお前がギャラリーになって拍手しているのだ。お前もゴーメッツを捕まえた側だろう。こっちに来て英雄になれ」
「いや、今はラムスだけの方がいいんだよ。婚約のお披露目も兼ねているんだからさ。せいぜいカッコいいお婿さんをアピールしなよ」
切ない悲しみを振り切るには、せいぜいカッコつけるしかない。
ニヒルなヒーローってのは、こうやって生まれるんだね。
「ガハハハッ。サクヤ、いつまでオレ様に婚約ゴッコをやらせるつもりだ。ゴーメッツはこの通り成敗したのだ。もうよかろう」
――ええッ!!? い、今のは私の切なさが惑わせた幻聴か?
「ラ、ラムス……今、婚約ゴッコって……言った? ロミアちゃんと結婚するんじゃないの?」
「ガハハハッ、お前まで騙されてどうする。婚約なぞ、ゴーメッツを追い込み悔しがらせるための紋章官の策略に決まっておろう。見事ハマって大恥かかせてやったわ!」
ザワッ………ザワザワッ………
なんか、領都民のみなさんに動揺が走っているんですけど?
「待って待って! ロミアちゃんが宣言したじゃない! 婚約者のラムスと国造りをがんばるって! 領主様が領民に誓ったあれって、どうなるの?」
「ガーッハッハッハ。ゴーメッツを悔しがらせるために、あそこまで言うとは。ロミアもなかなかやるなぁ。コイツの赤っ恥かいた顔はじつに見ものだったぞ」
いやいや! たかがゴーメッツを悔しがらせるためだけに、領主様があそこまで言うわけないじゃない! ラムスじゃあるまいし!
ザワッ……ザワザワッ…………
「ロミア様とラムスさんの婚約が…………嘘?」
「おいおい、これってどうなるんだ?」
「俺たちは…………騙されていたのか?」
ああっ! 領民のみなさんが不穏な空気になった!
どうなっちゃうの、これ?
「レ、レムサスさん……?」
レムサスさんを見ると、ブルブル震えながら手をバタバタさせて必死に否定している。
そうだよね。ロミアちゃんがあんな感動的な誓いを宣言しておきながら、それが嘘だってことになったら大変だ。領民支持率急降下! 暴動が起きてリーレット家は終わりだ!
ふと、観衆の後ろの方で成り行きを見ていたロミアちゃんと目が合った。
ロミアちゃんが縋るような目で見ている!
…………そうだ、この窮地を救えるのは私だけ。
この笑う破壊者を倒せる勇者は私だけなんだ!!
「ガーッハッハッハッハ!」
「あーっはっはっはっは!」
笑いには笑いだ! 私はラムスに負けずに大笑い。
「やだなぁ、ラムスったら照れちゃって。貴族界最高の淑女のロミア様と結婚できるからって、そんな照れ隠ししちゃって!」
ドスドスッドスッ
「ぐほっ。痛いぞ、お前の肘うち。それに本当に結婚だなんて、なにを言って……」
バンッバンッバンッ
「いやぁ、婚約発表を悪党成敗で飾るなんてスゴいなー。カッコいいなー。すっごい素敵な貴公子さま! ラムスイケメン!!」
「がはっ! 背中をバンバン叩くな。しかし、そうか。オレ様はそんなにイケメンか!」
ああ……この聞きたいところだけ反応してしまう耳のせいで、レムサスさんの説明が捻じくり曲がって伝わってしまったんだろうな。
ともかく領民のみなさんの反応も「ホッ」としたものになってきている。
あとはラムスを連れ出すだけ。
「ああーっとぉ! 領門の向こうから、つよつよモンスターの気配が! すぐさま先行偵察に行ってまいります。レムサスさん、誘導をお願いします!」
「そ、そうですか! それは一大事。みなさん、ラムス様とサクヤ様に道を開けてください!」
従士隊が群衆をかき分け、私たちに領門までの道を開けてくれた。私はラムスの手を引き、急いでこの場を離れる。
「おいおい、何なのだ慌ただしい。つよつよモンスターなど本当にいるのか?」
「いいから! 急ぐよ」
ラムスの手を引き、全速力で領門を抜け、アンブロシア郊外を走りに走り抜ける。
あれ? これって、映画『卒業』みたいに結婚相手をさらって逃げてるってことにならね? 男女逆だけど。
悔しいけど。イケナイことだけど。それでも私は、こうやってラムスの手を繋いで走っていることが――幸せだった。
「ふうーっ。この辺りでいいかな。ようやく人も居なくなったし」
領門より少しばかり離れた荒地。整地されてない道に木々や草がまばらに生えている木陰で、やっと一息ついた。
「それで? つよつよモンスターはどこだ」
「それは居ない。感動の勇者物語を炎上劇場に変える破壊者を連れ出さないといけなかったんだよ。つまりね……」
ラムスとロミアちゃんの結婚は本当に成されることを根気よく丁寧に説明する。どうして私が当事者本人に必死になって説明しなきゃなんないんだろうね。切ない気持ちのまま送り出したかったよ。
「なんだと? 本当にオレ様とロミアは結婚するというのか? いつの間にそんな事になったのだ」
「レムサスさんから今後についての策を語られた時からじゃない? どうして知らないまま今までやってこれたんだろうね」
「うむむ……まぁ、オレ様の実家と同盟を結ぶために必要な政略結婚というのはわかるがな。しかしな、お前はいいのか? オレ様が結婚なぞして」
ドキッ
「な……なんで? どうして私がラムスの結婚のことに不満とか持つとか……思ったわけ?」
もしかして私の気持ちに気づいている? いつの間にか知られちゃったの?
「ロミアはお前の女だろう。いくらオレ様でも、お前から女を取るような真似など出来ん」
あ、そういう事ね。
「だって………しょうがないじゃない。ロミアちゃんは貴族で領主だし。領民のみなさんのためにも結婚しなきゃだし。それにラムスの実家と同盟して王都に対抗するためにも……」
正論はむなしいなぁ。
頭で分かっている正しいことと感情が正反対だと、こうもむなしい気持ちになるんだな。女同士とは違うこの気持ち、どうすりゃいいんだろ……
グイッ
「わわっ⁉ ラムス?」
いきなり抱き寄せられた。そして顔を真正面で見られてる?
「しょぼくれた面をしているな。そんな面をしているお前の前で、ロミアと結婚など出来ん。お前との義理はそう安くない」
「い、いやダメだって! ロミアちゃんと結婚しないと、今後のことが上手くいかなくなっちゃうんだから!」
「要はウチのバカ兄貴と同盟を結べればよいのだろう。ならば同盟が成立するその時までロミアと婚約したフリを続ければいいのだ」
「ちょ、ちょっとそれって! 貴族間の約束を反故にするって、相当なことだよ! ダメだって!」
「知らん知らん。ともかく愚民どもにロミアと仲良くしてる姿でも見せるとするか。そうと決まれば戻るぞ」
”こう”と決めたら、さすがにラムスは行動が早い。さっさと領門へ向かい歩いてゆく。
「ラムスったら! そんなことしたら大変なことになっちゃうんだからね! ちゃんと結婚しなよ!」
やっぱり正論はむなしいなぁ。ちっとも気持ちがこもらない。
それでも、さっきまでとは違って心がすごく軽くなっている。
妙に軽くなった足取りで、ラムスの背中を追いかけていく私であった。




