108話 糾弾と追跡の英雄譚
もともとリーレット家にとって、ロミアちゃんがいつまでも独身というのは大きな弱点であった。貴族淑女の義務は、伴侶を娶りその血統の子を産み次世代に送り出すこと。あまつさえロミアちゃんはリーレット家唯一の血統であるのに、その義務を怠っていた。
ゴーメッツの勝ち筋はその弱点を突くこと。それをレムサスさんは見抜いていた。ゆえに、この場での婚約発表という策に出たのだ。
ロミアちゃんは仕方ない状況だからともかく、なぜラムスまで簡単に了承したんだろうね。どんな説得をしたのやら。
「よろしい、ロミア様。せいぜいその問題児と仲良くなさるがよろしかろう。だが、私との婚約は国王陛下も望まれたこと。その意向を無視し陛下の信頼を無碍にしたこと、後悔なさらぬようにな」
さんざんラムスにあざ笑い煽られたゴーメッツは、憤死しそうな憎悪の顔で踵を返す。
「ガハハッ、元気な負け犬だな。貴様の笑えるプロポーズ、一語一句覚えておいてやるわ」
ゴーメッツは激昂で爆発そうな顔をするも、すぐさまロミアちゃんに顔を向けて冷笑を浮かべる。
「ああ、それと領内の統治には気をつけることですな。また新たな盗賊団が出るやもしれぬ」
「また新たな盗賊団を支援して――ですか。ですが、もはや公にそれを許すつもりはありません」
雰囲気が変わったロミアちゃん。その冷ややかな言葉には微かな威圧があった。
「ピタリ」立ち去ろうとしていたゴーメッツの足が止まる。
「……どういう意味ですかな?」
「クード・ガジェルの隠し財宝を見つけた時に、あなたとの取引記録が見つかりました。支援の代わりに、いかなる仕事をしたのか事細かに記載されているのを。無論、あなたが送った指示書も」
ゴーメッツは驚愕に目を見開く。それはまさに恐れていた証拠のブツ!
「クード・ガジェルにしてみれば、あなたが裏切った場合の保険だったのでしょう。その存在のために、あなたは暗殺団を使った抹殺という手を使わざるを得なかったのですね?」
「くくっ……!」
「陛下の信頼を裏切り、領民を人身売買ギルドに密売していた反逆者はあなたです! 全従士隊、ゴーメッツ男爵を捕らえなさい! この男こそ、リーレット領に山賊団の跳梁をはかった真の敵!」
うなりを上げ従士隊はゴーメッツに襲いかかる。
「デ、デタラメだ! 全軍、迎撃せよ!」
されど、ゴーメッツ部下の大半はとまどって動かない。ロミアちゃんの役者スキル【威厳ある主】の役があまりに完成度が高く、畏れてしまっているのだ。
逆にこちらの従士隊の士気は最高潮。猟犬のごとく駆け、ゴーメッツを守る衛兵隊に斬りかかり、突破せんと押しまくる。
されど一部のゴーメッツの部下は奮戦し、従士隊を阻み通さない。その間にゴーメッツは逃走してしまった。
「うーん、ゴーメッツの部下にも忠誠心の高いヤツラがいるね。あれだけの猛攻にも耐えて粘っているなんて。あの悪党にどんな価値を見出しているんだか」
「サクヤ、観察している場合か! オレ様たちも加わるぞ。このままではゴーメッツに逃げられるではないか!」
「動けない。ゴーメッツはただ逃げたんじゃないんだ。逃げながら逆転の一手を打っていったんだよ。今、私が追ったら負けだ」
「なにい、どういう事だ?」
「シッ」
背中のメガデスの柄を握り、腰を落として備える。
先ほどからロミアちゃんの付近に妙な殺気が漂っているのだ。されど位置がつかめない。だけど、いつまでも姿のないヤツラとお見合いしてもいられない。
「仕方ない。乱暴な方法でいぶり出すか。スキル【百歩飛剣】!」
上位互換の【雷鳥剣】を覚えてからあまり使わなくなったスキルだけど、威力が劣る分連続して放てる遠距離攻撃だ。
いくつもの斬撃の衝撃波をロミアちゃんとレムサスさんのまわりに放つ。
「サ、サクヤ様、なにを…………え?」
激しい斬撃の中に、地面の人影から赤い血がにじみ出てきた。
「そこか! まさか影に扮していたとは」
ロミアちゃんとレムサスさん、それに衛兵らの影が突如浮かび上がり、実体となって黒いローブを纏う人間になった。ゴーメッツの暗殺集団だ!
ヤツラはロミアちゃんに向かって一斉にナイフを突き出す! 間に合わない!
「「「――なッ!?」」」
必殺を確信していた暗殺集団は驚愕した。
ロミアちゃんが、いきなり地面から生まれた穴に吸い込まれて消えたのだ。
ザシュッ ザシュッ ザシュッ
固まった暗殺集団を無慈悲に切り落として終わらせた。
「ふうっ、やっぱり私だけじゃ守りきれなかったな。ありがとう、ノエル」
あらかじめロミアちゃんの護衛にノエルを配置しておいたのだ。危うくなったら転移ゲートで逃すように言っておいて。
レムサスさんにその事を言うと、すぐさまゴーメッツ手下の防衛線の一角を突き崩し追跡にかかる。
「モミジ、ゴーメッツはどっちに逃げた?」
「馬車停留場や! 逃走用の馬を調達するつもりやろな」
あらかじめアンブロシア内に潜ませておいたモミジに逃走先を確認。急いでラムスとともに停留場に向かった。
◇◇◇◇◇◇
領門前馬車停留場。そこに着いた時、なぜかゴーメッツは馬を調達しようともせず棒立ちで待っていた。手に持っているガラス製の玉は何かの仕掛けか?
「遅かったな。まさかロミアに残した土産までも始末したのか?」
「ああ、妙な殺気が漂っていたんでね。気配察知スキルで位置をとらえきれないなんて、大した連中を飼っていたね」
「くくっ、我が最後の策も成らずか。ドルトラル本国から役立ってくれた【ベルムト山の老人】もこれで全滅。リーレット。この地で地位も財も手駒もすべて失った。誓ってリーレットは地獄へ変えずにはおかん!」
やはりあの逃走はロミアちゃんを討つためのものか。だが追い詰められているというのに、この落ち着き様は何だ?
「ガハハ、なにを言っている。貴様はここで終わりだ! ひっ捕らえて処刑台送りにしてくれる!」
ラムスが飛び掛かった瞬間だ。ヤツは手に持ったガラスの玉を「ガシャン」と地面に叩きつけた。
すると小さなガラス玉に入っていたとは思えない、ものすごい量の煙がモクモク噴き出した。
すわ、煙幕に紛れて逃走か?――と思いきや、その煙は形を成して巨大な人型となった。
「巨人だと? なんだこれは!?」
「我が最後の切り札、ケムリ魔神よ。ではな!」
その魔神はゴーメッツを拾いあげ丁寧に手の中に収めると、踵を返して逃走する。いきなりの出現には驚いたが、今さら巨体に圧倒される私でもない。
「逃がすか! スキル【大切断】!!」
放った斬撃は見事魔神の足を切り落とす。だが……
「なにいッ!!?」
されど切り落とされた足は一瞬煙となってすぐに再生した。そして何事も無かったかのように逃走を再開する。
「そうか、アイツは煙で出来ているのか。厄介な」
「マズイ! すごいスピードだ。逃げられるぞ!」
あの巨体でありながら、ものすごいスピードで走っている。煙で出来ているだけあって、体重もひどく軽いのだろう。見かけに騙されたが、逃走全振りの使い魔らしい。
魔神は領門には向かわず、停留場の奥の領壁へ向かって走ってゆく。
「領壁を乗り越える気か。ならば、そこが最後のチャンス!」
メガデスを抜き、一直線に魔神の背中を追う。
魔神は領壁の前まで来ると、大きくジャンプ。軽々領壁を飛び越えんとする。
「煙には風だ! スキル【鴻翼烈風陣】!!」
強風を魔神の下から下半身へと吹き上げる。すると下半身は煙と化して飛び散り、着地までに再生が間に合わない。地面に降り立つ足が無い!
「ぐおおっ⁉ おのれ、サクヤめ!」
ガシイッ
魔神は片手で領壁をつかみ、もう一方でゴーメッツを乗せる。そんな身動きできない状態となった。再生しつつある下半身が復活すればまた動けるだろうが、それまで待つつもりはない。
「スキル【雷鳥剣】」
領壁を掴んでいる方の腕を吹き飛ばすと、魔神は落下。ラムスは嬉々としてゴーメッツに飛び掛かる。
「おおらああっ! 大将首もらたあああ!!!」
「うおおおおっ!!」
数刻後。ゴーメッツ部下を突破してきた従士隊や、領都民の人達が馬車停留場へ集まってきた。その中心に居るのは、ゴーメッツを捕らえ意気揚々と剣を掲げているラムスだ。
「おおっ、ゴーメッツ男爵が捕らえらえたぞ!」
「さんざん俺達を食いものにし儲けてきた悪党の最後だ!」
「婿殿がやってくれた! リーレット領を救った英雄だ!!」
万雷の拍手と響く歓声の中、私はそっと身を引き英雄役をラムス一人に譲る。
遠巻きに見ても、やっぱりラムスは眩しいな。英雄がよく似合う。
ロミアちゃん、羨ましいよ。こんなカッコいい旦那さんを持てて。
この日、私は初めてロミアちゃんを羨ましく思った。




